1万Gの加速度で獲物を粉砕するモンハナシャコ、驚異の生体力学
海は、常識を覆すような生物であふれている。暗闇で光を放つ魚。パズルを解くタコ。熱水が噴き出す海底の亀裂の上を、滑るように移動する巻き貝──そして、この記事で紹介するのは、虹色に輝くモンハナシャコ(学名:Odontodactylus scyllarus)だ。爆発的な力のあるパンチを繰り出す甲殻類で、科学者はその威力を「22口径の弾丸」にたとえるほどだ。
「弾丸並み」とは、野生動物を追ったドラマチックなドキュメンタリー番組で耳にするような大げさな表現だと思うかもしれない。なにしろ、モンハナシャコは人間の手のひらに載るほど小さいのだ。しかし、弾丸のたとえは間違いではない。虹色にきらめく小さな甲殻の内側には、進化史上でも有数の高度な生体力学的兵器が隠されている。
この謎を解き明かそうとする研究者たちは、数十年前からモンハナシャコをスローモーションで撮影し、その打撃力を測定したり、パワーの源となっている解剖学的に優れた構造を詳細に分析したりしてきた。そうしてたどり着いた事実は、多くの人が思っているよりも奇妙だった。モンハナシャコがパンチを繰り出すと、周辺の水ではほんの一瞬、強烈な物理現象が起こるのだ。
進化生物学的な観点から、その不思議さについて解説していこう。
■モンハナシャコのパンチの背景にある生体力学
シャコ目には、獲物の硬い殻を叩き割る打撃型(スマッシャー)のグループと、鋭いトゲで獲物を突き刺す刺撃型(スピアラー)のグループがある。モンハナシャコは、打撃型に属している(一般に食用にされるシャコ[Oratosquilla oratoria]は刺撃型)。
モンハナシャコは、獲物の硬い殻を砕くための、非常に強力な棍棒状の捕脚を持っている。この棍棒は、獲物を捕えるための脚につながっているが、普段はしっかり折りたたまれて、体の下に格納されている。装填されたバネのようなものだ。
ここで重要になってくるのが「装填された」という言葉だ。2004年に『Nature』で発表された有名な研究で説明されているように、モンハナシャコは、筋力だけであのパンチを繰り出すことはできない。水中では筋組織が急速に収縮できないため、研究者が目にするような猛スピードは出せないのだ。モンハナシャコはその代わりに、生体力学専門家が「ラッチ媒介ばね作動システム」と呼ぶ仕組みを頼りにしている。
簡単に言うとモンハナシャコは、特殊な捕脚の内側に弾性エネルギーを蓄えている。捕脚を掛け金(ラッチ)で固定しつつ、筋肉が張力をかけ続けているのだ。そして、ラッチが外された瞬間、蓄えられていた弾性エネルギーが、圧縮されていたバネのように解き放たれる。
その結果、驚くべきことが起きる。先述した2004年の研究論文で著者らが打撃スピードを測定したところ、秒速14mから23m(時速53kmから83km)に達し、加速度は1万Gを超えていたのだ。体長17cmほどの小さな生き物にとっては、並外れた数値と言って過言ではない。
モンハナシャコのパンチが破壊的威力を持つ理由
パンチには、「ダクティル・クラブ(dactyl club:指節の棍棒)」と呼ばれる硬い部位が使われる。ハンマーのようなもので、繰り返される高エネルギーの衝突に耐えられる特別仕様だが、この点が非常に重要だ。というのもモンハナシャコは、技術者なら嫌というほど承知している一つの問題に突き当たるからだ。つまり、「反動」だ。
モンハナシャコは、パンチを繰り出すたびに、標的に対して強烈な衝撃波を与える。しかしその反動は、モンハナシャコ自身の捕脚にもそのまま返ってくる。自分の身体構造を補強しておかなければ、自らのパンチが何度もつくり出す衝撃の力で、捕脚は砕けてしまうだろう。そのためモンハナシャコは、複雑に重なり合った層状構造へと進化し、反動で返ってくる強力なパワーを分散できるようになった。この構造は現在、材料科学者の研究対象になっている。
モンハナシャコには、なんとも魅力的な矛盾が存在する。宝石のような色彩を帯びた南国風の姿は、装飾品のように見えるし、飾っておきたくなるほどだ。その一方で、材料科学研究にインスピレーションを与える高度な生体力学的武器を備えているのだ。
■モンハナシャコのパンチが破壊的威力を持つ理由
指摘しておくべきは、モンハナシャコがそのとてつもなく強力なパンチを、むやみやたらと繰り出しているわけではないことだ。そのパンチは、狩りをしたり身を守ったりするためのツールであり、とりわけカニや巻き貝、二枚貝といった硬い甲殻を持つ獲物に対して使われている。
しかし、パンチそのものは、その全体像の半分を伝えるにすぎない。2005年に『Journal of Experimental Biology』で発表された論文では、1発のパンチが二重の打撃を与えることが明らかになった。研究者はこれを「ダブルパンチ」と評したが、言い得て妙だ。
モンハナシャコの捕脚が水中で極端なスピードで加速すると、その後方には、圧力の低い領域が生じる。すると、キャビテーションという現象が起きる。要するに、水中にごく微小な気泡が形成されるわけだ。これらの小さな気泡は瞬時に弾けるが、それによって、強烈な衝撃波と突発的な熱、二次的な力が生まれる。
そのため、獲物は事実上、衝撃を2度受けることになる。1度目は捕脚そのものによる衝撃で、2度目はそのミリ秒後に生じるキャビテーション気泡による衝撃だ。
高速撮影された研究映像を見ると、1度目の衝撃後に襲ってくるキャビテーション気泡の崩壊による威力は、かなり強力であることがわかる。捕脚による直接的なパンチで獲物をノックダウンできない場合でも、キャビテーション気泡による衝撃が、獲物の組織や甲殻に損傷を与え続けることもあるのかもしれない。
モンハナシャコのパンチをつくり上げた進化的な軍拡競争
こうして考えると、モンハナシャコのこうした生存戦略がいかに奇妙であるかは、いくら強調しても足りないほどだ。キャビテーションは、船のプロペラや潜水艦の部品を徐々に浸食することがあり、船舶工学で頻繁に取り上げられる現象だ。モンハナシャコは、この物理的な原理を、人間より数百万年も前に武器化していた。
このパンチは時に、獲物に壊滅的な衝撃を与える。甲殻が割れ、脚が折れ、組織は鈍器で殴られたような傷を負うと同時に、キャビテーション気泡による二次的な衝撃波のダメージを受ける。自分より大きなモンハナシャコに遭遇したカニは、長いこと追いかけられたり、格闘したりすることはおそらくないだろう。あっという間に粉砕されて終わってしまうだけだ。
改めて言うが、モンハナシャコが備える武器には、自らに危険を及ぼしかねない側面がある。キャビテーション気泡が崩壊すると、相手を選ばずエネルギーが放出される。そのためモンハナシャコ自身も、多くの生体物質にダメージを与えるであろう威力に繰り返しさらされ、それに耐えなくてはならない。こう考えると、ダクティル・クラブの頑丈さはますます印象的なものになる。
■モンハナシャコのパンチをつくり上げた進化的な軍拡競争
モンハナシャコのパンチ力を「過剰」と評する人たちもいる。必要以上にスペックが高く、まるで漫画のようだと言うのだ。しかし進化は、何の理由もなく行き過ぎたりはしない。これほどのコストを要する能力が現れるということは、環境に何らかの大きな要因があるのが普通だ。モンハナシャコの場合、その要因とは装甲だった。
硬い甲殻を持つ獲物は、栄養価が豊富に含まれているが、知っての通り非常に食べにくい。海の生き物にとって、甲殻を割る行為は常に困難であり、同時にチャンスでもある。つまり、モンハナシャコの初期の祖先は、獲物に少しでも強い衝撃を与えることで、競い合うほかの生き物がなかなか捕まえられない獲物を入手できたはずだ。パンチ力が強くなればなるほど、より多くのカロリーを摂取し、より安定して餌を手に入れられただろうし、競争相手が減った可能性がある。
そうした強みは、進化とともに積み重なっていったはずだ。獲物となる種が進化して、もっと分厚い甲殻や強力な防御手段を身に着けるにつれ、捕食者には、それを克服するのに必要な圧力が新たにかかった。この種の相互適応は「進化的軍拡競争」と言われている。獲物が身を守る術を進化させたら、捕食者は、もっと優れた武器を手に入れるべく進化しなくてはならない。
モンハナシャコは、こうしたサイクルがエスカレートした果てに、現在の姿になったと見られる。選択圧は、いくつもの特質を同時に強化した可能性が高い。
・より強力な捕脚
・より効率的なエネルギー貯蔵
・エネルギーをより素早く放出できる仕組み
・繰り返す衝突に耐え得る身体構造
重要なのは、こうした特質が同時に進化しなければならなかった点だ。より素早くパンチを繰り出せても、構造的により強くならなければ、自らを傷つけてしまうリスクがある。身を守る甲殻を強くしても、スピードを上げなければ、獲物の甲殻を効率的に割ることはできない。だからこそ進化は、この強力なパンチを機械的仕組みに組み込まなくてはならなかった。
モンハナシャコが生体力学の研究者にとって実に魅力的な存在であるのは、こうした理由からだ。モンハナシャコの捕脚は、以下に挙げる複数の物理的な問題を一度に解決できる、相互調整された解決策なのだ。
・エネルギーをどうやって蓄えるか
・水中でエネルギーをいかに素早く放出するか
・獲物の甲殻をどうやって破壊するか
・パンチで生じる衝撃をどうやって耐えるか
そうして誕生したのが、小さいながらも、破壊のために作られたとしか思えない生き物なのだ。
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