なぜ猫は「パンをこねる」のか? 前足で飼い主をもむ習性を、生物学者が解説
猫が柔らかい毛布やクッションなどの上で前足をゆっくり交互に踏みしめる──俗に「ふみふみ」や「もみもみ」と呼ばれるこの動作は、飼い猫に最もよく見られる行動のひとつだ。最中にゴロゴロと喉を鳴らしたり、気持ちよさそうに目を細めたりすることも多い。一方で、なぜそうするのか、その理由を突き詰めていくと実に不可解なしぐさでもある。
日本語で「パンをこねる」とも言われるこの動作を、英語圏の飼い主たちは「ビスケット作り」と呼ぶ。人間が手で生地をこねる様子になぞらえた表現だ。慈しみを込めた描写だが、同時にこの行動の奇妙な点を的確に指摘してもいる。成猫が明確な理由もなく「ふみふみ」するのは、まるで人間が何も置かれていないカウンターの上で生地を伸ばすふりをしているようなものだ。
生まれたばかりの子猫の場合、「ふみふみ」には明確な意味がある。授乳中の母猫の腹をリズミカルに押すことで、母乳がよく出るように促しているのである。これは生後数日で現れる反射反応であり、特定の発達上の必要性と密接に結びついている。そして、このような授乳期に特有の反射を示す哺乳類のほぼすべてにおいて、この行動は必要性がなくなると消えていく。離乳すると動機が失われ、それに伴って運動パターンも変わるのだ。
しかし、飼い猫はそうでない場合が多い。乳離れして10年以上が経過した成猫でさえ、乳が出るはずもない毛布や飼い主の膝の上でふみふみし、時には猫同士で互いの腹や背中をもみ合っている。本来の機能が失われてからずっと後になっても反射反応が残り続ける理由を説明するには、「こねる」動作そのものよりも、数千年にわたる人間との共生が猫にどのような影響を与えたかを考察する必要がある。
■淘汰されなかった子猫の特性
ここで生物学者が到達する概念が「ネオテニー(幼形成熟)」である。幼若期の特徴が成体になっても残っていることをいう。動物界全体に見られるパターンであり、通常は全く別の対象に作用する自然選択の副産物とみなされる。
ネオテニーにおいて保持された形質は、有用である必要はない。その動物の現在を形づくったプロセスが何であれ、当該の形質がわざわざ取り除かれなかったというだけだ。飼い猫の「こねる」動作は、飼い主に対して子猫のような高い声で鳴いてみせたり、毛布やシーツを吸ったり、成猫になっても長時間にわたって遊んだりするのと同じく、発達段階をとっくに過ぎても残っている子猫期の行動のひとつの例である。
飼い猫は長年「人間に対する寛容さ」と「人間との共存」という淘汰圧にさらされてきた
これほど多くの幼若期の特徴が飼い猫に集中して現れる理由は、家畜化が実際に何を選択・淘汰してきたかに関わっている。野生のネコ科動物は世代を重ねるごとに、単独行動する捕食者にとって有用な特徴、すなわち警戒心や自立性、急速な成熟といった特性を選択して生き残ってきた。一方、飼い猫は数千年にわたり「人間に対する寛容さ」と「人間との共存」という全く異なる淘汰圧の下に生きてきた。その結果、淘汰圧の直接的な対象ではなく主に副作用として、子猫期の形質がまとめて残ったとみられる。
このパターンを最も明確に実証しているのは、猫ではなく、旧ソ連時代に開始されたキツネの育種プログラムだ。人間に対しておとなしいという一点のみを基準に選抜されたキツネは、2~3世代のうちに耳が垂れ下がり、巻き尾になり、幼若期の遊び行動が増えたが、これらはいずれも直接的に選択された形質ではなかった。学術誌『Evolution: Education and Outreach』に2018年に掲載された研究論文では、60年間にわたるこの実験の全容を追跡している。
野生の祖先と比較して子猫めいた特徴を保持する飼い猫は、この実験結果が示す傾向のより穏やかな形態を示しているように思われる。「ふみふみ」もそのひとつである可能性が極めて高い。
■猫が「パンをこねる」理由──ひとつの説明だけでは不十分
この説明には十分な裏付けがあるが、猫の行動を研究する生物学者たちは概して、これを唯一の理由とみなすことに消極的だ。なぜなら「ふみふみ」は単なる反射の名残としての反応にとどまらず、新たな目的のために転用された形質として作用するからである。
成猫において「こねる」動作は、ほとんどの場合、特定の生理的状態の兆候とセットで現れる。それは、ゆっくりとしたまばたき、ゴロゴロと喉を鳴らす音、リラックスした姿勢などで、猫と飼い主の双方にオキシトシン(いわゆる愛情ホルモン)を分泌させるシグナルと同じである。オキシトシンは、絆の形成や、より広義のストレス軽減に最も密接に関連しているホルモンだ。
この関連性から一部の研究者は、猫が成体になっても「ふみふみ」をするのは文字通りの授乳期の名残というよりも、ある時点で自己鎮静行動と結びついたためだと主張する。人間でも幼少期に身に着いた習慣が、その必要のなくなった数十年後においても心を落ち着かせる行動になり得るが、それとよく似ている。
猫の足には臭腺があり、これを活用して縄張りを主張している
また、これよりは淡白な、全く別方向からの説明として、猫の肉球そのものが挙げられる。猫の足の指の間には臭腺があり、猫はこれを意図的に活用して、対象に肉球を押し付けたり爪とぎをしたりすることでにおいをつけ、縄張りを主張している。この行動は学術誌『Canadian Journal of Zoology』に1994年に掲載された論文に記録されており、この研究では野良猫が野外で爪とぎを通じてマーキングを行う様子を追跡した。
「ふみふみ」も臭腺を押し当てる動作だ。したがって、成猫が飼い主の膝の上を前足で「こねる」のは、ただの子猫期への退行現象なのではなく、自分のものだと認識している人間に対してにおい付けをする意味も持っている可能性がある。
また、真剣に受け止めるべき発達上の兆候もある。ただし、これは「こねる」動作そのものよりも、これと類似した行動に最も明確に当てはまるものだ。自然なタイミングより早期に離乳した子猫は、成猫になっても羊毛をしゃぶるなどの非栄養的な吸啜習慣を続ける可能性が有意に高いことが、学術誌『Scientific Reports』に2017年に発表された論文で報告されている。この研究では数千匹の猫を調査し、早期離乳とステレオタイプな行動に関連があることを発見した。
「ふみふみ」を特に離乳時期と結びつける証拠は乏しいが、羊毛を吸う行動に関する研究結果は、根底に同じ発想があることを裏付けている。すなわち、子猫の頃の行動が成体になっても続いている場合、本来の目的がとっくに失われていても、安心を求める手段として機能している可能性があるということだ。
これらの説明はいずれも他の説明を排除するものではなく、むしろそのすべてが当てはまると考えるほうが正確だろう。つまり、摂食反射という単一の目的のために始まった行動が、家畜化による広範なネオテニー効果によって成猫期まで引き継がれ、その過程で安心感の獲得やコミュニケーションといった二次的な役割を果たすようになったのだ。このような多目的の生存選択は進化生物学においてはよくみられる。維持コストの低い形質は存続するにあたって唯一の明確な正当化の理由を必要としないからである。
猫の「パンをこねる」しぐさからわかることは、結局のところ猫の前足そのもののことではない。家畜化によって種がどれほど徹底的に作り変えられるかを目に見えて示す小さな指標であり、動物が完全に成長して成体となっても、ある点では幼若期の状態を保ち続けていることを示している。
