なぜIT起業家はビジネスでパーカーを着るのか? “日本製の黒いトップス”を着続けたスティーブ・ジョブズの衝撃

なぜIT起業家はビジネスでパーカーを着るのか? “日本製の黒いトップス”を着続けたスティーブ・ジョブズの衝撃

〈「40歳でパーカーはおかしい」→堀江貴文とひろゆきが返した“まっとうな意見”とは…「パーカーおじさん論争」の先にあった意外な展開〉  から続く

 なぜ現代のIT企業のリーダーたちは、スーツではなくパーカーなどのカジュアルなスタイルを選ぶのか? 平芳裕子氏の著書『 何がダサいを決めるのか 』(ポプラ社)は服の歴史や社会背景、そしてそれに伴った「カッコいい」「ダサい」といった人々の感性を読み解き、ファッションの常識をアップデートする一冊だ。

 ここでは、スティーブ・ジョブズが「黒いタートルネックにジーンズ」を貫いたエピソードを踏まえながら、ビジネスにおけるカジュアルな服装が持つ意味について述べた一節を抜粋、一部編集して紹介する。

日本を代表するデザイナーが手掛けた黒いトップス

スティーブ・ジョブズのスタイルは、黒のタートルネックとジーンズでした。タートルネックは黒のシンプルなトップスでありつつも、実は三宅一生のデザインです。三宅一生は、日本の代表するファッションデザイナーの一人であり、そのデザインは着物からの着想も多くありました。

 三宅一生のデザイン思想の根幹には、自由にカスタマイズできる量産品という考えがありました。私たちが着ている服は、大量生産の既製服です。それらは、自分の体形にあわせて特別につくられたものではありません。私たちは、自分の体形に近いものを既製服のなかから選んで着ますし、既製服であるために、自分が選んだ服はどこかで別の誰かが着ているものでもあります。

 しかしたとえ既製服であっても、着る人の体形や好みに応じて、服が形を変えたり、デザインを変えたりするならば、私たちはより広い選択肢をもつことになりますし、服を着ることがより楽しくなるでしょう。量産型のファッションにおいて着る人の選択肢を増やすこと、個性と遊びを重視すること、それが、イッセイミヤケというファッションブランドであり、プリーツプリーズやA-POCのシリーズです。

洗練されつつも親しみやすいデザイン

 そのような三宅一生の服にジョブズが関心を持ったのは、偶然ではないと思うのです。ジョブズが開発した製品は、それこそ大量生産のコンピュータやデバイスです。しかし難解な説明を要しない直感的な操作性、洗練されつつも親しみやすいデザインで、コンピュータをより身近なものへ、より多くの人々が使える道具として普及させていきました。

 そして私たちは今、それを使って仕事をしたり、ゲームをしたり、動画を見たり、創作をしたりします。大量生産のパソコンやデバイスが人間の生活を変えましたが、それらを利用して私たちは、日々自分なりの創造的な世界を生きています。

 ファッションデザインとインターネットテクノロジーは一見関係ないもの同士のように思われます。しかし20世紀末から21世紀にかけて、ファッションやテクノロジーをデザインによっていかに民主化し、人々の道具となって新しい世界に貢献していくのか。それを追求し実現した三宅一生とスティーブ・ジョブズの仕事には、相通じるものがあるように思います。

スーツに対抗する服装

 ジョブズのカジュアルなスタイルは、現代のIT企業では一般的なスタイルとなりました。もちろんIT企業ですべての人がカジュアルな格好をしているわけではないでしょう。

 たとえば、社内でひとりで作業している分にはラフな格好でも問題ありませんが、取引先への訪問やクライアントを社内へ迎えるときにはやはりきちんと見える格好が求められます。IT企業にも服装に関する一定のルールは見られるようですが、こうした企業で働くことの魅力の一つにカジュアルな服装があることも事実です。

 IT企業に関わる人たちに、パーカーなどカジュアルなスタイルが取り入れられたのは、そのような服が楽で仕事がしやすいという実際的なメリットが大きいのかもしれません。また、そういった服を着て仕事をしていてもOK、つまり服装に関する不合理な規則にとらわれない人々が多いのかもしれません。しかしただカジュアルという理由だけで、その服装がこれほど支持を得ることがあるでしょうか。

 IT企業のリーダーたちは、従来の金融業や建設業などのビジネス、とりわけ近しい分野でいうならば大手メーカーとは異なる新しさを示すために、積極的にカジュアルなスタイルを取り入れたのでしょう。ファッションは差別化の手段です。だからこそ、最先端の技術開発に携わるIT企業やベンチャー系企業の人々は、服装においてもカジュアルなスタイルを意欲的に取り入れたのではないでしょうか。

 カジュアルな格好をする人たち。パーカーを着る人たち。その格好は、新しい技術の開発、新しい社会の仕組みの構築にチャレンジする企業であること、パーカーはその先進性を象徴するアイテムとなりました。しかしそのようなスタイルは、旧来の会社組織にいる人々にとっては「ふさわしくない」服装です。だからこそ、「パーカー」は、古い慣習や旧来のビジネスモデルに挑戦する服装となるのです。それは「スーツ」に対抗する服なのです。

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