ヒトの睡眠時間はなぜ約7時間なのか 霊長類最短でも脳を維持できる理由

ヒトの睡眠時間はなぜ約7時間なのか 霊長類最短でも脳を維持できる理由

7時間といえば、妥当な、むしろ充分に長い睡眠時間のように思える。医師が推奨し、子育て中の人がうらやむような数字だ。しかしヒトは、記録されている霊長類のなかで最も睡眠時間が短い。一見すると、「長すぎず、短すぎない適度な睡眠」をとっているようで、実はそうではないのだ。

体の大きさ、脳の大きさ、および食性は、霊長類の特定の種に必要な睡眠時間を予測する信頼性の高い変数だ。これらに基づいて構築されたモデルによると、ヒトのような種は、1日あたり9.5時間近い睡眠を必要とする計算になる。しかし、ヒトの実際の平均睡眠時間は、約7時間だ。

予測と現実のこうしたギャップは、研究において「ヒトの睡眠パラドックス」という固有の名称を与えられている。サイズが大きく、代謝要求の高い脳を維持するために長い睡眠時間が必要と考えられるのだが、明らかにそうした推定に反しているためだ。

■ヒトの睡眠パラドックス

比較できる詳細な研究データがある約30種の霊長類のうち、ヒトの総睡眠時間は最下位となっている。ヒヒやキツネザル、その他さまざまなサルの仲間は、ヒトと比べて脳がかなり小さい。また多くの場合、はるかに不安定かつ危険にさらされた環境で眠っているにもかかわらず、いずれもヒトより睡眠時間が長く、時には大幅に上回っている。

標準的な理論が想定するように、より大きな脳を形成および維持するためには、単純に、より長い睡眠時間を必要とするのであれば、理論上は、ヒトの睡眠時間はこれらの霊長類のすべてを上回るはずだが、最下位というのは理屈に合わない。

そのためこの問題は、標準的な予測と結果がきれいに一致しない、不可解な謎となっている。純粋な脳の大きさ以外の要因が関与していることは明らかであり、だからこそ、固有の名称を与えられ、このテーマに特化した研究が蓄積されているのだ。

■なぜヒトは睡眠時間が少ないのか

研究者たちが説明に用いている有力な説は、実際のところ、脳の大きさとはまるで関係がない。代わりにカギを握るのは、安全性だ。この説については、2018年に学術誌『American Journal of Physical Anthropology』に発表された研究にある程度詳しく記述されている。

ほとんどの霊長類の動物は、木の上や枝の先など、文字どおり危険な場所で眠っている。つまり、暗闇の中で狩りをする敵に襲われる可能性にさらされているということだ。こうしたリスクは、特定の種が安全に確保できる睡眠の合計量を左右する。直感的には、短く細切れに眠るより、長くまとまった睡眠をとる方が回復に有利なように思われるが、リスクがある場所では、そのような睡眠は往々にして不利に働く。

危険な場所で眠る多くの霊長類が、こまめに断片的な休息をとるのは、長く、深く、回復を促す睡眠を1回にまとめてとるよりも、夜通し半覚醒状態を保つ方が、生き延びる上で重要だからだ。

なぜヒトの睡眠パターンは独特なのか

対するヒトは、同じ問題に対して、著しく異なる解決ルートをたどった。我々の祖先は、最初のうちは集団で、後には物理的な隠れ場所や火の周りで眠ることによって、ほとんどの霊長類が決して経験することのないレベルの安全性に到達した。そしてこの安全性のおかげで、睡眠は、むき出しの枝の上では不可能なほどに、集中的で、深く、効率的なものとなった。

時が経つにつれ、それはさらに、今日我々がとっているような、まとまった、途切れのない休息へと変わり、他のほとんどの霊長類が今なお頼っている、夜通しの散発的で不安と警戒に満ちた仮眠の連続とは、一線を画すものとなった。

しかし、この説は単に、「安全がヒトに安眠をもたらした」というだけにとどまらない。この安全性こそが、ヒトの睡眠を極めて効率的なものにしたことで、睡眠の総量は少なくても、機能を維持するために必要な回復を完全に得られるようになった、というのがこの説の主張だ。

2008年に学術誌『Evolution』で発表された研究において、幅広い生態学的状況にある100種以上の哺乳類を調査したところ、これと同じ大まかなパターンが裏付けられた。すなわち、睡眠の構造は、脳の大きさにも連動するが、それと同じくらい強く、あるいは場合によってはそれ以上に、リスクや代謝的要求とも連動しているのだ。

睡眠におけるそうした効率性の一端は、特定の睡眠段階に表れる。夢や、感情的記憶の処理と最も密接に関連している段階であるレム睡眠が、ヒトの総睡眠時間に占める割合は、研究されている他のどの霊長類よりも著しく大きい。すなわちヒトは、他の霊長類に比べて総睡眠時間が短いにもかかわらず、そのうちの非常に大きな部分を、この活発に情報処理を行う睡眠段階に費やしているのだ。

こうした睡眠の詳細は、「ヒトの睡眠は、長くゆったりとしたものではなく、短く密度の高いものとなるように進化した」とする全体的な概念ときれいに合致する。単に睡眠に充てる時間を減らすのではなく、より少ない時間に、より多くの価値を詰め込んでいるわけだ。

■なぜヒトの睡眠パターンは独特なのか

これは依然として、科学における未解決問題であり、確定的な結論は出ていない。特に、ある要素が問題を複雑にしていることに注目すべきだ。進化生態学者のイザベラ・カッペリーニが、2022年の『Smithsonian Magazine』のインタビューで述べたように、霊長類の睡眠について現在知られていることのほとんどは、動物園や研究施設で飼育されている動物から得た情報に基づいている。こうした環境では、捕食の現実的な脅威は完全に排除されている一方、動物の睡眠パターンが必ずしも、その新しく不慣れな安全性を反映して変化するとは限らない。

こうした条件と変化の「ずれ」により、特定の種について測定された睡眠時間のうち、どれくらいが、数百万年にわたって蓄積された深い進化の歴史を反映しているのか、あるいは、単に飼育下という人工的な条件に起因するのかを見極めることは非常に困難であり、それがこの種の研究の多くに、真の限界をもたらしている。

マウスはゾウに比べて1日の睡眠時間が4倍長い

加えて、体のサイズや代謝の影響が、問題をさらに複雑にしており、これもまたすっきりとは説明できない。一般的に、体の大きな動物は、そのサイズに比例して、小さな動物と比べて、必要とする睡眠時間が短い。体のサイズと睡眠時間の関係性は、2007年に学術誌『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に発表された研究において、明確にモデル化されている。

同研究では、このパターンを示す例として、マウスはゾウに比べて、1日の睡眠時間がおよそ4倍長いことを挙げている。しかしヒトは、体サイズに基づくこうしたパターンにも、きれいには当てはまらない。体サイズから予測される睡眠時間は、全体の真ん中あたりであるはずなのに、実際には短い部類に属するのだ。

このことは、安全性や代謝だけでなく、「脳の複雑さ」が、睡眠時間を左右する追加の要因になっているとする説が、繰り返し主張される理由の一つだ。しかし、それが実際にどの程度寄与しているかは、研究において確定的な答えが出ておらず、今なお議論が続く、未解決の疑問として残されている。

結局のところ、ヒトの睡眠パラドックスとは、ヒトが「眠りすぎ」ということではないし、その睡眠量がいかなる日常的な基準に照らしても「不合理」に多い、ということでもない。そうではなく、ヒトが備えているような脳に必要と推測される睡眠時間の「予測値」より、はるかに短い睡眠しかとっていないところに、パラドックスが存在する。

そして、ヒトの睡眠は他の動物と比べて並外れて安全かつ効率的であるために、我々は短い睡眠で間に合っているのだとみられる。すなわち、この惑星に生きる他のほとんどの霊長類が、生きているあいだに一度も経験することのないレベルで、睡眠がひとまとまりに集中し、並外れて深く、かつ並外れてレム睡眠の占める割合が高く、途中で妨げられないために、短い睡眠時間で足りるのだ。

このように見ていくと、ヒトにとっての「7時間の睡眠」は、午後にうたた寝をするイエネコや、半覚醒状態で警戒を怠らずに眠るヒヒと比べて、一見してそう思えるほどにぜいたくで長すぎる休息とは言えず、実際のところ、ぜいたくとは正反対に近いものだ。これほど代謝要求の高い脳が、より少ない睡眠で済ませる方法を見いだしたのは、霊長類の歴史上初めて、単に長く眠るのではなく「ぐっすり眠る」余裕を、ようやく得られたおかげなのだ。

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