あくびの理由は「酸素不足ではない」、脊椎動物4億年の進化が語る真実
この文を読んでいる読者の皆さんは、今から30秒経つあいだに、あくびをする可能性がかなりある。というのも、多くの人にとっては「あくびについて考える」こと自体が、十分にあくびを誘発するきっかけになるからだ。
あくびという、大口を開け、目に涙を浮かべる反射的行動を、人は特に疑問に思うこともなく、数えきれないほど行ってきただろう。だが実は、これは脊椎動物が持つ能力の中でも最も古く、途切れることなく続けられてきた、神経学的に見ても洗練された行動なのだ。しかも、科学の歴史の大半を通じて、あくびが生じる理由については、驚くほど誤った説明がまかり通ってきた。
■そもそも「あくび」とは何か
あくびとは、不随意の連携した反射的行動だ。息を吸い込み、口を大きく開け、一瞬だけ耳管が開き、少しだけ息を吐くという複数の行為が、同時進行で行われる。あくびをする時には、少しのあいだ、目は閉じられ、上半身を伸ばす動作が加わることもある。
これら一連の行動は、視床下部や脳幹によって指揮されており、ドーパミン、セロトニン、オキシトシンといった神経伝達物質が協調的な役割を果たしている。簡単に言えばあくびとは、緻密にプログラムされた、神経系によるイベントなのだ。
また、あくびは、子どもの発達過程の中でも驚くほど早期に出現する。出産前の胎児でも、妊娠初期(最初の3カ月)の終わりにはすでにあくびをすることが確認されており、生まれてすぐの新生児でもはっきりと認められる。
この事実だけでも、あくびの進化の過程についてかなり重要なことを語っている。ある個体が他の人と交流する体験を持つ前、さらには、生まれて初めての呼吸をする前から登場する行動は、進化的な意味で古くから存在し、生理的な基礎をなすものであることが多いからだ。
そして、あくびは実際、はるか昔から続いてきた行動だ。魚もあくびをする。亀やワニ、鳥類もする。基本的に、背骨を持つ脊椎動物はすべてあくびをする。ここからわかるのは、この行動が、4億年以上の進化の歴史にわたって、基本的に途切れることなく受け継がれてきたということだ。
しかし長いあいだ、あくびが起きる理由についての定説は、困惑するほどシンプルなものだった。「我々があくびをするのは、呼吸が浅くなった時に、血中の酸素濃度を上げる、あるいは二酸化炭素を排出するため」という説だ。この説明は、直感的には正しそうに思える──あくびは呼吸に関する現象だと感じられるからだ。長く、深く息を吸うことで、体内の空気を入れ替える行為をしている、という印象を持って不思議はない。
しかし、この「酸素濃度説」を研究者が厳密に検証し、二酸化炭素濃度が高い空気や、酸素だけで満たされた環境に被験者を置いたところ、あくびの出現率には特に変化がなかった。これにより、酸素濃度説は否定されたが、それによって新たな可能性が示されることとなった
■動物があくびをする理由:現時点で有力な二つの説
2007年に『Evolutionary Psychology』に掲載された論文で、アンドリュー・ギャラップとゴードン・ギャラップ・ジュニアの両氏は、それまでの通説とは根本から異なる枠組みを提唱した。それは、「あくびは脳を冷やすメカニズム」という説だ。
今では、温度制御説、あるいは「温度域仮説」と呼ばれるこの説では、あくびは脳の温度上昇によって引き起こされると考える。より温度の低い外気を深く吸い込むことが、熱交換器の役割を果たし、脳が機能するのに最適な温度の範囲に戻すよう促す、というのだ。
研究者たちが実験で集めたエビデンスは、注目に値する。ある実験では、被験者のうち鼻呼吸をした者のあいだでは、人から人に移るあくびは一度も発生しなかった。鼻呼吸については、静脈のネットワークを通して脳を冷やすことが知られている。
一方、口呼吸をしていた被験者は、観察された時間のうち約48%にわたってあくびをしていた。また、もう一つの脳の温度制御ルートとして知られている、おでこを冷やす方法でも、鼻呼吸と同様に、あくびを抑える効果が生じた。
これらの結果からは、脳が他の手段ですでに冷やされている時には、あくびという反射は必要がない、という結論が導き出される。
2013年に『Frontiers in Neuroscience』に掲載された、温度制御説を検証するレビュー論文で解説されているように、2007年の論文に続くかたちで、脳内の温度を直接計測した研究結果がいくつか発表された。これらの研究で研究者たちは、温度を計測するプローブをラットの前頭葉に埋め込み、あくびが発生するタイミングが、脳の温度が一時的に上昇する時と完全に一致していることを発見した。さらに、あくびの後には、脳の温度が基準値に戻っていることも確認したという。これは、この分野で得られる中でも、最高レベルに明確な生理学的な研究結果と言えるだろう。
さらに現地調査により、この説には新たな裏付けが加わった。アリゾナ州ツーソンで、歩行者たちを異なる季節に観察したところ、あくびをする頻度が、冬になると夏と比べて跳ね上がることが判明した。これはまさに、温度域仮説から予測される結果だ。外気温が体温と同程度、もしくは上回っている場合は、外気を体内に取り込んでも冷却効果は得られない。ゆえに、脳を冷やすあくびの反射は抑制される。ここからわかるように、温度制御という見地から見ると、あくびは、体内よりも外気の方が温度が低い時にしか意味をなさない行為ということだ。
目が覚めたときにあくびをする理由
そして、最も説得力があると思われるのが、2021年に『Communications Biology』に掲載された比較研究だ。この研究では、哺乳類と鳥類、計101種について、あくびの持続時間を分析し、あくびの長さが、脳の大きさやニューロンの数と相関関係にあると結論づけた(体のサイズについて補正を行なった後でも、この関係が認められたという)。
あくびの持続時間は、脳が大きく、代謝的な要求が多い動物の方が長かった。この相関関係は、哺乳類と鳥類という、分類学的に非常に幅広い領域に共通して認められることから、ここには、深く根付いた、機能的に一貫した適応があることが示唆される。
また、臨床医学の分野でも、あくびは注目されている。多発性硬化症やてんかん、偏頭痛や不安症などの疾病では、通常と異なるあくびのパターンが発生することが知られており、脳の温度制御機構がうまく働いていないと考えると、つじつまが合う可能性がある。さらに、「過度にあくびをする現象」を、脳の温度制御メカニズムに影響する疾病の兆候として利用することも提案されている。
ただし、熱制御仮説だけがあくびを説明するわけではない。この説を補完するものとして、「あくびには、覚醒状態を制御する役割がある」という説がある。これは特に、覚醒状態から睡眠状態に向かう時(あるいは、その逆)に顕著になる機能だ。
大人が最もあくびをすることが多いのは、目が覚めた時、および寝る前の時間帯だ。これはまさに、脳がシフトチェンジする時と重なる。完全に覚醒するためにウォーミングアップをしているか、覚醒状態からクールダウンしていくか、というタイミングだからだ。
ここで使われるメカニズムは、あごと顔の筋肉の伸長が、脳幹にある、覚醒状態を制御する広範なネットワーク「網様体賦活系」を活性化する、とみられている。
また、あくびに伴って循環系の変化も生じ、脳に流れ込む血流を一時的に増やす役割を果たす。それが、覚醒と睡眠の移行期のぼんやりした時間帯に、覚醒度を高める上で一役買っている可能性がある。
これら二つの仮説は、対立するというよりは、むしろ互いに補い合うものだ。寝ている状態から徐々に覚醒状態に移行する時や、寝る前にクールダウンする時に、脳は、あくびの温度調節機能からも恩恵を得ていると考えられるからだ。こうした見方からすると、あくびとは、神経の状態が不安定なタイミングで活用される、複数の目的を持つ生理的ツールとして捉えられる。
■「あくびがうつる」現象の理由
さらに、「あくびがうつる」という現象もある。これは、あくびにまつわる現象の中でも、最も奇妙で人間的な側面と言えるだろう。誰かがあくびをしているのを見たり、聞いたり、あるいはあくびについて書かれているこの記事を読むだけでも、それをきっかけとしてあくびが起きる可能性は十分にある。
こうした現象は、人間では、健康な大人の6割以上に起きることが知られている。さらに、チンパンジーやボノボ、犬、狼、ライオン、さらに少なくとも1種のオウムでも、同様の現象が観察されている。
しかし、人間でも新生児の場合は、この現象は認められない。起きるのは、生後数年経ってからであり、「自発的なあくびのメカニズム」が確立される時期からかなり後のことだ。このように、発現に時間差がある上に、自分とは別の種のあくびを見た時にはめったに発生しないことから、あくびがうつる現象は、あくびそのものの発生とは別に、進化の系譜でも比較的新しい段階に起源を持つと考えられる。
『Frontiers in Neurology and Neuroscience』に掲載された研究論文では、あくびがうつる現象の生じやすさを、精神や自己認識、社会的認識と共感に関する脳の領域の活性化と結びつけている。統合失調症や自閉症など、他人との関係の推測が難しくなる症状を抱えている人では、あくびがうつる頻度は下がる。
同様に、ボノボを対象とした研究でも、あくびがうつる現象が最も強く現れるのは、お互いに付き合いがある個体のあいだであり、特に、きっかけとなるあくびをした個体がメスだった時に顕著だった。
こうした研究から浮かび上がるのは、社会的同調のメカニズムだ。社会性のある動物では、あくびがうつることで、群れの行動の状態を全体的に調整し、歩調を合わせて、活動状態から休息状態へ(あるいはその逆)の移行を行なうことが容易になる、と考えられる。
■あくびを取り巻く学説のまとめ
考えてみれば、あくびとは、脊椎動物の歴史を貫く、最も長い糸の一つと言えるだろう。体の各部位が連携して、大きく口を開け、深く息を吸い込むという基本的な反射反応が、鳥類と哺乳類の共通の祖先から受け継がれ、何億年もの進化の中でも消えずに残り、金魚からチンパンジー、そして皆さんのような人間まで、実に多様な生物で認められる。これほど長く続いてきた行動は、本質的に重要な意味を持つことが多い。
あくびに関しては、いまだに決定的な説は確立していない。この研究分野は小さく、あくびをめぐる問題は非常に難しいので、問題の解明には知的な謙虚さが必要となる。しかし、あくびは脳の温度や覚醒をコントロールするのに役立つという説が、一致した考えとして確立しつつある。また、あくびがうつる現象については、社会的な認知に関して、何かの意味を反映しているとみられる。これらの説は、「酸素不足を補うため」というかつての説よりも、はるかに奥行きのある知見と言えるだろう。
