なぜ人は「夢を見る」のか? 進化生物学者が謎に迫る
たいていの人は、一生のあいだ、毎日のように、生物学屈指の深さを誇る謎に遭遇する。その謎とは「夢」だ。数多の精密な研究手法や優秀な頭脳を利用できる今でさえ、私たちはまだ夢の謎を完全に解明するには至っていない。
神経学という視点では、夢が生じる仕組みに関してかなりのことがわかっている。夢は、レム(急速眼球運動)睡眠と密接に結びついている。レム睡眠は、脳活動の高まり、筋緊張の低下、鮮明な心象と情動強度の混ざりあいを特徴とする状態だ。だが、いまだ解明されていない、それよりも深い疑問がある。夢ほど奇妙で、エネルギー面のコストがかかるものが、いったいなぜ自然選択によって保存されているのだろうか?
こうした問いについて考えるにあたり、進化生物学者は、「夢が役立つ可能性のある機能」を探る傾向がある。適応を助けているのか? 生存や生殖の能力を向上させるのか? それとも単に、睡眠中に脳が実行している別のプロセスの副産物なのだろうか?
過去20年で、説得力のある説がいくつか浮上している。どれも、夢の謎を完全に解き明かすものではないが、すべてを考え合わせれば、あなたの脳が夜ごと物語を紡ぎ出しているときに何をしようとしているのかについて、その説明とはいかないまでも、それに限りなく近いものを得ることができる。
■脅威の仮想現実としての夢
進化という点から夢を説明する有力な説の一つが、脅威シミュレーション説として知られるものだ。この説は、フィンランドの神経学者で心理学者のアンティ・レヴォンスオが、『Behavioral and Brain Sciences』に掲載された2001年の研究論文のなかで最初に提唱した。その5年後、『Consciousness and Cognition』で発表された2006年の研究のなかで、アントニオ・ザドラ、ソフィ・デジャルダン、エリック・マーコットが、この説を明確なかたちにして検証した。
この説によれば、夢が進化したのは、危険な状況をシミュレーションするためだという。夢に見ることで、現実の深刻な結果は被らずに、そうした状況への対応をリハーサルできるというわけだ。ある意味では、私たちが眠っているあいだに脳が「トレーニングプログラム」の原型のようなものを実行し、現実から離れた安全な環境で、私たちを脅威にさらしているとも言える。
夢が生存を助けるのはなぜか
ザドラらは、この説を検証するために、脅威を伴う内容を特定できるように設計された体系的な評価システムを用いて、繰り返し見る夢212件を分析した。分析結果は決定的とまではいかなかったが、とはいえ、ザドラらの評価では、夢のおよそ66%が、少なくとも一つの脅威を含むと判定された。
脅威には、概して以下のような特徴があった:
・夢を見ている人に向けられる
・正真正銘の危険を伴う(些細な不便などではなく)
・防御または回避の行動がとられる
例としては、追跡、事故、不運、失敗、災害、身体的な負傷、感情的なつらさ、暴力などが挙げられる。どれも、たいていの人が人生のどこかで悪夢として経験するものだ。
54%の事例では、夢を見ている人は、夢のなかの状況に応じて、合理的かつ現実的なやりかたで対応していた。例えば、逃げようとしたり、隠れようとしたりする、といった対応だ。この知見は注目に値する。というのも、夢のなかの行動が必ずしもでたらめではないことを示唆しているからだ。大多数の夢では、状況に対応した行動は妥当なものであり、目的を伴っていた。
この観点からすると、脅威シミュレーション説には説得力があるように思える。 なにしろ、人類の進化史の大部分を通じて、私たちの祖先の生存は、捕食者、同種の敵、環境の危険といった脅威を予期して対応できるかどうかにかかっていたのだ。そうした対応を、完全なものでなくても「練習」できるシステムは、大きな利点になっただろう。
■夢が生存を助けるのはなぜか
夢が実際に脅威をシミュレーションするものであるなら、次に生じる最も重要な疑問はこれだ——このシミュレーションにより、進化やほかの面で、実際になんらかの利点を得られるのだろうか?
自然選択という点から言えば、その答えは適応度が握っている。言い換えれば、夢を見ると、生存と生殖のチャンスが大きくなるのか、ということだ。
オフライン処理で過去に学習した概念を新たな状況に応用する能力が向上する
ザドラらの主張によれば、理論の上では、シミュレーションした危険に繰り返しさらされると、以下のことが可能になるという:
・脅威に対する認知の鋭敏化
・プレッシャーを受けているときの判断の向上
・対応行動(逃げる、隠れる、身を守る、など)の強化
つまり、夢のシナリオが不完全であっても(そういうことは往々にしてある)、脳を鍛えて、起きているときに、速く効率的に反応できるようにする可能性がある、ということだ。だとすれば夢は、災難を寸分たがわず稽古するリハーサルではなく、むしろ、もっと汎用的な調整プロセスだと考えられる。
だが現実には、夢はそれだけで独立して動いているわけではない。睡眠という、もっと大きな構造のなかに組みこまれている。そしてまさにその点で、別の路線の研究が意味をもつ。
『Cognitive Systems Research』で発表された2009年の研究では、学習と記憶の固定における睡眠の役割に注目した、認知・計算モデルが提示された。それ以前の研究では、私たちの見る夢は「ランダムな衝動」以外の何ものでもないと主張されていた。だが、前述の研究論文の著者チー・ジャンの提唱したモデルでは、「ランダムな衝動」は、以下のような脳のはたらきを表している可能性があるとされている:
・最近の体験を、能動的に再処理する
・重要な神経接続を強化する
・新しい情報を、既存の知識ネットワークに組み込む
この枠組みで見ると、夢は、そうした再統合プロセスの主観的体験を反映したものと考えられそうだ。
脳は、起きているときのこと(記憶、情動、感覚印象など)の断片を復活させ、新たなかたちに組み換える。この組み換えは、そのときには奇妙に見えたり感じられたりするが、私たちが意識的に認識している以上に、深い機能を果たしているのかもしれない。すなわち、情報の再編による学習の強化という機能だ。
ジャンの主張によれば、重要な点は、こうした「オフライン」処理により、脳の一般化能力、つまり過去に学習した概念を新たな状況に応用する能力が向上することだという。そうした能力は、予測不可能な環境において、生存にとって計り知れないほど貴重になるだろう。
夢をめぐる不都合な真実──本当のところはまだわからない
この知見を踏まえると、夢の進化をめぐる議論は多層的なものになる。夢は、脅威をシミュレーションし、それにより行動の備えが強化される可能性がある。また、睡眠には記憶を固定するはたらきがあり、それが私たちの学習と予測の能力を高めている。そうした処理が重なりあう場所が夢なのかもしれない。
とはいえ、そうした主張を誇張したくなる誘惑に抗う価値はあるだろう。この説がどれほど洗練されたものであっても、具体的な夢の内容と、現実世界でのパフォーマンスの向上とを結びつける直接的な証拠は、いまだ限定的なものにとどまっているからだ。
■夢をめぐる不都合な真実——本当のところはまだわからない
方法論的な点から言えば、夢は研究が難しいテーマだ。夢は、そもそもの性質として主観的なものだ。分析は自己申告頼みだが、たいていは、目が覚めたあと不完全にしか思い出せない。そのため、ほかの生物学的現象と同様の精度で夢を研究するのは難しい。
さらに、夢の進化をめぐる説は、直観的には訴える力があるものの、そこには極めて重要な限界が一つある。どの説をとってみても、夢を見るという現象を完全には説明できないのだ。
脅威シミュレーションに関する2006年の研究は、これまでに得られているものとしてはかなり強固な証拠の一つだが、その研究でさえ、いくつかの矛盾点が浮き彫りになっている。著者らが述べているところによれば、現実的な生存に関係するシナリオが描かれている夢は15%に満たなかったという。そのうち、「ハッピーエンド」と見なされる結果になったのは17%にすぎなかった。残りは、脅威が(夢のなかで)現実になって終わるか(40%)、目が覚めて終わるか(37v)のいずれかだった。
言い換えれば、夢のなかで脅威に適切に対応した場合でさえ、夢を見ている人がその脅威から無事に逃げおおせるケースは珍しいということだ。そうした知見は、総合的に見ると、脅威シミュレーション説を裏づけているとも、裏づけていないとも言えない。夢は、確かに驚くほどの頻度で危険をシミュレーションしているようだが、そのシミュレーションは不完全であり、非現実的なかたちをとるケースが多いのだ。
夢は半分が機能、もう半分が謎でできている
それに劣らず重要な点は、私たちの見る夢の多くが脅威を感じるものではないことだ。脅威を感じる夢であっても、その脅威の多くは非現実的なものだ。そして脅威が現れる場合でも、その脅威は必ずしも、生存や生殖にとって極めて重要な種類の困難をなぞっているわけではない。
もっと広い視点で見れば、私たちの見る夢は奇妙だ。なんの前触れもなく、ある場面から別の場面へと切り替わる。論理を完全に無視するかたちで、複数の人や場所、時間が混ざりあう。夢の土台にある物語は、そのときには意味があるように思えるが、実際に細かく見てみるとナンセンスだとわかる。そこから、不都合な可能性が浮かび上がる。ひょっとしたら、夢にはなんの機能もないのではないか?
夢のうち少なくとも一部は、適応に役立つほかのプロセスの副産物かもしれない、と主張する研究者もいる。例えば、記憶の固定や、神経のメンテナンスといったプロセスだ。この見解によれば、脳は睡眠中に重要な仕事をこなしており、夢は単に、その仕事を内側から感じているにすぎないというわけだ。
だからといって、夢に本質的に意味がないというわけではない。これは要するに、夢の真の意味は、夢が語る具体的な物語にあるのではなく、夢が反映している背後のプロセスにあるということだ。
以上を踏まえると、部分的に重なりあう、いくつかの説得力のある説が残される:
・夢は、脅威をシミュレーションしている可能性がある
・学習と記憶を助けている可能性がある
・情動の調節に役立っている可能性がある
・あるいは、単に脳の「夜間メンテナンス」から生じているだけという可能性もある
残念ながら、上述の可能性は、どれかが正しければどれかが否定される、という類いのものではない。夢をめぐる疑問に関しては、単一で満足のいく答えはまだ得られておらず、夢は、現在でもなお、生物学、認知、体験の交差点にとどまっており、おそらくこの先もずっとそうだろう。夢は、半分が機能、もう半分が謎でできているのだ。
夢ほどありふれたものには、何かの目的があるに違いない、と信じる(少なくとも自分に言い聞かせる)のは人間の性だ。だが、最も質の高い科学は、不確実さをそのまま認める。今のところ、最も誠実な答えはこうだ──夢を見ているときのあなたの脳は、何か重要なことをしている。ただ、それが何かについては、我々はまだ完全には解明できていない。
