なぜ人間だけが「食べ物を加熱調理」するのか? 進化生物学者が解説

なぜ人間だけが「食べ物を加熱調理」するのか? 進化生物学者が解説

調理は、我々の日常生活にあまりにがっちりと組み込まれているので、これがいかに特異な行為なのかという点は見過されがちだ。ごく普通のことに見えるかもしれないが、進化生物学の視点から見ると、燃え盛る火のそばに立ち、意図的に食物に熱を加えて変性させる人間の姿は、他に例のない行動に映る。

動物界全体で見ると、めまいがするほど複雑な方法で食物を見つけ、加工し、消費するように進化した種は、枚挙にいとまがないほど見つかっている。木の実を石で割る動物もいれば、発酵させる、貯蔵場所に蓄える、さらには化学物質を使って自分の食べるものを守る者までいる。しかし、我々現生人類につながる系統は、食物を加熱調理する方法を身につけたという点で一線を越えた特異な存在だ。

温かく調理された食物が食べられることを当たり前と思っている人は多い。その点でこの境界線は、たいした意味はないように見えるかもしれない。だが、実際には大きな意味がある。

このところ着実に増えている進化生物学の研究成果でも示されているように、加熱調理は、我々の食生活だけでなく、本当に多くの物事を変えた。種としての我々人間の姿を、根本からつくり替えたのだ。

■料理をするのは本当に人間だけか?

加熱調理を行なうには、少なくとも生物学上の厳密な定義では、以下に挙げる3つの具体的な能力をすべて確実に使える状態である必要がある:

・外部熱源(通常は火)を制御して使う能力

・上記の熱源を使って、食材を意図的に加熱する能力

・暗黙知であれ、学んだものであれ、このプロセスが食物そのものを変性させるという認識

こうした一連の能力のうち、一部に近い行動をとる動物は数多く存在する。例えばチンパンジーは、道具を使って木の実を割ることが知られている。ニホンザルも、食べる前にサツマイモを洗う行動が観察されている。鳥の中には、小石を食べて砂嚢の中に貯めこみ、食べたものを歯を使わずにすりつぶす者さえいる。

こうした動物の行動は、間違いなく賢いものだ。しかも、時には文化として伝播するケースさえある。しかしどれも、加熱調理までには至っていない。それは、そこに至るために不可欠な一つの条件が満たされていないからだ──それは、火を制御して扱う能力だ。

信頼できるやり方で火を起こしたり管理したりできる動物は、この地球上には人間以外には存在しない。また、火がもたらす熱を計画的に食物に用いて、その性質を変えて消費できる動物も他にいない。

とはいえ一部の動物は、火を通した食物を好んで食べることが知られている。だがこれも、人間が動物のために調理したものを食べているだけだ。『Journal of Human Evolution』に2008年に掲載された研究では、現存するなかでは人間に最も近い動物である類人猿を対象として、調理した食物を好む隠れた傾向があるかどうかを検証している。捕獲された個体からなる複数のグループで、類人猿が、生の食物よりも火を通したものを好む傾向があることがわかった。ただしこれは、普遍的な好みというわけではなく、例外的に生の食材を好むこともあった。

人体をも変貌させた加熱調理

この研究でわかった類人猿の好みには意味がある。なぜなら、火を通した食物に対して覚える魅力(食感が柔らかくなり、風味が増し、噛み切りやすくなるといった性質)が、人間が食物を加熱調理し始めた後に生じたわけではないことを示しているからだ。実際にはこうした嗜好は、調理を始める前から存在していた可能性が高い。

調理は、以前から存在していた、質が高く加工しやすい食物(熟れた果物や、柔らかい肉など)を好む傾向が、「外適応」(ある形質が、進化の過程で新しい機能を持つ現象)したものかもしれない。こうした性質は、人間が火を発見する前から、エネルギーの確保や効率性において優位であることが裏付けられていたはずだ。

言い換えれば、人類は初期の段階で、調理のメリットをわざわざ聞かされなくても、すでに感じ取っていた可能性があるということだ。

しかし、より物議を醸しそうなのは、この考えが、長年信じられてきた「火の使用は、加熱調理よりかなり前に始まっていた」という通説に異を唱えている点だ。我々の祖先が、火を通した食物を好む性質をすでに持っていたのであれば、加熱調理をしたいという意欲と、まさにその調理をするという目的で火を制御したいという欲求が、ほぼ同時に生まれた可能性はある。

だとしても、火を通した食物を好む性質だけでは、人間だけが加熱調理を行なう理由として十分ではない。火を通した食物のメリットを享受できる可能性がある動物は、他にも数多く存在するからだ。その中で、実際に一線を越え、火を通した食物を自ら作るようになった種は、我々人間だけなのだ。

■人体をも変貌させた加熱調理

加熱調理が、人間だけが行なう行動である点は、すでに認識している人がほとんどだろう。ゆえに、なぜこれがそれほど重要なのか、いぶかしく思う人も多いかもしれない。その重要性を説明するために、進化生物学者がよく用いるのが「料理仮説」だ。これは、ハーバード大学のリチャード・ランガムの主導で展開され、実験や遺伝学の研究による裏付けも得ている。

この仮説は、主なポイントとして、調理が文化的に「後付け」されたものではないと主張している。ランガムによれば、これは生物学的に大きな意味を持つターニングポイントであり、我々の解剖学的特質や代謝、認知能力が根本的に変化したという。

この説に関する重要なエビデンスが、『Genome Biology and Evolution』に掲載された2016年の研究からもたらされた。制御された給餌実験により、人間の体が食物を分子レベルで消化する方法を、加熱調理が塗り替えたことが示された。

人間の歯は非常に小さく、あごの筋肉組織も退化している

これは、以前の生理学的研究の結果とも一致する。その一つが、2003年発表の『Comparative Biochemistry and Physiology Part A』に掲載された論文で、加熱調理が、現在の人間に連なる系統を大幅に塗り替えた可能性を示す、複数のメカニズムの概要が記された。以下にその内容を説明しよう。

第1に、加熱調理により、食物が持つエネルギーやカロリーが手に入れやすくなる。熱はタンパク質を変性させ、デンプンは糊化してゼリー状になり、植物の細胞壁も破壊される。その結果、食物の消化や代謝が、ずっと容易になる。そして、調理されていなければ活用されないままに体を通り過ぎるだけだったカロリーも吸収可能になる。

第2に、加熱調理はどうやら人間の体の在り方を変えたようだ。他の類人猿と比べると、人間の歯は非常に小さく、あごの筋肉組織も退化し、消化管も短くなっている(これは、特に大腸に関して顕著だ)。こうした身体的特徴は、物理的に噛み砕く必要や、腸内微生物による発酵作用を、以前ほど必要としない食生活とマッチしている。これを簡単に言えば、加熱調理は基本的に、これまで体内で行なわれていた消化プロセスを外部化したものということだ。

第3の説として、加熱調理が脳の増大を可能にした可能性がある。代謝の観点から見ると、人間の脳は、非常に「高コスト」な臓器だ。その大きさと釣り合わないほど、体のエネルギーを消費しているからだ。

そのため加熱調理は、摂取できるカロリー量を増加させ、同時に消化にかかるコストを削減するという意味で、脳の巨大化・複雑化を支えるために必要なエネルギーを確保するのに役立ったと考えられる。重要なのは、この説が、考古学上の年表で確認されている状況とよく一致しているという点だ。つまり、脳の大きさの増大が、人間の先祖が火を使用し始めた時期とおおむね一致しているという状況だ。

最後に、おそらく最も衝撃的な発見として、加熱調理への適応については、遺伝的なエビデンスも確認されている。2006年に『Genome Biology and Evolution』に掲載された研究では、人間の代謝に関連する遺伝子が、火の通った食事と、生のままの食事で、違った反応を見せることがわかった。さらに、これらの遺伝子の一部には、人間における正の選択(適応度の高い個体が増えていく過程)の兆候があることも判明した。

これが示唆するのは、現在の人間の体は、単に火の通った食事に耐性があるというのではなく、ある程度は、火の通った食事をとるように作られているということだ。

ここまで挙げてきた一連のエビデンスが教えてくれるのは、人間が、単に加熱調理をする唯一の動物であるだけでなく、生物学的な特徴についても、調理によって形作られてきた種だ、ということだ。

■人間以外の動物が、調理能力を獲得しなかった理由

それでもまだ、疑問に思う人は多いだろう。「調理にそれだけの効用があるのであれば、人間以外の動物が調理をしないのはなぜなのか?」と。この問いへの最もシンプルな答えは、そっけないものだ。それは、調理には火が必要で、火は制御が難しいから、というものだ。

より具体的に言えば、火を使うには、火を起こし、燃料を管理し、常に注意を払う必要がある。それぞれの能力は、人間以外の種にまったく想像もつかないものとは言えないものの、他の系統では進化することはなかった。

しかしながら、よりしっかりした回答をするなら、人類だけのものと見受けられる特質が収斂したところにある、ということになるだろう。調理能力は、以下に挙げる、3つの非常に具体的な認知的特質に依存している。

・計画(食物の様子が変わる、あるいは食べる「準備」ができるまで待つ)

・因果的推論(熱が食べ物の性質を、人にとってメリットがある形で変えることを理解する)

・社会的学習(調理の技法を、世代を超えて伝える)

確かに、これらの能力を部分的に示す動物は数多く存在するが、この3つを柔軟かつ累積的な形で成功裏に組み合わせた種は人間だけだ。

さらに、進化に関する経路依存性もある。これはつまり、我々の祖先が、たとえ散発的であれ、いったん調理を始めると、そのメリットがフィードバックループを起動したと考えられる、ということだ。

つまり、火の通った食物は、より多くのエネルギーを供給する。多くのエネルギーがあれば、より大きな脳を維持できる。脳が大きくなれば、道具の使用や火の管理の能力が向上する。火を上手に管理できれば、より安定した調理が可能になる、というわけだ。

他の動物は、火を管理するという、最初のきっかけを得ることがなかったため、このフィードバックループに入ることが一度もできなかった。

最後に、必要性の問題がある。動物の大部分は、すでに生の餌を食べる生活に完全に適応している。動物の歯や内臓、代謝系は、火を通さない食物からエネルギーを摂取するように調整されている。ゆえに、調理ができることは、有利に働いた可能性があるとしても、こうした動物の生存にとって不可欠な要素とはとても言えなかった。

一方、人間は正反対の方向に進んだようだ。我々人間の体が、より柔らかく、質の高い食事に適応することで、人間はますます調理に依存するようになった。ある意味では、加熱調理というイノベーションが、実際には一つの制約になった面もあるかもしれない。

加熱調理は、その誕生から長い時を経るあいだに、人類および文化の不可欠な要素となった。これは、生物学的特質と技術のあいだの境界線を曖昧にした行動であり、それによって両方を(おそらくは良い方向に)大きく変貌させた。

我々人間は、加熱調理をする唯一の動物だ。だがそれ以上に、調理する必要に迫られている唯一の動物だ、という言い方もできるかもしれない。

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