極限環境の「悪魔の穴」に棲む、世界一希少な魚「デビルズホールパプフィッシュ」
進化は、ドラマチックな筋書きを好む。その好例が、デビルズホールパプフィッシュ(学名:Cyprinodon diabolis)だ。この魚は、ありえないくらい特殊化していて、生物学者たちはその生態に目を見張ると同時に、その将来を憂慮している。
デビルズホールパプフィッシュは、人の親指ほどの小さな魚でありながら、信じられないような場所で生き抜く術を見いだした。そこは一見したところ、どんな脊椎動物もすみかとして選ぶはずがないと思うような環境だ。
彼らは、米ネバダ州、モハベ砂漠のど真ん中にある、石灰岩の狭い亀裂の中に暮らしている。「デビルズホール」と呼ばれるこの亀裂は、水をたたえてはいるものの、日差しと地熱のため水温は風呂並みで、溶存酸素はほとんどない。
にもかかわらず、この種はどうにか生き抜いてきた。以下では、デビルズホールパプフィッシュがどれほど絶え間なく絶滅の瀬戸際をさまよってきたかを学び、生存競争と遺伝学、そして地球上の生命の限界について彼らが語る不可解な真実に耳を傾けよう。
■「悪魔の穴」の魚:その生態と発見
デビルズホールパプフィッシュは、地球上で最も自然分布域が狭い脊椎動物の1つであり、しばしば「世界一希少な魚」と呼ばれる。彼らにとっては、水没した1つの岩棚が世界のすべてであり、面積は小さめの寝室ほどしかない。この岩棚の水たまりは洞窟につながっていて、その闇に包まれた深淵は、研究者たちもまだ十分に探索できていない。
この種が、最初に学術的に記録されたのは1930年のことだ。生物学者たちは、この砂漠の裂け目に暮らす青く輝く魚が、近くにある「アッシュメドウズの泉」に生息する近縁のパプフィッシュとは別種であることを明らかにした。しかし当時でさえ、この極限的な生息環境では、安定した個体群を維持することはできないと考えられていた。
学術誌『Geochimica et Cosmochimica Acta』に掲載された論文で述べられているように、デビルズホールは、地熱で温められた地下水をたたえる高温・低酸素環境だ。日照や、藻類の成長、水深がわずかに変動しただけで、パプフィッシュの個体群は全滅しかねない。そう考えると、科学者でなくても、ここで魚が生きつづけていることがいかに驚異的であるかがよくわかる。
けれども、デビルズホールに暮らすパプフィッシュの日常生活は驚くほど規則的だ。浅瀬の岩棚の表面にできる藻類の層を食べ、毎日数時間だけクレバスに射し込む日差しの中を勢いよく泳ぎ回っている。
興味深いことに、彼らの繁殖サイクルは、この日光とゆるやかに結びついている。パプフィッシュは岩棚の上に産卵し、孵化した稚魚は深みに隠れるが、多くはそのまま戻ってこない。パプフィッシュにとっての「当たり年」には、藻類がよく茂って、個体数が増加する。逆に厳しい年には、個体数が40匹を切ることもある。進化的な文脈で考えるなら、40匹未満というのは、1つの種の歴史が丸ごと、たった1つの不運な出来事によって消し去られかねない数字だ。
2014年に学術誌『PeerJ』に掲載された、デビルズホールパプフィッシュの包括的なリスク分析においても、こうした脆弱性が強調されている。論文著者たちは、個体群の動態モデルを構築し、野生個体群を損なうことなく、パプフィッシュを捕獲して飼育下繁殖に回すとしたら、何匹までなら安全であるかを検討した。
論文の結論は、厳しい現実を突きつけるものだった。種そのものの存続が、わずか数十個体の繁殖成功にかかっているときには、1つの嵐や地震、日照のわずかな減少、繁殖サイクルのちょっとした不順が、実存上の危機になり得るのだ。
だが、これほど絶望的な確率でありながら、デビルズホールパプフィッシュの個体群は、ありえないほど長いあいだ存続してきた。
■「悪魔の穴」でのサバイバル
デビルズホールの水温は恐ろしく高い。年間を通じて摂氏33~34度を保っており、ほぼ温水ジャグジー並みだ。ほとんどの魚にとってこの温度は、代謝を維持できる温度帯の上限ギリギリだ。
しかも、それだけでは生ぬるいとでも言わんばかりに、水中の溶存酸素量も著しく少ない。デビルズホールに潜った経験のあるダイバーに言わせれば、「ほとんど空気がない中を泳いでいるようなもの」だ。
それなら、なぜパプフィッシュは酸欠に陥らずに生きていられるのだろう? 答えは、2015年に学術誌『Journal of Experimental Biology』に掲載された論文で明らかになった。この研究で生物学者たちは、それまで魚類では一切知られていなかった現象を発見し、「逆説的嫌気呼吸(paradoxical anaerobism)」と名づけた。
これは簡単に言えば、パプフィッシュが時に(また、おそらく直接的な環境中の手がかりに頼らずに)、突如として酸素消費を、測定不可能なレベルまでシャットダウンすることを意味する。奇妙なことに、彼らはまだ水中の溶存酸素をある程度利用できるうちに、この状態に切り替わる。言い換えれば、酸欠に陥る代わりに、一時的に酸素消費量がゼロになるような代謝状態に体を切り替え、この嫌気性代謝回路によって生命を維持するのだ。
ほとんどの脊椎動物は、酸素が乏しい環境では、活動量を低下させるか、呼吸数を増加させる。そして、そうしなければ細胞損傷のリスクを負う。しかしパプフィッシュはどうやら、一時的に酸素ベースの代謝を完全に停止する能力を備えているようだ。
前述した2015年の論文の著者たちは、これは防御メカニズムであり、ミトコンドリア回路に高温や低酸素による負荷がかかることで、有害な代謝副産物が蓄積することを回避している可能性があるとしている。
パプフィッシュが経験する、あらゆる生態学的プレッシャー──極端な高温、低酸素、限られたスペース──を考慮すれば、彼らはただ過酷な環境に耐えられるだけでなく、こうした環境に適した形に代謝機能を再構築したという筋書きが浮かび上がる。
デビルズホールパプフィッシュは、脊椎動物が生理的に対処できるギリギリの環境で生き続けてきた。彼らが持つ、代謝のモードを切り替える能力は、多くの砂漠性の種でさえ生息していない環境で彼らが生き延びることができた、決定的な理由の1つなのかもしれない。
■デビルズホールパプフィッシュはなぜ重要なのか
2022年に学術誌『Proceedings of the Royal Society B(英国王立協会紀要B)』に掲載された論文では、デビルズホールパプフィッシュのゲノム分析が行われた。この研究により、意外ではないが、この種がこれまでに分析された脊椎動物の中で、最も近親交配が進んだ種の1つであることが明らかになった。
具体的にいうと、デビルズホールパプフィッシュのゲノムの58%以上が、長いホモ接合性領域(runs of homozygosity:ROH)の中に存在していた。簡単に言えばこの結果は、パプフィッシュが多くの近親交配を重ねてきたことを強く示唆する。さらに、機能的遺伝子の多くに、配列の欠失、短縮、有害変異の蓄積の兆候が確認された。
従来の保全遺伝学の観点からは、こうした特徴は悲劇の前触れだ。これほど遺伝的多様性が減少した状態は通常、絶滅への片道切符を意味する。にもかかわらず、なぜかパプフィッシュは生存し続けている。
この矛盾、つまり、深刻な遺伝的制約がありながら、驚くほどしぶとく生き延びていることこそ、デビルズホールパプフィッシュが科学的に極めて重要である理由だ。彼らは、進化生物学における確立された定説の数々、なかでも遺伝的多様性、適応度、環境の安定性の関係に疑問を投げかける存在なのだ。
デビルズホールパプフィッシュはすでに、小さな個体群が、(少なくとも理論的には)持続不可能であるはずの有害変異の蓄積に耐えて存続する場合があることを示すケーススタディとなっている。ある意味でこの種は、「適応」という言葉が実際には何を意味するのかについて、研究者たちに再考を迫っている。
・パプフィッシュは、極端な高温と低酸素への耐性を進化させたのか?
・もとから耐性を持ち合わせていた個体だけが、長期的に生き延び、系統を存続させたのか?
・逆説的嫌気呼吸は、適応なのか、遺伝的な偶然の賜物なのか、それとも、遺伝子の欠損に対処する代謝面での次善策なのか?
これまでに得られた知見はみな、この魚を理解するには、たった1つのレンズを通して眺めるだけでは不十分であることを示している。デビルズホールパプフィッシュは間違いなく、生物学におけるパラドックスの1つだ。私たちが教科書で学んできたような、すっきりした枠組みに収まることを良しとしないものなのだ。
Why The World’s Rarest Fish Is Trapped In The Hottest Desert On Earth
With under 40 pupfish left in the wild, these are possibly the rarest fish on the planet. The Devils Hole pupfish have existed in isolation for thousands of years in an extreme environment where few species could survive. How did they end up in such an inhospitable place? And what makes their survival so important?
Untold Earth explores the seeming impossibilities behind our planet’s strangest, most unique natural wonders. From fragile, untouched ecosystems to familiar but unexplained occurrences in our own backyard, this series chases insight into natural phenomena through the voices that know them best.
Untold Earth is produced in partnership with Atlas Obscura and Nature.
