【レビュー】AirPodsは仕事に欠かせない翻訳機に──「ライブ翻訳」を開発したアップルの狙い

【レビュー】AirPodsは仕事に欠かせない翻訳機に──「ライブ翻訳」を開発したアップルの狙い

アップルのAirPodsは、いま世界で最も売れている左右独立型ワイヤレスイヤホンのシリーズのひとつだ。その最新モデルである「AirPods Pro 3」が9月19日に発売を迎えた。この製品に触れると、これから変わりゆくワイヤレスイヤホンの未来が見えてくる。

■iPhoneといっしょにワイヤレスイヤホンを革新してきたAirPods

2007年にアップルのiPhoneが誕生してから、2010年代にはスマートフォンが一気に普及した。同じ頃、Bluetoothによるワイヤレスオーディオの通信技術が発展し、音楽リスニングを楽しむためのデバイスとしてワイヤレスイヤホンが一般に広く使われるようになった。

そして2020年、新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって、多くのビジネスパーソンがリモートワークを強いられた。当時、オンライン会議やハンズフリー通話を助けるコミュニケーションツールとしてワイヤレスイヤホンの価値が再定義され、多くの人々が「はじめてのワイヤレスイヤホン」を買い求めた。

AirPods Proが搭載するアクティブノイズキャンセリング(ANC)の機能は、高性能なマイクで環境音をモニタリングして、電気的な信号処理によってオーディオリスニングに不要なノイズだけを低減する。アップルが最初にAirPods Proを発売したのは2019年の秋だった。以降、2022年に機能向上を図った第2世代のモデルを発売。翌年には充電用のデジタルコネクターをLightningからUSB-Cに変更したマイナーチェンジモデルが登場する。今年発売されたAirPods Pro 3はシリーズの第3世代機だ。

AirPods ProはiPhoneとの相性がとても良い。Bluetoothワイヤレスイヤホンのペインポイントである「機器同士のペアリング」がワンタッチで迷うことなくできる。空間オーディオコンテンツの再生時に使えるヘッドトラッキング機能など、AndroidスマホよりもiPhoneと組み合わせた時にたくさんの便利な機能が使える。ゆえにiPhoneユーザーから特に人気が高い。

その「iPhone連携」の中核を担っているのが、アップルが独自に設計したApple H2チップだ。Apple H2チップがiPhoneにiPad、Macをはじめとするアップル製デバイスにペアリングされたことを賢く認識して、Apple Intelligenceにも連携するAirPods Proの先進的なコンピューテショナルオーディオの機能をスムーズに動かす。アップルが新たに発表した「ライブ翻訳」はその代表的な事例だ。

AirPods Pro 3の「3つの大きな進化」

アップルのように、コンテンツを送り出す側のデバイスであるスマートフォンと、受け取る側であるワイヤレスオーディオの両方を、それぞれに搭載するチップセットからまるごと設計・開発できるメーカーは少ない。ゆえに独自性のある機能が提案できるし、ソフトウェアアップデートにより日々改善を図りながらユーザーに快適な使い心地も提供できる。

■AirPods Pro 3の「3つの大きな進化」

筆者も新しいAirPods Pro 3を体験した。主に3つの点が前世代のAirPods Pro 2よりも飛躍を遂げていると感じた。

ひとつは音質。AirPods Pro 3は小さな筐体内部の音響構造を見直したことで、サウンドの心臓部であるアップル独自開発のドライバー(スピーカー部分)が持つパフォーマンスをさらに引き出した。音場(サウンドステージ)の見晴らしが良くなって、広々とした立体的な情景を描く。

ボーカルやアコースティック楽器の音色がとても生々しい。低音のリズムも一段と躍動感が増した。新旧AirPods Proを聴き比べる機会があれば、ぜひ普段からよく聴く楽曲を再生してみてほしい。音楽のディティールがより鮮明に感じられるはずだ。

2つめにANC機能の消音効果が高くなった。AirPods Pro 2も十分な消音効果が得られるワイヤレスイヤホンだが、最新世代のモデルはまるでさまざまな種類のノイズを狙い撃ちしながら消しているような精度の高さを感じる。そしてノイズキャンセリング機能を搭載するイヤホンにありがちな、耳の中が息苦しくなるようなプレッシャーがとても少ない。ANCをオンにしながら長時間リスニングが快適に楽しめる。バッテリーの持ちも最大6時間から2時間伸びて、最大8時間になった。

例えば屋外を歩きながら移動している時に、自分の足音が聞こえなくなるほどに消音効果は強力だ。電車やバス、飛行機に乗って移動している時にはANCはオンのままで良いが、歩行時には「外部音取り込みモード」に必ず切り替えて使いたい。そして、筆者が3つめにAirPods Pro 3の進化を感じた点が、この外部音取り込みモードの完成度に磨きがかかったことだ。

AirPods Proのように、シリコン製のイヤーチップで“耳栓”をするタイプのイヤホンは、装着した時に如何ともしがたく環境音が聞こえにくくなる。ところがAirPods Proは初代のモデルから搭載する外部音取り込みの機能がとても優秀なので、モードを切り替えるとまるでイヤホンを耳から外したみたいに、周囲の環境音がとてもクリアに聞こえてくる。

■アップルが「外部音取り込み」を強化した理由

AirPods Pro 3ではさらに性能の高いマイクを載せて、外部音取り込みモード時にも装着するユーザーの耳の形状、装着状態に合わせて音の聞こえ方を最適化するアルゴリズム解析の精度を高めた。外部音取り込みをオンにするとAirPods Pro 2はすべての音がクリアに聞こえるが、AirPods Pro 3は聞こえる音の立体的な位置関係まで把握できる。

特にイヤホンを装着するユーザーの「自分の声」が明瞭度を増している。米Appleでオーディオ製品の開発を率いるVP of Hardware EngineeringのMatthew Costello氏は、筆者のインタビューに答えて「ユーザーの声を正確に再現することは本当に困難だった。私たちは通常、音を聴く時に自身の顔や上半身に反射して耳に入ってくる音を聴いている。AirPods Pro 3ではユーザーの身体の影響を考慮しながら、より自然な外部音取り込みモードを実現したいと考えた。そのために10万時間以上のユーザ調査と1万以上の耳のスキャンデータを開発に活かし、アルゴリズムを練り上げた」と、開発の道のりを振り返った。

AirPods Pro 3にとって、外部音取り込みモードは音質とアクティブノイズキャンセリングと肩を並べる最重要機能のひとつだ。その理由は、今では本機が音楽を楽しむためのリスニング用デバイスとしての役割を超えて、様々な種類のボイスコミュニケーションにも活用されているからだ。

2024年10月には無料のソフトウェアアップデートにより、AirPods Pro 2に医療機器グレードのヒアリング補助機能が追加された。イヤホンを装着してヒアリング補助機能をオンにすると、周囲の環境音や対面して話す人の声がより明瞭に聞こえるようになる。

さらに今秋から「ライブ翻訳」機能が加わった。その日本語対応も年末までに予定する。環境音に注意を向けつつ、会話の音を正確に聴き取るためのワイヤレスイヤホンは、これからますます多くのユーザーに求められるようになるだろう。AirPods Pro 3がその進化を先導することは間違いない。

なお、筆者もAirPods Pro 3によるライブ翻訳を実機で試した。日本語対応がまだなので、英語のニュース番組の音声をパソコンのスピーカーで再生しながら、フランス語へのライブ翻訳のスピード感と精度を確かめたが、翻訳の精度は十分に高そうだ。

会話のリズムを大きく崩さない程度のスピードで、音声によるライブ翻訳が付いてくる。iPhoneの「翻訳」アプリと連携する機能なので、スマホの画面から翻訳の結果を文字で同時に確認できる。この精度とスピードが英語から日本語へのライブ翻訳でも実現できていれば、おそらく英語オンリーの記者発表会やパネルディスカッションを取材する時の即戦力になる。

■ライブ翻訳はスマートグラスとの相性が良さそう

ライブ翻訳は高性能マイクを搭載するAirPods Pro 3、iOSのアップル純正「翻訳」アプリとApple IntelligenceのAIモデルの連携により実現する先進機能だ。3つの要素がすべてアップルによる自社開発であることから、ライバルには実現できないほど快適な使い心地が短期間に実現される可能性も高い。今後、国際会議にはiPhoneとAirPods Proが欠かせないようにもなるのだろうか

現在は「翻訳」アプリを投入したiPhoneとのペアリングが必要になる。ライブ翻訳の結果を、iPhoneの画面上からテキストで確認できるのは便利だ。しかしながら今後、翻訳の精度が向上した時にはiPhoneを持たずにAirPods Pro単体で身軽に使いたいと筆者は思う。

そのためにはまずAirPods Proが単体でApple Intelligenceを動かす必要がある。Apple H2チップにそこまでの余力があるのかわからないが、あるいは付属する充電ケースの側に「翻訳」アプリと、ライブ翻訳に必要なAIモデル、必要に応じてチップセットを投入すれば、AirPods Proだけでライブ翻訳が使えるようになるかもしれない。

ライブ翻訳の音声を聴くために、ユーザーはAirPodsを身に着けなければならない。ところが、イヤホンを装着しながら会話することに双方が抵抗を感じる場合もあるだろう。筆者はスマートグラスがその課題の解決策になると考える。今後、AirPodsシリーズに搭載されるさまざまな先進機能が、現在あるワイヤレスイヤホンの制約や固定観念を解き放ち、新しい形状・構造の可能性を拡大する推進力になることを期待している。

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