間違いだらけの「バタフライエフェクト」、その本当の意味とは SNSなどで誤解がまん延

間違いだらけの「バタフライエフェクト」、その本当の意味とは SNSなどで誤解がまん延

ポップカルチャーの題材にもなった「カオス」理論のコンセプト

1961年、米マサチューセッツ工科大学(MIT)の気象学者エドワード・ローレンツは、気象予測プログラムに数値を入力していた。彼のモデルは12の変数に基づいており、そのうちの1つの値は「0.506127」だった。彼が再度モデルを走らせる際、その数値を「0.506」と入力し、コーヒーを飲みに部屋を出た。部屋に戻ると、このごくわずかな変更が劇的に異なる気象予測をもたらすことに彼は気付いた。

 1972年の米国科学振興協会(AAAS)の講演で、ローレンツがカオスとそれが引き起こす極端な予測不可能性についての画期的なモデルを発表した際、ローレンツは次のような問いを投げかた。「ブラジルでの一匹のチョウの羽ばたきが、テキサスで竜巻を起こすだろうか?」

 ローレンツが示したかったのは、「一見単純な数式で構成されるシステムにおいて、粒子の初期位置のほんのわずかな変化が、将来の位置に巨大な変化を引き起こしうるということです。そして、現在の微小な変化が、将来の巨大で予測不可能な変化につながるかもしれないのです」と、米大気研究大学連合の元所長(現名誉所長)であるリチャード・A・アンテス氏は言う。

 個人による一見ささいな行動が、将来の混乱やカオスにつながりうるというこの類比も、ローレンツの魅力的な比喩によって非常にシンプルかつ見事に表現される。おかげで、科学者だけでなく一般の人々の想像力をかき立てた。

 バタフライエフェクトは、「未来をモデル化しても、ローレンツが『カオス』と呼んだものが常に存在してそれを見極めるのは難しく、予測は限定的にしかできないことを示し、哲学的なレベルで科学を揺るがしました」と、米カリフォルニア州にあるサンディエゴ州立大学の数学・統計学准教授で、バタフライエフェクトについて数多くの論文を執筆してきたボーウェン・シェン氏は説明する。

 この概念は映画の題材にもなり、最近ではSNSのトレンドにもなった。人々が自らのバタフライエフェクト体験談を共有する動きが広まったのだ。

 例えば、車の故障、電車に乗り遅れる、靴が壊れるといった一見偶然の出来事が、将来の配偶者との出会いや、より大きな災難を避けるといった人生の重要な瞬間につながった等々。

 しかし、これらの話は単なる偶然の一致を描写しているにすぎず、ローレンツの本来の概念を誤解している。

バタフライエフェクトと「シュレーディンガーの猫」

 バタフライエフェクトの一般的な解釈における主な誤解は、ごくわずかな撹乱が遠く離れた場所で組織化された大きな現象を引き起こしうるという概念が、実在の現象と思われている点だ。

「これはあくまで比喩です」とシェン氏は主張し、この分野の主要な専門家たちが最近、この考えが「シュレーディンガーの猫」(科学的に証明も反証もされていないアイデア)であると合意したと指摘する。

「バタフライエフェクトは比喩的な定義なのに、文字通りの事実であると広く受け入れられています。しかし、それは間違いです」と、米コロラド州立大学大気科学部の名誉教授であるロジャー・ピールケ・シニア氏は断言する。

「結論として、一匹のチョウの羽ばたきが数千キロ離れた(あるいはもっと近くの)場所で竜巻の発生を起こすのかという点については、いかなる状況下でもあり得ません。その答えは明確に『ノー』です」

 話がよくわからず、頭が混乱していても心配する必要はない。専門家の間でさえ、この概念が本当に意味するものについて意見が一致していないのだ。

 2024年には学術誌「Physics Today」で、シェン氏のチームと英オックスフォード大学の気候物理学教授ティム・パーマー氏との間で、バタフライエフェクトの性質とその意味合いを巡って活発な議論が交わされた。

 パーマー氏は、ローレンツがバタフライエフェクトを詳述した際、天候は一見独立した大気パターンが集団的かつ瞬間的に環境を変化させる過程の集大成であることを説明していたと考えている。

 2017年のオックスフォード大学のポッドキャストで、氏は、天候をロシアのマトリョーシカ人形のセットのように想像してほしいと述べている。直径1000キロメートルの低気圧システムの中には100キロメートル規模の雷雲があり、その中に乱気流の渦をもつ小さな雲があり、その小さな雲の中にはさらに小さな乱気流の渦が存在する、という具合だ。

 パーマー氏は、バタフライエフェクトがどのように定義されるべきか、そしてそれがどう誤解されているかについて独自の考えを持っている。氏は2014年の論文で「初期条件の不確実性を減らすことで乗り越えられない、有限な予測可能性の壁が存在する」と述べている。

 一方でシェン氏は、バタフライエフェクトはことわざのような民話(1640年に詩人ジョージ・ハーバートによって初めて記録された)で最もよく説明できると言う。

 釘が一本足りなかったために、蹄鉄が失われた。

 蹄鉄が足りなかったために、馬が失われた。

 馬が足りなかったために、乗り手が失われた。

 乗り手が足りなかったために、戦いに敗れた。

 戦いに敗れたために、王国が失われた。

 すべては一本の蹄鉄の釘が足りなかったせいだ。

「この詩は、わずかな撹乱が、最終的には数値積分に大きな影響を与えうることを示唆しています」とシェン氏は指摘する。「ローレンツは、この民話の方が『不安定性』という、より単純な現象をうまく説明していると考えていました」。また、この詩はそれぞれの小さな出来事が結果を覆すことはない、つまり結果が決定的であることも私たちに思い起こさせてくれる。

「すべてのチョウが違いを生むわけではない」

 バタフライエフェクトは、カオスを科学的に定義する上で重要な役割を果たしてきた。

「ローレンツ教授の並外れた貢献の一つは、彼のモデルと手法が、数多くの研究にインスピレーションを与える基盤を提供し、カオス的な自然の性質と予測可能性の限界についての我々の理解をさらに深めてくれたことです」とシェン氏は語る。

 科学者たちはそれ以来、天候、単一種の個体数増加、あるいは交通の流れなどのカオス的なシステムが、一見ランダムに見えるが実際には初期条件に極度に敏感なだけの単一のカオス解を生み出すか、あるいはカオス解と規則的な解が共存するかのどちらかであることを突き止めた。

 つまり、小さな変化が必ずしも大きな影響を引き起こすとは限らず、その影響は現実世界では限定的である可能性がある。

「海に向かって流れる広大な川を想像してみてください。川全体の流れは、より小さな渦の動きに影響を与えます。これらの小さな渦は単独ではカオス的で予測不能に見えるかもしれませんが、より大きな規模の流れが、それらのふるまいを理解する枠組みを提供してくれるのです」とシェン氏は説明する。「こうした大きな規模な気象パターンを観察することで、より小規模でカオス的な事象がどのように展開するかについて、より深い知見を得られます」

 あるいはアンテス氏が言うように、「すべてのチョウが違いを生むわけではない」

 ローレンツの理論によれば、遠い未来の天気を正確に予測できるほどに、今日の天気を綿密に測定することはできない。天気予報の実用的な限界は、およそ2週間とされている。

 シェン氏はその限界を試そうとしている。氏のチームはローレンツのモデルを用いた論文を発表し、天気と気候におけるカオスと秩序の二重性について新たな視点を提供した。

だからこそ基礎研究は大切

 バタフライエフェクトは主に天気予報で役に立っているが、気候変動のモデル化にも貢献しうる。

 研究者たちはAIを用いてバタフライエフェクトをシミュレートし、天気予報の改善に繋げられないかと期待していた。残念ながら、AIはバタフライエフェクトをシミュレートすることに失敗した。これはバタフライエフェクトを否定するものではなく、AIがバタフライエフェクトをまだ理解できないことを示しているだけだ。

 ローレンツと氏のバタフライエフェクトが与えた影響は、今も広がり続けている。カオス理論は、物理学、生物学、工学、経済学、さらには社会科学など様々な分野に革命をもたらした。アンテス氏によれば、ローレンツのモデルは、未来が現在に依存するあらゆる分野に絶大な影響を与えたという。

「バタフライエフェクトの概念は、未来の状態が現在の状態に依存するほぼすべての複雑なシステムに適用されます。大気や海洋、気候、物理学、人間の健康を含む生物のシステム、そして経済や政治システムを含む社会全般です」とアンテス氏は言う。「一見小さな変化が、将来的には巨大で予測不可能、かつ意図しない結果をもたらす可能性があるのです」

 2011年、MITはローレンツの名を冠した気候研究所を開設し、実社会への明らかな応用を目的としない研究に資金を提供している。この「純粋基礎研究」と呼ばれるタイプの研究は、チョウの羽ばたきと同じく重大な結果をもたらすかもしれない、あらゆる小さな動きについて理解する助けとなるだろう。

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