科学の教え、食べ物の好き嫌いはどう決まる? 苦手な味を克服する方法は 専門家に聞いた
なぜ好きだったものが突然ダメになるのか、遺伝子が味覚を左右する食べ物とは
ブラックリコリス、牡蠣(かき)、アンチョビ。これらは米国で実施されたオンラインアンケートで、嫌いな食べ物の上位に挙げられたものだ(米食品宅配大手インスタカートと米調査会社ハリスポールが2023年に実施)。しかし一方で、これらをごちそうだという人も多い。なぜそこまで好みが分かれる食べ物があるのだろうか。
ギャラリー:あなたはどっち? 好き嫌いが激しく分かれる食べ物 写真7点
私たちの祖先は、味覚を頼りに栄養のある新しい食べ物を発見し、毒を避けてきた。その結果、植物の毒には苦みがあるため、苦い食べ物を嫌い、甘さは優れたエネルギー源であるブドウ糖として脳が認識するために、甘い食べ物を好むようになったと、科学者たちは考えている。
しかし、人工的にあらゆる味の食べ物を作り出せる現代では、こうした防御メカニズムが昔ほど役に立たなくなっている。米国では、高度に加工された食品が成人のエネルギー摂取量の半分以上を占めるようになった。味が良くてエネルギーが凝縮された食品も簡単に手に入るなか、必ずしも私たちの味覚が最も栄養価の高い食べ物を指し示してくれるとは限らなくなったのだ。
現代人の食べ物への嫌悪は、体や脳、環境、親、文化に影響される傾向にあることが、科学で明らかにされている。私たちの体は毒から身を守り、脳は経験から学習し、環境は好みを形作る。
環境が味に与える影響
私たちは食べ物に関して、持って生まれた好き嫌い以上に、親から、または子どもの頃に食べたものや、生活している文化がどんな食べ物に価値を置くかといったことから多くを学んでいる。
「世界中どこにいても、基本的に人は普段食べているものを好きになるものです」と話すのは、米ペンシルベニア州フィラデルフィアにあるモネル化学感覚センターの栄養科学者ジュリー・メネラ氏だ。胎児期や授乳期に母親が食べるものから始まり、初めての固形食も含め、「親が食べるもの、兄弟や友だちが食べるものを見て学びます」
また、母親は自分が嫌いなものは子どもにも出さないものだと、米イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の栄養科学者ヤニナ・ペピノ氏は言う。
食べるときに何を見るか、嗅ぐか、感じるか、聞くかといった周囲の環境も、学びの経験を形作る。その経験が、そのときの味とともに記憶として脳に植え付けられる。
例えば、食べている間に音楽を聴くことも、味の認知に影響を与える。これを「ソニックシーズニング(音の調味料)」と呼ぶ。
「音は期待を変化させ、期待は好き嫌いに大きく関係しています」と話すのは、デンマーク、コペンハーゲン大学の心理学者チアン・ジャニス・ワン氏だ。「強いストレスがかかった環境で初めて何かを経験すると、その後も関連付けに影響を与え続けるのです」
部屋の色や、皿の色と質感も味に影響を与える。「その効果の多くは、期待に関係しています。こうした環境要因を手掛かりに、私たちはその食べ物がどんな味がするかを予測します」と、ワン氏は言う。体と脳がこれらの情報を全て取り入れてまとめ上げ、特定の食べ物の学習体験を作り出す。
嫌な経験をきっかけに避ける
食べ物の好みは、嫌な経験からも影響を受ける。例えば一度でも食中毒を起こすと、以後、脳にある記憶の中枢と消化管がコミュニケーションを取り、一生涯その食べ物を避けるようになることがあると、ペピノ氏は言う。
そして、脳におけるこれらの関連付けは、特に味に強く結びついている。
ペピノ氏によると、例えばテキーラを飲み過ぎてひどい経験をした人が、ワインなどほかの酒は飲めるのにテキーラの味だけは受け付けなくなることがあるという。しかし実際には、そのひどい経験を引き起こしたのはテキーラではなくアルコールなのだ。
DNAに組み込まれた食の好み
食の好き嫌いには、遺伝的な要素も関係している。パクチー(コリアンダー)の味が石けんのように感じられて好きになれないという人がいるが、これは2012年11月に学術誌「Flavour」に発表された論文によると、においの受容体に影響を与える遺伝子変異が関係しているという。
白ワイン、ベーコン、チコリー(キク科の野菜)の好き嫌いに特定の遺伝子が関係していることを示す研究もあり、さらに味覚受容体が苦味をどう解釈するかにも遺伝子が関わっている。
「どんな種類の苦味受容体を持っているかによって、苦味をどれくらい受け入れられるかが変わってくるようです」と、ペピノ氏は言う。「苦味に敏感な人は、ひどく苦いと感じる野菜があるかもしれません」
また、体の変化によって特定の食べ物が嫌いになる時期もある。
妊娠中は、ある食べ物に対してそれまで経験したことのない嫌悪感を抱くことがある。ホルモンの変化によって、胎児にとって害になりそうな食べ物に対する警戒感を高めるためかもしれない。
そのため、病原菌や毒素のリスクがある動物性の食べ物が食べられなくなる人が多いと、米インディアナ州にあるボール州立大学の生物人類学者ケイトリン・プラセック氏は指摘する。スパイシーな食べ物も、同様の理由で忌避されることがある。
しかし、世界中の妊婦が皆、同じ食べ物を嫌いになるわけではない。食のタブーといった文化的な要因も絡んでいるためだ。「嫌悪感を生むのは生物学的な仕組みによるものかもしれませんが、何に嫌悪感を抱くかは環境によります」と、プラセック氏は言う。
子どもも自己防衛のために好き嫌いをする場合が多い。妊婦と同じように、抵抗力がまだ十分でない時期に害のあるものを避けるよう進化した可能性がある。
嫌いな味を好きになる方法
訓練で苦手なものを食べられるようにすることは可能だと、科学者たちは言う。最も効果的な方法は、その味のものを食べることを、何か良い結果と組み合わせ、慣れるまで繰り返すことだ。
ペピノ氏は、ひどく空腹のときに苦手なものを食べることを勧める。そうすると、脳がその味を燃料補給という報酬や満足感と結びつけることができる。
繰り返しも大切だと、メネラ氏は付け加える。2008年4月に学術誌「Physiology & Behavior」に発表された論文では、2歳未満の子どもの場合、8~10回口にすると、その食べ物への嫌悪感が薄れることが示された。それよりも年齢が上の子どもや成人は、もう少し回を重ねる必要がある。