ティラノサウルスは泳げたのか? 映画『ジュラシック・ワールド』最新作の描写を科学で検証
肉食恐竜が泳いだ証拠は続々と発見、ではTレックスは? 「水中に隠れて追跡」は可能なのか
米国人作家マイケル・クライトンが1990年に発表した小説『ジュラシック・パーク』には、恐ろしい追いかけっこの場面が描かれている。架空の古生物学者であるアラン・グラントは、レックスとティムという2人の子どもを連れて、居眠りしているティラノサウルス・レックス(Tyrannosaurus rex、Tレックス)の横をこっそりと通り抜けてボートに乗り込み、対岸をめざす。するとTレックスが、まるで「世界最大のワニ」のように泳いで彼らを追いかけてくるのだ。
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この場面は非常に印象的で、8月8日に公開される新作映画『ジュラシック・ワールド/復活の大地』にも、これをもとにしたシーンがある。しかし、映画や本の中では見事な泳ぎを披露しているティラノサウルスは、実際に泳ぐことができたのだろうか?
一般に、肉食恐竜は泳ぎが得意だったとは考えられていない。実際、古生物学者たちは20世紀後半まで、草食恐竜はティラノサウルスやアロサウルスなどの捕食者に追いかけられると川や湖に逃げ込んでいたと考えていた。これは、肉食恐竜が泳げたことを示す直接的な証拠が見つかっていなかったからだ。
しかしその後、世界中の化石から恐竜が泳いでいた痕跡が発見されるなか、獣脚類(ティラノサウルスや鳥類などを含むグループで、多くは羽毛があり、鋭い歯を持っていた)は想像以上に泳ぎが得意で、犬かきのような泳ぎ方をしていた可能性さえあることが明らかになった。
米国ユタ州南部の2億年前の化石の発掘現場では、小型肉食恐竜がジュラ紀の湖を泳いでいてつけた引っかき傷や足跡が2500個以上も発見されている。また、1億2000万年以上前には、現在のスペインのラ・リオハ州にあたる場所にあった浅瀬を大型の獣脚類恐竜が泳いでいたことも分かっている。
古生物学者たちは、ラ・リオハ州の別の化石発掘現場での発見により、獣脚類が水を蹴って泳いだときについた足跡の種類を区別することさえできるようになり、獣脚類が泳ぐのは珍しくなかったと考えるようになっている。
これまでのところ、ティラノサウルスが泳いだ痕跡は見つかっていない。古生物学者たちはティラノサウルスの珍しい足跡をいくつか発見しているが、この恐竜が泳いだことの直接的な証拠とはされていない。
しかし、英ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン(UCL)の古生物学者であるカシアス・モリソン氏は、現在生息している動物のほとんどは、水中での生活に特に適応していなくても泳げると指摘し、他の泳ぐ獣脚類の化石から、大型のティラノサウルスも泳ぐことができたはずだと推測している。
問題は、彼らがどのように泳いでいたのかということだ。
ティラノサウルスの体は泳ぎに向いているのか
成熟したティラノサウルスは非常に大きな動物だった。大型の個体では体長12メートル以上、体重9トン以上もあった。しかし、これほど大きな動物にしては比較的軽い。その秘密は、ティラノサウルスや他の多くの恐竜たちが、現在の鳥類のものに似た、複雑な気嚢(きのう)システムを持っていたからだ。
気嚢とは、呼吸器系から枝分かれして骨にまで入り込む、複雑な空気の袋だ。この袋のおかげで、恐竜の体は強さを犠牲にすることなく少し軽くなり、より効率的に呼吸することができ、水中では少し浮きやすくなっていた。
恐竜の気嚢が水中を泳ぐ能力に及ぼした影響の大きさは、スピノサウルスという大型肉食恐竜の骨によく表れている。『ジュラシック・パーク』にも登場したスピノサウルスは、ワニのような口吻と、帆のような背中の突起と、オールのような形の尾を持っている。
スピノサウルスがどれだけの時間を水中で過ごしたかについては研究者の間でも議論があるが、化石証拠によれば、この恐竜は骨密度が非常に高かったようだ。重い骨は、恐竜が浮き上がりすぎないようにするのに役立っていた。
私たち人間が肺いっぱいに空気を吸い込んで水に潜るときには、ただ水中にとどまるだけでも積極的に努力しなければならないが、スピノサウルスはその必要がないため、水中での移動に筋力を使いやすかったと考えられている。
スピノサウルスは気嚢の浮力に適応した骨格を持っていたが、そうした高密度の骨を持たない他の恐竜たちは、より不安定な犬かきしかできなかっただろう。例えば、竜脚類と呼ばれる長い首をもつ巨大な草食恐竜たちは、水中では比較的不安定で、水底を蹴って移動することはできても、ワニのように泳ぐことはできなかった。
同じ理由で、ティラノサウルスはおそらく映画のように水中に隠れて獲物を追うことはできなかっただろう。また、水中を泳いだ痕跡を残した他の多くの肉食恐竜と同じように、ティラノサウルスの腕は水をかくには小さすぎたし、可動域も小さかった。
それでも、ティラノサウルスはおそらく、不安定ではあったが力強く泳いでいたと考えられつつある。今ある証拠からは、水面付近に浮かんで、力強い脚で水を蹴って泳いでいたことが示唆される。
ティラノサウルスは水際で狩りをした?
ティラノサウルスの遊泳能力は、必然的にその狩猟戦略を決定したはずだ。ウルグアイ共和国大学の古生物学者であるR・エルネスト・ブランコ氏は2023年に、Tレックスが水中を移動する速度を推定した。
氏は、Tレックスの陸上の移動速度は、アヒルに似たエドモントサウルスやダチョウに似たストルティオミムスなどの獲物を捕らえるには遅すぎたが、浅瀬を歩いたり泳いだりするときには、これらの獲物よりも速かっただろうと示した。
「Tレックスは、水深に応じて異なる推進力を使っていました」とブランコ氏は言う。十分に深い水中では体の大部分が水面下に沈む形で泳いでいたかもしれないが、多くの場合、他の獣脚類と同様、Tレックスも浅瀬を歩いたり水底を蹴って泳いだりすることが多かったようだ。
ブランコ氏は、Tレックスは水際で狩りをすることを好んだのではないかと示唆している。水際では、水中に逃げ込んだ草食動物の動作が遅くなり、より無防備になるからだ。
ブランコ氏の説に納得している専門家ばかりではない。これまでに得られている証拠の大半は、ティラノサウルスが陸上で獲物を待ち伏せしたり、見つけた獲物をその驚異的な顎(あご)の強さで粉砕したりしていたことを示唆している。ブランコ氏の説を検証するには、ティラノサウルスが泳いだ痕跡や、水生動物の死骸を含むティラノサウルスの糞などの化石が見つかる必要がある。
白亜紀にティラノサウルスが生息していた低地は、現在のメキシコ湾沿岸の湿地帯や沼地に似ていたと考えられていて、たとえ不格好でも泳ぐ能力は役に立ったはずだ。大型のティラノサウルスにとって、そうした水路や湿地帯を横断する能力は有利にはたらいたはずだし、実際にそうすることもあっただろう。
「今ある証拠から考えると、ティラノサウルスは泳ぐことを移動方法の1つにしていた可能性があります」とモリソン氏は言う。
何のために泳いだのか? おそらくその先にいる獲物を捕食するためだろう。