「禁じられた」ブラックホールの合体を検出、科学者ら困惑、ブラックホールに第3の種類?
「恒星質量」と「超大質量」のギャップを埋める中間的存在、しかも観測史上最大規模の衝突
2025年7月10日付けで学術サイト「arXiv.org」に投稿された査読前の論文によると、米国の「レーザー干渉計重力波天文台」(LIGO)が、2つのブラックホールの衝突によって生じた重力波を2023年11月23日に検出した。2つのブラックホールの質量はそれぞれ太陽の103倍と137倍と推定されたが、測定された性質には不確実なところがあり、どちらも太陽の約60〜130倍という「禁じられた」質量の範囲内にある可能性が高いと、英カーディフ大学の物理学者でLIGOチームのメンバーであるマーク・ハンナム氏は言う。
「現在の理論では、太陽の約60〜130倍の質量を持つブラックホールができることはないと考えられています」とハンナム氏は言う。
光さえ脱出できないほど強い重力を持つブラックホールは、通常、巨大な恒星が死んで、重い中心核が無限に小さい点へと崩壊するときに誕生すると考えられている。しかし、恒星の中心核の質量が太陽の約60倍以上ある場合には、崩壊が非常に激しくなって星全体が粉々に吹き飛ばされ、ブラックホールさえ残らなくなる。
今回の2つのブラックホールは数十億年前に暗黒の深宇宙で出会い、合体した結果、太陽の190〜265倍という質量のさらに大きな怪物ブラックホールが誕生した。LIGOがこれまでに見た中では最も巨大なブラックホールだ。
科学者たちを悩ませる理論に合わないブラックホール
長年、ブラックホールには恒星質量ブラックホールと超大質量ブラックホールの2種類があることが知られていた。
LIGOがこれまでに検出した約300個のブラックホールのほとんどは恒星質量ブラックホールだ。これらは太陽の数倍〜数十倍の質量を持ち、巨大な恒星が超新星爆発を起こした後に形成されたと考えられている。
一方、超大質量ブラックホールは、ほとんどすべての銀河の中心にある。質量は太陽の1億倍以上で、銀河内の星の形成を制御していると考えられている。
超大質量ブラックホールがどのようにしてここまで大きくなったのかについては、まだよく分かっていない。恒星質量ブラックホールとして誕生し、その後何らかの方法で極端に大きくなったのだろうか? それとも、その誕生の裏には別の物語があるのだろうか?
2種類のブラックホールの中間にあたる、太陽質量の100〜10万倍の中間質量ブラックホールは、このギャップを埋め、恒星質量ブラックホールが超大質量ブラックホールへと成長するのかどうかの説明に役立つ可能性がある。
物理学者たちはつい最近まで中間質量ブラックホールを見たことがなかったが、2020年にLIGOの研究者たちが、太陽質量の66倍と85倍の2つのブラックホールが衝突して、太陽質量の約150倍の巨大ブラックホールが誕生したのを観測したと発表した。
ブラックホールの質量が「禁じられた」質量の範囲に入る可能性があることを初めて示した発見だった。けれども、このタイプのブラックホールの形成過程について、理論家たちの意見は一致していない。
問題は、太陽質量の60〜130倍の中心核を持つ巨大な恒星は、その寿命の終わりに3億℃近い高温に達する可能性があることだ。この温度では、光の粒子である光子が電子とその反物質である陽電子へと変化する。これらの粒子はもはや恒星の重い外層を支えることができず、崩壊した外層が猛烈な勢いで落下して中心核が完全に消滅するため、ブラックホールどころか何も残らない。
物理学者たちは、LIGOでの観測データを説明するために、いくつかの可能性を考えている。
1つは、恒星の進化に関する理論が間違っていて、巨大な恒星が中心核の崩壊に耐えられるかもしれないというものだ。
もう1つの可能性は、米エール大学の天体物理学者であるプリヤムバダ・ナタラジャン氏によると、小さなブラックホールが何らかの2段階のプロセスを経て大きなブラックホールへと成長することだ。 その場合に考えられるのは、2つの恒星質量ブラックホールが合体してより重いブラックホールになることと、恒星質量ブラックホールがガスや塵を吸い込んでより重いブラックホールになることだ。
「問題は、そうしたことが起こりうる宇宙の環境や条件はどのようなものなのかということです」とナタラジャン氏は言う。
今回発見された2つのブラックホールが、問題解決の大きな手がかりになるかもしれない。これらのブラックホールはそれぞれが、LIGOがこれまでに見たどのブラックホールよりも速く、科学者が考える上限に近い速度で、コマのように回転していた。
一部の研究者は、より小さなブラックホール同士が出合い、合体し、回転が足し合わされて、このような高速回転になるかもしれないと推測している。しかしナタラジャン氏の考えは違う。というのも、衝突したブラックホールがそれぞれ反対方向に回転していたとしたら(その可能性は高い)、合体したブラックホールの回転は遅くなっているはずだからだ。
氏は、小さなブラックホールがガスと塵を大量に含む高密度の星団で生まれたという考えを支持している。その恒星質量ブラックホールが動き回りながら周囲の物質を吸い込んで成長し、2023年に観測された2つのブラックホールのような極端な回転をするようになった可能性がある。ナタラジャン氏らは現在、恒星集団におけるこのようなプロセスの結果を厳密に計算しようとしている。
巨大ブラックホールの探索は続く
将来、LIGOの検出器のアップグレードによって感度が向上すれば、さらに巨大なブラックホールを発見し、その性質をより正確に測定できるようになるだろう。
欧州や日本や、今後インドに建設される予定の重力波検出器のチームと協力すれば、研究者たちは夜空の中のブラックホールをよりよく捉えられるようになる。望遠鏡でその空域を調べて、巨大ブラックホールの形成に有利にはたらく高密度の星団などを見つけられるかもしれない。
研究者たちは、2030年代半ばか40年代に運用が開始される予定のコズミック・エクスプローラーやアインシュタイン望遠鏡などの重力波望遠鏡にも期待している。
これらの観測装置は、宇宙の歴史のもっと古い時代に起こったブラックホールの合体だけでなく、銀河が形成されはじめた頃の出来事も捉えられるかもしれない。そうなれば、銀河の中心にある超大質量ブラックホールが巨大化した過程についての洞察や、恒星質量ブラックホールや中間質量ブラックホールについてのより良いデータが得られるかもしれない。
「宇宙には非常に多くのブラックホールが分布しています」とナタラジャン氏は言う。「自分たちが大中小のブラックホールの橋渡しをしようとしていることに、大きな喜びを感じています」