地球上で唯一、陸地に接しない海「サルガッソー海」

地球上で唯一、陸地に接しない海「サルガッソー海」

大西洋の遥か沖合、陸地の影すら見えない場所に、地球で最も独特ながら見過ごされやすい生態系のひとつが広がっている。フロリダの東、およそ950キロに位置するその「サルガッソー海」は渦巻く海流に囲まれた広大で陸地を持たない海域だ。世界中を見渡しても、このように海岸を持たない海は類を見ない。

生命に溢れる海の「ゆりかご」、生態系を宿して気候を安定させる

特に目視できる特徴はなく、船がサルガッソー海に入っても気づかないこともある。波しぶきもなく、鳥の姿もなく、ただ静けさだけが広がる。だがその穏やかさの水面下には、実は生命にあふれた海の「森」が潜んでいる。サルガッソーの名の由来である「サルガッサム(ホンダワラ)」と呼ばれる海藻が海面を覆い、小さなエビやカニ、蛍光色の魚、そして生まれたばかりのウミガメらの「ゆりかご」のような機能を果たしている。

これらの海藻のかたまりは小さな生態系そのものだ。科学者たちはここで100種類以上の無脊椎動物を確認しており、いくつかの大型動物もこの海藻に頼っている。孵化したばかりのウミガメは殻が固くなるまでこの海藻に身を隠し、サメや海鳥はその周辺を狩り場としている。アメリカウナギやヨーロッパウナギはこの海で透明な糸のような状態で生まれ、河川や他の海へと長い旅をし、何十年も後に産卵と死のために再びこの地に戻ってくる。

この海は、「生物のゆりかご」であると同時に、気候の安定装置でもある。季節による気温変化は海水をかき混ぜ、強力な海流を生み出す。その海流が大西洋を超えて熱や塩分、栄養を運び、両側の気候を安定させている。また、この海で育つプランクトンは大気中の二酸化炭素を取り込み、その炭素を殻に閉じ込めて海底へ沈む。いわば自然の「カーボン・シンク(炭素の貯蔵庫)」としても機能しているのだ。

しかし、この静けさは年々危うくなってきている。4つの海流が集まることで、海洋ごみがここに漂着し、サルガッソー海の一部は「浮かぶゴミ捨て場」と化してしまっているのだ。プラスチックごみや漁網の破片、マイクロファイバーが渦を巻き、巨大な貨物船のスクリューが海藻を引き裂き、騒音や化学物質で海の生態系を乱している。

温暖化によってサルガッサム海藻が大量発生

1954年から観測が続いているバミューダ周辺の長期データによると、1980年代以降、海水温が約1°C上昇したことがわかっている。一見小さな変化だが、その影響は深刻だ。温かい海水は混ざりにくくなり、深海への酸素供給が減少する。プランクトンに必要な栄養も循環しにくくなる訳だ。結果、海の食物連鎖全体が崩れ始めている。

さらに気候変動が進む中、サルガッサム海藻自体にも異変が起きている。かつては外洋に限られていた海藻が、今ではカリブ海沿岸で異常繁殖し、ホテルが重機でビーチを清掃するほどになっている。腐敗した海藻は温室効果ガスを放出し、炭素の貯蔵庫だったはずの海が、逆に排出源になりつつある。このまま海の酸性化が進めば、海藻が海面に浮かび続ける能力も失われかねず、その恩恵を受ける多くの生物たちの命が危ぶまれている。

◾️静かな海が紡ぐ、気候と命の未来

それでも、希望は海藻とともに漂っている。2014年には「サルガッソー海委員会」が設立され、この特別な生態系を守る取り組みが始まった。サルガッソー海はどの国の領海でもないため、保護は難しく、監視や規制にもコストと政治的なハードルが伴う。だが研究者や保全団体は、小さな対策でも大きな効果を生むと指摘する。たとえば、船の航路を数十キロずらすことやウミガメの産卵期に長い釣り糸の使用を制限すること、保護区を拡大することなど生態系の保護に直結すると挙げられている。

失われるのは生物多様性だけではない。もしサルガッソー海が機能を失えば、ウナギは遺伝子に刻まれた「ふるさと」を失い、ザトウクジラは空っぽの食卓に帰ってくることになるだろう。海流の変化が嵐の進路や降雨パターンを変え、大西洋の温暖化をさらに加速させる可能性もある。

現在、衛星や海洋ブイ、そして60年以上にわたる海水温・塩分の記録によって研究が進められている。これらのデータはサルガッソーだけでなく、地球全体の変化を理解するための鍵になっている。

静けさの中にありながら、サルガッソー海は常に語り続けてきた。命の鼓動、海流の動き、人間の影響。そのすべてを、水面下で記録し続けている。一見するとただの青い海域かもしれない。だがその下には、世界中の生態系や気候とつながる、数えきれない糸が張り巡らされているのだ。

🍎たったひとつの真実見抜く、見た目は大人、頭脳は子供、その名は名馬鹿ヒカル!🍏