永久凍土の融解でシベリアの「地獄の入り口」が拡大中、直径1kmに

永久凍土の融解でシベリアの「地獄の入り口」が拡大中、直径1kmに

ロシア・シベリア北東地域にある町バタガイの近郊には、地面がぱっかり割れたような奇妙な穴がある。どんどん拡大しているというこの穴は、人工衛星画像で確認すると、ぎざぎざして黒っぽい。森林が焼かれて出来たように見え、形はオタマジャクシのようだ。

地上に降りてみると、その穴の正体は、巨大な「サーモカルスト(永久凍土が融解と凍結を繰り返してできた凹凸のある穴)」だとわかる。「バタガイカ・クレーター」と名付けられたこの穴は、専門用語で言う「融解侵食地形(メガスランプ)」で、「地獄の入口」と呼ばれることが多い。穴の直径は1km、深さは最深100m。この種のものとしては世界最大で、おまけに年々大きくなっている。

数十年前に発見されたときは、単なる地面の陥没だったが、氷に覆われた古代の地盤がどんどん崩壊するようになった。

穴の拡大に伴って、今まで凍り付いていた歴史が姿を現し始めた。そして、この先に待ち受けているであろう未来も垣間見ることができる。バタガイカ・クレーターは、遠い昔へと続く入口であり、永久凍土でできたタイムマシン、そしてすでに混乱をきたしている気候変動をリアルタイムで示してくれる指標なのだ。

■森林伐採がきっかけで開いた「地獄の入口」

1960年代のこと。当時のソ連は、シベリア北東部を走るチェルスキー山脈周辺で森林伐採を行なった。そして、それまで長いあいだ永久凍土を覆って保護してきた木々を取り除いてしまった。

樹木が、日陰を作ることも地面を覆うこともなくなると、永久凍土層は、以前より多くの太陽放射を吸収するようになった。氷に覆われていた土壌が温まって解け、崩壊したことをきっかけに始まったこの連鎖反応は、現在も続いている。

このプロセスはサーモカルスト形成と呼ばれ、陥没が陥没を呼ぶ状況が生まれた。永久凍土層が融けて浸食が起き、さらに凍土が露出して融け、崩壊がいっそう進むようになったのだ。当初はちょっとした地面のくぼみに過ぎなかったものが、大きな裂け目になるまで広がっていった。

バタガイカ・クレーターは1980年代時点ですでに、驚くほどの大きさになっていた。拡大は現在も続いており、それに伴って、木々に覆われた斜面の浸食が進み、それまで凍っていた土壌が露出し、有機物が放出されている。融解した土壌の量は膨大だ。2024年6月に『Geomorphology』で発表された研究によると、サーモカルスト形成が始まって以降、融解侵食された土地の体積は、全部で3500万立方メートル近くに上る。 

そして、大地がこのように裂け始めたら最後、簡単に閉じる方法はない。

■時空を超えた旅ができるクレーター

バタガイカ・クレーターは一見すると、地面にできた深い裂け目、暖かい空気と消滅する氷が残した傷跡にすぎない。しかし、大きく開いた裂け目の内部に降りていくと、そこにあるのは、時間が巻き戻った世界だ。

直径1kmのクレーターは過去をのぞき見ることができる、最も貴重な窓口の一つだ

地元サハ共和国の先住民族であるヤクート人は、バタガイカ・クレーターを「地下世界への門」と呼ぶ。直径1kmのこのクレーターはいまや、過去をのぞき見ることができる、最も貴重な窓口の一つだ。

永久凍土層の崩壊に伴って、何万年の前の貴重な化石が姿を現しつつある。2024年には、近隣住民が同クレーターで、驚くほど保存状態のよい赤ちゃんマンモスの死体を発見した。「ヤナ」と名付けられたこのマンモスは、5万年も埋まっていたのに、皮膚や耳、まつ毛までもが当時のまま残っていた。

バタガイカ・クレーターでは、20万年以上も埋まっていた森林も露出した。花粉記録と古土壌(古い地質時代に生成された土壌)が保存されていたことから、科学者はそれらを使って、最終間氷期(およそ13万年~11.5万年前)に起きた気温の変化によって、この土地がどう変化したのかを再現しようとしている。

■クレーターはさらに拡大する見込み

バタガイカ・クレーターは、1960年代に形成されて以降、ひたすら拡大を続け、現在では年間30mも広がっている。ここ30年で大きさは3倍になり、より深い永久凍土層が露出して、古代に閉じ込められた炭素が放出されている。

地球温暖化が進むと、それまで凍っていたものが思いがけない動きをすることがある。2016年には、シベリアのヤマル半島で突然、炭疽菌が拡散した。きっかけは、70年ほど前に炭疽菌の感染で死んだトナカイの死骸が融解したことだと見られる。永久凍土層のなかに閉じ込められていた菌が放出されたことにより、数十名が感染し、子ども1人が死亡した。

永久凍土層の融解がこのように進んでいることで、さらに古い時代の微生物がいずれ復活する恐れもある。実際2014年には、永久凍土に3万年も眠っていたウイルスが蘇生され、感染力が確認された。ただし現時点では、このウイルスが感染したのは特定のアメーバだけだ。それでも、永久凍土層から他にどんなものが見つかるのかは誰にもわからない。

問題は、未知の微生物に限らない。バタガイカ・クレーターの裂け目が深さを増していることは、気候危機の直接的な原因にもなる。クレーターの下にある永久凍土層には、膨大な量の二酸化炭素やメタンが蓄積されているのだ。クレーターが拡大すれば、そうしたガスが大気中に解き放たれ、温暖化が加速し、クレーターの崩壊がさらに進むだろう。こうしたフィードバックループが、地球環境にとって最も緊急性の高いティッピングポイント(不可逆的な転換点)の一つになると科学者たちは考えている。

バタガイカ・クレーターで永久凍土層が融けるたびに、長らく忘れられていた世界の遺物が姿を現す。それとともに、私たちが暮らす世界を作り替えてしまうかもしれない力が世に放たれる。

気候と時間によって切り込まれたこの大きな傷口から、地球は語りかけている。問題は、私たちがその声に耳を傾ける用意ができているか否かだ。

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