人類は衰退し、絶滅する運命にある 科学誌『ネイチャー編集者』が新著
現生人類が東アフリカのサバンナに出現してからおよそ30万年、二足歩行をするヒト科のホモ・サピエンスは、いまや地球上から消滅する瀬戸際にある──。英国の権威ある科学誌ネイチャーの上級編集者が、こんな主張を展開する新著を刊行した。ただし、その理由は私たちがぱっと思いつくものとは少し異なっている。
もちろん、世界規模の核戦争が起こる恐れや、巨大な小惑星か彗星の衝突により地球が破壊される脅威は、いつだって存在する。だが、今月刊行された書籍『The Decline and Fall of the Human Empire: Why Our Species is on the Edge of Extinction(人類帝国の衰退と滅亡──なぜヒトは絶滅の危機に瀕しているのか)』の中で著者のヘンリー・ジーは、すべての生物種と同様に、私たち人間も地球上から姿を消す運命にあると論じている。
それが自然の摂理なのだ、と。
この難局を解決する唯一の策は、おそらく地球外への人類大移住だとジーは説く。そして、問題はその決断を私たちが生きているうちに、もしくは少なくとも今後数世紀以内に下さなければならないことだと断言する。
人類の宇宙進出の現状を考えると、このような宣告は安心できるものではない。地球低軌道やその先への進出が騒がれる時代になったとはいえ、人類史上初の月面着陸を成し遂げた米航空宇宙局(NASA)のアポロ計画とともに育った筆者の世代にしてみれば、有人宇宙飛行の進歩は突如、足踏み状態に陥ってしまったようにしかみえない。
『人類帝国の衰退と滅亡(仮訳)』では、東アフリカで人類の祖先の個体数が急激に減少する「ボトルネック現象」が起こったことをきっかけにホモ・サピエンスが台頭してきた経緯を巧みにまとめつつ、進化の段階で生じたいくつかの偶然のおかげで、ヒトには感染症の猛威に対処する能力が本質的に備わっていないと指摘する。
ジーによれば、ホモ・サピエンスは、その歴史のほとんどすべてにわたって極めて稀な存在であり続けてきた。地球の表面に薄く散らばった小集団が、かろうじて飢えから一食、絶滅から二食をしのぐ自給自足の生活を送っているのだ、と彼は記している。
ヒトは今後1万年以内に絶滅する?
実際、ヒトは何かひとつかけ違っていれば誕生しなかったであろう種だ。二足歩行の狩猟採集民として出現したのちも、何度も絶滅しそうになった。それでも約10万年前、ホモ・サピエンスはアフリカから足を踏み出し、やがて地球全体を覆うまでになった。これは他のどの種も成し得なかったことだとジーは言う。
にもかかわらず、原因が何であれ、ホモ・サピエンスの絶滅は今後1万年以内に、すなわち地質年代で見れば比較的近いうちにやってくるというのが本書の核心である。小惑星の衝突がなかったとしても、恐竜は遅かれ早かれ絶滅していたとジーは主張する。それが生物の常だからだ。
この論理を現生人類に当てはめれば、ホモ・サピエンスも絶滅することになる。しかし、宇宙に移住すれば、おそらく何百万年も繁栄する可能性があるという。
■古代人類史
この不安に満ちた時代に、これほど野心的なスケールの学術書が執筆・刊行されたことは心強い。本書の魅力は、古代人類史について、多くの読者にとって初耳であろう耳寄り情報が盛りだくさんな点だ。その中から3つ紹介しよう。
・およそ2万6000年前、狩猟採集民は思うように獲物が捕れなくなる中で、植物を植え、収穫が期待できる作物を栽培することで飢餓を防いでいた。だが今日、結核から寄生虫の蔓延や糖尿病まで、人類を苦しめるさまざまな病気や健康問題の裏には農業の影響がある。
・進化論によれば、生物種は競争相手がいることで成功する。競争がなくなると種の停滞が始まり、外部環境の状況や内部から作用する力の影響を受けやすくなる。
・読み書きができ科学技術に支えられた文明を築くには、何百万人もの文明人が必要となる。アイザック・ニュートンが重力理論を考案したとき、世界の人口はまだ5億人だった。そして、アルベルト・アインシュタインが特殊相対性理論を発表した1905年までに世界人口は3倍以上に増え、16億人を超えていた。
しかし、前途は多難だ。
ヒトは地球の基本的なシステムプロセスを脅かしているとジーは指摘し、特に大気中の二酸化炭素の量、種の絶滅の速度、窒素利用をめぐる問題などを挙げている。
これは人類にとって幕引きを意味するのだろうか?
人類がどれだけ賢くヒトゲノムを編集できるかがカギ
すべては人類がどれだけ賢くヒトゲノムを編集できるかにかかっているとジーは論じる。遺伝子編集によって望ましくない形質が取り除かれたり、水中でも呼吸できるなど現状では人工的手段なしには不可能な環境に適応できるようになったり、極限状態でも自力で生き延びられるようになったりするかもしれない。
■集合知を活用せよ
膨大な世界人口が擁するあまたの頭脳にこれまで蓄積されてきた膨大な知識と知恵とを人類が活用できなければ、宇宙への植民は頓挫し、立ち消えになってしまうだろうとジーは言う。
■人類の長年の遺産
6600万年ほど前に恐竜を絶滅させた小惑星の衝突が、哺乳類、ひいては人類が台頭する道を開いたと、私たちは繰り返し教えられてきた。しかし実際には、ホモ・サピエンスは数あるヒト科の一種にすぎない。約700万年前に東アフリカのサバンナに出現したホモ・サピエンスの遠い祖先が、その起源だ。
二足歩行、つまり2本の足で歩いて活動できる能力こそは、まさに人類の科学技術と宇宙旅行が可能な社会を発展させるカギを握っているようだ。だが、ジーが指摘するように、なぜヒト科の猿人が二足歩行の生活様式に移行したのかについては決定的な証拠がなく、今のところ推論が語られているのみだ。
しかし、二足歩行への進化の道のりは厳しいものだったはずだ。四つん這いでの移動に慣れた動物にとって、二足歩行はどこまでも不自然な動き方でしかない。だからこそ、ほんの短い間だけ二本足で立てるよう訓練されたクマがサーカスで喝采を浴びるのだ。
要するに、私たちホモ・サピエンスがこの世に生まれ、現生人類として今なお存在しているのは、まったく偶然の産物だということである。
■結論は?
ホモ・サピエンスは今後1万年以内に衰退して絶滅するか、それとも協調努力によって宇宙に進出し、数百万年先まで繁栄を続けるか。そのどちらかだとジーは述べている。