鳥が恐竜の一部なら、どこからを鳥と呼べば良いのか(對比地孝亘/古脊椎動物研究者)
京・上野の国立科学博物館で開催される特別展「鳥~ゲノム解析が解き明かす新しい鳥類の系統~」。その監修者の1人である對比地孝亘氏が興味深い鳥と恐竜の世界を解説。
鳥類が恐竜のうちティラノサウルスやヴェロキラプトルなどが属する獣脚類恐竜の一部であるという仮説が受け入れられるようになってから久しい。化石種と現生種において共通の系統学的な情報源である骨格形態に基づくと、現時点で鳥類の起源に関する仮説として本説が科学的に妥当な唯一のものであると言えるほどである。
特に獣脚類の一部であるコエルロサウルス類の中での鳥類の進化については連続的に形態が変化したことがわかっており、これは骨格だけでなく、鱗から繊維状の原羽毛を経て完全な羽毛にまでの進化的変化についても同様である。
このような詳細がわかってくると、それではどこから鳥類と呼べば良いのか? という疑問が湧いてくる。実際にこれは私自身が講演などをするとかなりの頻度で質問されることなので、ここで考えてみたい。
分類とはあくまで人間の考え
鳥類(Aves)というのは分類群の名前であり、伝統的な分類体系においては「綱(こう)」という階級を与えられている。ここでまず当然であるが重要な点は、分類群の定義は人間の考えるものであり、実際に生物の系統上に区切りがはっきりとあるものではないということである。
現在生きているものを見てみると、哺乳類、爬虫類、鳥類は容易く区別できるので、それらを分けることは自然なことのように見えるかもしれない。しかし、爬虫類に分類されるワニ類は、系統上はカメ類やトカゲ・ヘビ類よりも鳥類に近縁であり、また化石の恐竜類(爬虫類)を考慮に入れると上述のように鳥類との形態のギャップは無くなってしまう。
このように、現在私たちが見ている生物の分類群間の大きな違いは、その間を連続的につなぐ種が絶滅してしまって現存しないことに起因する場合が多い。また、系統上のどこから鳥類と呼ぶか、あるいは言い方を変えると何が最も原始的な鳥なのか、という問いは、分類群として鳥類をどう定義するかによってその答えが決まるものである。
伝統的に使われてきた「始祖鳥」
それでは鳥類の定義とは何か? 特別展「鳥」では、始祖鳥Archaeopteryxと、これよりも進化した(派生的な)種を全て含む単系統群(クレード)を鳥類と呼んでいる(図の「鳥類1」)。この定義は、始祖鳥の骨格化石が1860年代に報告されて以来伝統的に使われており、定義上最も原始的な鳥類は始祖鳥となる。
特別展「鳥」の展示で詳しく解説しているように、始祖鳥と現生鳥類との間には骨格に大きな違いがあり、その形態のみに基づくと始祖鳥を鳥類に含めようとは考えにくい。しかし、始祖鳥の標本には羽軸と羽枝から構成される羽毛が保存されている。
現生鳥類が他の現生脊椎動物と異なる点は多数あるが、その中でも特に羽毛は鳥類に固有の特徴として考えられてきた。言い方を変えれば、これらを持っていればその生物は鳥類であるとされてきた。始祖鳥の標本にははっきりとした羽毛が保存されており、さらに1990年代以前にはそのような羽毛の保存された中生代の化石はそれ以外に見つかっていなかったことが理由となり、この種が最古の鳥類とされてきたのである。
しかし1990年代以降、始祖鳥が出現する前にすでに分岐していた獣脚類恐竜においても、羽毛やその前の進化段階にある繊維状の原羽毛が保存されている標本が見つかった。特にこれぞ羽毛と言える、羽軸と羽枝から構成されるものも、ドロマエオサウルス類、トロオドン類、オビラプトロサウルス類、オルニトミモサウルス類から発見されたことで、このような羽毛は祖先的なコエルロサウルス類においてすでに進化していたと考えられるようになった(図参照)。
こうなるとこれらの恐竜をひっくるめて全てを鳥類としても良さそうなものだが、そのような分類が提唱されることはほとんどない。これは始祖鳥=最古で最も原始的な鳥、と考えられていた歴史が長かったことによりこの概念が定着しているためである。別の言い方をすれば、始祖鳥は、骨格と羽毛形態のいずれにおいても、系統進化上の特に際立った変換点を示してはおらず、“最古の鳥”であるというのは、上述のように「そう定義したから」ということでしかないのである。
このような鳥類の定義に対し、特に(全員ではないが)古脊椎動物学者を中心に使われている定義として、ダチョウやキーウィ、ヒクイドリなどが属する古口蓋類(あるいは古顎類)と、キジカモ類やその他の新鳥類が属する新口蓋類(あるいは新顎類)の直近の共通祖先(これらの二系統の分岐点)から派生したすべての種を含むクレードというものがある(図の「鳥類2」)。
この場合、図鑑などでよく紹介されている始祖鳥や孔子鳥、エナンティオルニス類、ヘスペロルニスなどのジュラ紀から白亜紀に生存した化石種のほとんどは鳥類に含まれない。彼らは現生鳥類の出現以前に分岐した種であるからである。一方例外として、白亜紀最末期の地層から見つかったベガビスやアステリオルニス(冒頭の復元図)はキジカモ類に属するので、この定義による鳥類に含まれる。
これに対して、始祖鳥をはじめとする上記のような化石種を含むより包括的なクレードの名前としてはアビアラエ類あるいは鳥翼類(Avialae)が使われている(図の「鳥類1」)。
このように鳥類とアビアラエ類を使い分ける理由はいくつかある。最大の理由として、現生の鳥に見られる骨格形態以外の特徴のほとんど(ゲノムの構成や行動様式など)は化石に残らないが、始祖鳥や孔子鳥などを現生種と同じ「鳥類」という名前で括ると、彼らもこのような特徴を共有する同じ仲間であるような印象を与えてしまうという点がある。
一方で、例えば始祖鳥の出現(約1億5000万年前)と、ゲノム情報などから推定される現生鳥類の起源(後期白亜紀)との間には7000万年以上の年代のギャップがあり、化石において直接観察できないこれらの特徴の多くは始祖鳥では未だに獲得されていない可能性が高いため、彼らは現生鳥類とはかなり異なる生き物であったはずである。このように、鳥類と、彼らの出現以前に分岐したため彼らとは必ずしも全ての特徴を共有していない化石種(非鳥類アビアラエ類)の間の区別をする上で、鳥類とアビアラエ類の使い分けは有用である。
さらに歴史的にも、初めて生物の分類体系を構築したリンネが分類名として「鳥類」という名前を使用した時には始祖鳥はまだ発見されておらず、これは現生種のみからなる分類群であった。
生物の分類学の分野では、先取権(歴史的に最初に提唱された名前が、それより後から提唱されたものよりも優先権を持つ)が重要視されるため、分類群の名前についても伝統的に使われてきたものが尊重される。上述のように、一般的には始祖鳥を含めた分類群を鳥類と呼ぶ用法が伝統的であるとみなされているが、リンネが「鳥類」という分類群名を使い始めたのはそれよりかなり前のことであるので、真に“伝統的”な定義は現生種のみを含むものということになる。この点も、鳥類を現生鳥類のみからなる分類群(古口蓋類と新口蓋類の直近の共通祖先から派生したクレード)の名前とする妥当性の一つである。
以上のようにここでは、鳥類の獣脚類恐竜起源説に関連して分類群名としての鳥類の定義に関する議論を取り上げた。クレードの名前やその付け方に関しての議論は1990年代末から始まっているが、学校の教科書などではほとんど取り上げられていない。いまだに研究者の間で合意が形成されていないが、恐竜類の研究をしていると頻繁に目にする問題であるため、ここで紹介した次第である。特別展を見れば鳥翼類と鳥類の違いがより詳しくわかるだろう。なお、本論は以下の論文を元に作成したため、興味が湧いた人は読んでみて欲しい。