国際宇宙ステーションから2人が帰還不能に、「取り残された」宇宙飛行士はどうなるのか
ボーイングの新型船「スターライナー」の不具合で、8日間滞在の予定が8カ月に
ボーイング社の新型宇宙船「スターライナー」の技術的な問題により、宇宙飛行士のスニタ・ウィリアムズ氏とバリー・ウィルモア氏は、予定を大幅に超えて国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在することになった。しかし、宇宙に「取り残された」宇宙飛行士は、この2人が初めてではない。また、同じようなことはこれからも起こりうる。
ギャラリー:宇宙に取り残された飛行士たち 写真6点
地政学的な理由や自然がもたらすリスクなど、様々な理由で飛行士の宇宙滞在が予定よりも長引くことはたまにある。そして、宇宙飛行士も宇宙機関も、このような事態を想定して準備をしている。
乗って帰るはずの宇宙船が故障
2024年6月、スターライナーの初の有人試験飛行でISSに到着したウィリアムズ氏とウィルモア氏は、当初8日間の滞在後に地球に戻る予定だった。
ところが、スターライナーの推進装置に燃料を送るヘリウムガスの漏れが発生し、米航空宇宙局(NASA)とボーイングが調査を開始した。おかげで、2人はすでに2カ月以上ISSに取り残されている。
NASAは8月24日、2人の宇宙飛行士が2025年2月に地球へ戻るスペースX社の宇宙船「クルードラゴン」に乗って帰還すると発表した。スターライナーは、無人のまま自動制御によって地球に戻る。その計画通りにいけば、2人は8カ月間をISSで過ごすことになる。
厳密には「取り残された」わけではないと主張
NASAは、スターライナーの初飛行が何らかのトラブルに見舞われることは想定内だったとして、厳密には2人が「取り残され」ているわけではないと主張している。
実際、宇宙飛行士の地球帰還にあたって何らかの問題が生じ、宇宙での滞在が予定よりも長くなるケースは昔からあった。
最も有名な例は、ソビエト連邦が崩壊したときにミール宇宙ステーションに滞在していたセルゲイ・クリカレフ氏だろう。1991年5月18日、カザフ・ソビエト社会主義共和国(現カザフスタン)のバイコヌール宇宙基地から打ち上げられたクリカレフ氏は、ミール宇宙ステーションに約150日間滞在する予定だった。
ところが、滞在中にソ連が崩壊し、クリカレフ氏の帰りの費用を誰が負担するかが問題となり、帰還のめどがつかなくなった。結局氏は、当時としては世界最長の311日間宇宙に滞在することになった。
時には、宇宙ステーションに停泊中の宇宙船に問題が起こることがある。2022年9月にロシアの宇宙船「ソユーズ」で2人のロシア人宇宙飛行士と一緒にISSに到着した米国人のフランク・ルビオ氏は、2023年3月に同じ宇宙船で地球に戻るはずだった。
ところが、超高速で移動していた微小な流星塵がソユーズの船体に当たって不具合が生じたため、ルビオ氏は、その年の9月に地球へ帰還する別のソユーズに同乗するまで待たなければならなかった。
ルビオ氏の371日という連続滞在記録は、NASAの宇宙飛行士による記録を塗り替えた。しかしこれをさらに上回る記録を持つのが、1994年から1995年にかけて、ミール宇宙ステーションに連続437日滞在したロシアの宇宙飛行士ワレリー・ポリャコフ氏だ。
スペースシャトルの運航休止
2003年2月、スペースシャトル「コロンビア号」が大気圏への再突入の際に空中分解し、7人の宇宙飛行士全員が死亡する事故が発生した。これを受けて、NASAは安全が確保されるまですべてのスペースシャトルの運航を一時的に停止した。
NASAの措置は2年間続いたため、2003年3月にスペースシャトル「アトランティス号」で地球に帰還するはずだった2人の米国人と1人のロシア人宇宙飛行士も戻れなくなり、ISSに取り残された。その後3人は、予定よりも3カ月間長く滞在した後、同年5月に、ロシアのソユーズに乗って地球に帰還した。
スペースシャトルが飛ばなくなったことで、ISSにドッキングできる宇宙船はロシアのソユーズだけとなった。ところが、そのソユーズにも問題が発生し、ISSの乗組員交代が遅れることがあった。2018年10月には、ソユーズMS-10の打ち上げ直後に問題が発生し、計画が中止された。
しかし、ロシア国営の宇宙開発企業ロスコスモスは、こうした遅延があっても詳細をほとんど明かさず、飛行計画は頻繁に変更されていると、NASAの元宇宙飛行士クリス・ハドフィールド氏は言う。
同様の事故で最も劇的な展開を見せたのは、1970年にアポロ13号に起こった出来事だ。6日間の月への有人飛行に飛び立ったアポロ13号だったが、3日目に酸素タンクが爆発した。
命の危機にさらされた3人の乗組員は、月面着陸船を救命ボート代わりにして地球への帰還を試みた。大気圏に再突入する直前、3人は高温に耐えられる司令船に戻って着陸船を切り離し、1970年4月17日、無事に地球の海に着水した。当初の予定よりもおよそ14時間遅れでの帰還となった。
熟練宇宙飛行士
米南カリフォルニア大学の宇宙航行学教授であるマイク・グラントマン氏は、宇宙飛行士の宇宙滞在が予定よりも長引いたとしても、通常は特に問題ないと話す。
年齢が高いと、微小な重力の環境で筋肉量や骨密度が下がり、健康に影響が出る場合があるものの、今回のように熟練した宇宙飛行士の問題への対処能力が発揮されることもある。
地政学的な問題が宇宙飛行に与える影響も忘れてはならない。現在のロシアとウクライナの戦争により、宇宙飛行士を帰還させるためのソユーズの緊急打ち上げを検討することは、非現実的な状況になっている。
予定外の助っ人
ISSに長期滞在することになったウィリアムズ氏とウィルモア氏は、2025年2月の帰還まで、ほかの乗組員とともに様々な役割を担うことができるだろうと、NASAの元宇宙飛行士トム・ジョーンズ氏は話す。
「予定外の頭脳と手が2人分も加わって、宇宙ステーションでの生産性が上がることに、NASAもパートナーも喜んでいると思います。研究や複雑なISSのメンテナンスにも、力になってくれるでしょう」
ISSにはすでに、7人が4カ月暮らせるだけの緊急物資が備蓄され、2人の到着後にも2機の無人貨物船が送り込まれた。おそらく、乗組員が増えた分さらに多くの物資や個人の持ち物が運ばれたのだろう。
ウィリアムズ氏もウィルモア氏も経験豊富な宇宙飛行士であり、変化による不便さには容易に対処できるだろうと、ハドフィールド氏は話す。「快適さを求めて宇宙飛行士になるわけではありません」