まるで「らんまん」主人公?絶滅寸前の希少植物の解明に奮闘する、科博研究員の仕事とは

まるで「らんまん」主人公?絶滅寸前の希少植物の解明に奮闘する、科博研究員の仕事とは

愛する植物のため一途に突き進む姿が人気を呼んだのが、2023年のNHK朝ドラ『らんまん』の主人公、槙野万太郎だ。その万太郎に勝るとも劣らない植物愛を持つ人物が、現代の日本にもいる。海老原淳さん(45)。「地球の宝を守れ」を合言葉に、クラウドファンディングで9億円以上の支援金を集めた国立科学博物館(科博)で、植物研究部研究主幹を務めている。海老原さんが情熱を注いでいるのは「シダ植物」。日本には700種以上のシダ植物があるが、約260種が絶滅危惧種に指定されている。「私が研究を始めた頃には、図鑑で見ていた多くの種類がすでに消えてしまっていて、非常にショックでした。絶滅を防ぐのに役立つ研究をしたい」。危機にひんするシダを守るため、全国を飛び回る海老原さんの「現場」を訪ねた。(文・映像・写真:映像作家・内田英恵/Yahoo!ニュース ドキュメンタリー)

植物研究に欠かせない現地調査

2024年1月。トレッキングウエアに長靴、リュックサックとウェストポーチ姿の海老原さんは、鹿児島県北部の森の中にいた。鹿児島県の固有種で絶滅寸前にある「コマチイワヒトデ」の調査の一環だ。地元の研究者たちとともに、コマチイワヒトデが好む沢に近い森林をめざす。

コマチイワヒトデは、広く生育している「オオイワヒトデ」とよく似て区別がつきにくい。絶滅危惧種は、適切に守っていくために個体数、生育面積、減少率などの評価基準によって絶滅のおそれの大きさに応じたカテゴリーに分類される。コマチイワヒトデは、まずはその分類に向けた正確な評価をするために、種の識別を明確にして調査する必要があった。

コマチイワヒトデを新種として発表した論文には、オオイワヒトデと比べて葉がしなやか、葉の裏の色が薄いといった特徴が並べられている。ただ、海老原さん自身、現地で実物を見ただけで「これだ」と判断できる自信は持っておらず、遺伝子レベルでの比較が必要だと考えている。今回の調査のミッションは「真のコマチイワヒトデに出会うこと」。「パズルのような作業ですが、その個体の歴史を読み解き、交雑や変異の過程を見ることで、それぞれの正体を示す確かな証拠を見つけようとしています」

研究者は新たな植物を発見すると、学名をつけた1点の標本とともに学術論文などで報告し、それからはその標本がその種の基準となる。「タイプ標本」として保管され、採集地点は「タイプ産地」として記録される。1963年に論文が発表されたコマチイワヒトデは、鹿児島県北部で採集されたタイプ標本が東京大学に保管されている。海老原さんは、そのタイプ産地に生育するコマチイワヒトデに出会いたいのだが、悩ましいのは残された地名だけでは特定の地点を割り出せないことだ。現在はGPSで座標が記録されることが多いが、古い標本は地名が現在と異なったり該当範囲が広すぎたりして、特定に困るケースが珍しくないという。

今回の一連の調査では、鹿児島のほか、ここ数年コマチイワヒトデと思われるシダ植物が見つかっていた熊本県内も含め20カ所前後を回った。コマチイワヒトデのほか、比較するためのオオイワヒトデを採集した。標本にする形の良い個体は、地下にある葉の付け根の根茎(こんけい)からカットする。DNA解析のために複数の個体から葉を集め、採集地ごとに袋に入れ、GPSの地点情報と照合できるようにナンバリングする。やるべきことが多い現地調査だが、「最後に採集したものを忘れてくることがあるので、気をつけないと」と海老原さんは笑う。

調査中は、ホテルに戻っても採集したサンプルを持ち帰る準備で忙しい。標本にする個体はなるべく早く形を整え乾燥させたい。一つひとつ、はみ出さないよう注意しながら新聞紙に挟んでいく。DNA解析のための葉も、個体ごとに乾燥剤と袋に入れる。狭い室内での作業は、夜遅くまで続いた。

植物の正体を知る

調査から戻った翌日。科博の筑波研究施設にある海老原さんの研究室では、持ち帰ったサンプルの整理が始まった。「真のコマチイワヒトデ」と出会えたのかは、現地では断言できなかった。その答え合わせのためのDNA解析が始まる。

『らんまん』の主人公のモデルである牧野富太郎の時代は、色や形といった植物の見かけが、分類学における識別の基準だった。いまはDNAや染色体数を分析することで、見ただけでは分からない特徴までわかるようになった。海老原さんはそれを「植物側の裏の事情」と表現する。 

DNA分析室には、採集してきたサンプル一つひとつから抽出されたDNAが、直径3ミリほどの細長い容器に入って並んでいる。分析室の研究員が、DNAからデータを取り出すための作業を進める。そのデータから、コマチイワヒトデが受け継ぐ遺伝情報やオオイワヒトデとの関係性を調べ、外見からはわからなかった両種を区別する「明らかな証拠」を突き止める。

2月初旬、DNA解析の結果が出た。熊本で採集したのはオオイワヒトデだった。鹿児島のものは一部に雑種が混じっていたが、DNAから「真のコマチイワヒトデ」と確認できた。絶滅のおそれがどれだけ大きいかを正確に評価するには、現地調査をさらに重ねなければならない。その効率を上げるため、見た目でも区別しやすくなるよう、見かけとDNAがどう対応するのかといった検証をしておくことが重要になるという。そのため、解析にはさらに時間がかかる。

「難しさ」がシダ植物の魅力

海老原さんが植物のおもしろさに出会ったのは、小学生の時に訪れた博物館だった。一つのことを追究する研究者がいるのが魅力的で、科博の小中学生向け講座にも参加していたという。研究員から標本の作り方を教えてもらい、自分でも作り始めた。さまざまな植物について説明を受けた中でも特に理解が難しかったのがシダ植物だったという。その難しさが、海老原さんの心をつかんだ。シダ植物の種類の多さや生態の複雑さを知るにつれ、その謎めいた魅力にのめり込んでいった。「花の咲く植物にはないミステリアスさというのがあって、その形の裏側に何か面白いものがあるんじゃないかと」

海老原さんは大学に入り、研究テーマをシダ植物に決めた。だが、そこで思わぬ事態に直面する。それまで図鑑で見てきた種類で大幅に減少したり、絶滅したりしたものがあり、自生地で見ることはできなくなっていたのだ。

日本では約700種のシダ植物のうち3分の1が絶滅危惧種に指定されている。その理由のひとつにニホンジカによる食害がある。天然林の伐採と人工林の増加、狩猟規制で天敵がいなくなったことなど、さまざまな理由によりシカが生きやすい場が広がってきた。森林のそうした変化は、湿度が保たれながら光も差し込むシダに適する環境を損なうことにもなった。

「見たくても見られないという状況はショックでした。もっと早くシダに出会えていたら、いろんな種類が林の下一面に元気に生えている場面に出会えたのではないか。そう思うと、悔やまれるところです」。その思いが原点となり、海老原さんは研究だけでなく保全活動にも取り組んでいる。

日本のシダ植物を守る

筑波実験植物園では、100種前後の絶滅危惧種を、温度や湿度が管理された非公開の温室で栽培している。数を増やすことが、守っていく上でのリスク分散になる。栽培する株が元気に成長し胞子をつけると、次は胞子からの増殖を目指して培養室で管理される。「急に外に出すと枯れてしまうんです。コーヒーカップのLサイズくらいまで伸びたら、そろそろ圃場(ほじょう)に出せる頃です」。その説明通り、10センチほどに成長したシダはコーヒーショップのテイクアウト用のカップに入れられていた。

培養室の棚には胞子から発芽したばかりの前葉体や、受精をへて葉を伸ばし始めたばかりのシダが並べられている。こうした保全活動はほかの植物園を含めた複数の場所で進めることが理想だが、シダの専門家が常駐する施設が少ないことがネックとなっている。九州での現地調査に協力してくれた研究者らは、同じ思いを持って保全に努める大事な存在だ。

また、保全活動や植物の多様性に関する研究の支えになるよう、海老原さんが10年以上取り組んでいるのが、標本のデータベース化だ。外部にも公開し誰でも活用できるようにすることが大切だという。「標本はいろいろな活用が考えられますけれど、博物館が持っているものを誰でも把握できるような形にするところがまずスタートライン」という。

ただ、シダ植物に限っても推定40万点の標本情報を一つひとつ入力していく作業は膨大で、完了まで先は長い。古いものや寄贈された標本には手書きの記録も多く、入力は手作業だ。寄贈された標本の分類も追いつかず、多くが順番待ちの状態にある。「その中にも宝物と言える資料が山ほどあると考えているので、早く発掘して多くの方が利用できる状態にする。それが一番重要だろうと思います」

日本史上最高支援額の9億円を記録したクラウドファンディング

植物の標本に限らず、科博にはそうした「地球の宝」が膨大にある。それらを確実に後世に引き継ぐために2023年8月から実施したクラウドファンディングでは、9億円以上が集まった。その運営サイトであるREADYFORの文化部門長・廣安ゆきみさんは、成功した要因をこう語る。「『#地球の宝を守れ』という普遍的で壮大なキャッチコピーを掲げたことで、科博の存在意義と、現在直面する危機の切迫感が伝わったと考えています」。

バラエティに富んだ返礼品は話題を呼び、支援者は5万人を越えた。中でも注目を浴びた一つが「オリジナル図鑑」だ。在籍する研究者全員が担当ページを持ち、思い入れのある標本を紹介する。海老原さんが選んだのは、初めての研究題材にした「ローゼンストッキア」だ。透き通るように繊細で美しい葉を持つ希少種。ニューカレドニアのごく一部にしか自生しておらず、実物を目にしたことのある人はほとんどいないという。図鑑には海老原さんが現地で撮影した写真もカラーで掲載される予定だ。

日本にも、限られた場所でしか見られない種類がたくさんある。コマチイワヒトデもその一つだ。「そうした種類を絶滅させないことが、自分たちの使命だ」と海老原さんは語る。

今回の調査で持ち帰ったコマチイワヒトデと思われるうちの4株は、温室内の鉢に丁寧に植え付けられた。まだ頼りない姿だが、やがて再び葉をつける。胞子をつけるまでに成長し、その胞子から新たな命が誕生する日を思うと、海老原さんの表情は緩む。

標本と生きたコレクションの両方で未来につなぐ

「標本は死んでいますが、そこから多くの情報を得ることができます。死んでいる標本と生きている植物。両方を最大限に活かして、これからも研究を進めていきたい」と海老原さん。

希少なシダをどう守っていくか。その答えを追い続けるうえで、標本を残し情報を蓄積していくことは重要だ。海老原さんは、標本をしっかりと守り継ぐことができれば、未来に開かれる可能性は大きいという。「絶滅を防ぐのに役立つ情報を得るための研究をしたい。必要な情報はたくさんあって、人間の理解が追いつかない部分もあります。それを少しでも理解することが、きちんと守っていくことにもつながっていく」。シダ植物の多様性解明への、長い道のりが続く。

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