STAP細胞騒動から10年、研究不正は倍増…「査読偽装」「捕食学術誌」温床に

STAP細胞騒動から10年、研究不正は倍増…「査読偽装」「捕食学術誌」温床に

お茶の水女子大 白楽ロックビル・名誉教授

 STAP(スタップ)細胞――。この言葉に覚えがあるだろうか。10年前の今頃、日本を代表する研究機関「理化学研究所」に所属していた女性研究者が涙ながらに、その存在を訴えた細胞だ。発表直後は「ノーベル賞級の発見」と社会が色めき立ったが、実験データの不正が発覚した。その後も日本では研究不正の発覚が相次ぎ、「研究不正大国」と呼ばれることすらある。問題を再び繰り返さず、汚名を返上するにはどうしたらよいのか。四半世紀にわたり研究不正の動向を見てきた白楽ロックビル・お茶の水女子大名誉教授(77)に現状と解決策を聞いた。(科学部 中根圭一、鬼頭朋子)

社会システムがゆがむ要因に

 ――研究不正とはどういうもので、なぜ研究不正をする研究者がいるのか。

 研究不正とは、大学教授、研究所の研究員、大学院生がデータの捏造(ねつぞう)や改ざんをすることと、他人の文章を自分が書いたように盗用することを指す。

 研究不正をするのは、その方が楽で得だからだ。コツコツと研究しても画期的な研究成果はなかなか得られない。不正をしてでも研究成果を挙げ、地位、名声、金銭を得たい。大学院生は博士号を得たい――。こうした思いが根底にある。

 研究不正は医学分野のみならず、理工学や人文社会学などあらゆる分野で見つかっている。

 ――研究不正はどのような影響を及ぼすのか。

 捏造された医学データを信じた医師が患者を治療すると、患者の健康被害につながる。薬の作り方に捏造があれば工場で正しい薬を作れず、廃棄品が多量に出て、膨大な経費が無駄になる。

 捏造データを信じれば、生命に危険が及び、科学技術や経済が衰退し、国の安全保障は保てない。結果的に、学問の価値が信用できず、社会システムがゆがむ恐れがある。

ハゲタカジャーナル

 ――STAP問題を機に、研究不正の数は減ったのか。

 14年に理研でSTAP細胞研究不正があり、世間の関心が高まったが、その後、研究不正の件数はむしろ増えている。国内の捏造、改ざんなどを独自に集計したところ、10年代前半までは10件前後で推移していたが、14年以降は年20件以上となり、21年は45件だった。

 ――最近の不正の手口は。

 論文の作成の過程で、学術誌とのやりとりがオンラインで行われることが増えたために、新たな悪質な行為も現れている。例えば、第三者の研究者が論文を審査(査読)する際に行われる「査読偽装」だ。投稿した論文を投稿者自身が査読したり、査読者と共謀して投稿者が要点を査読者に伝えたりして、査読を形骸化する行為を指す。

 著者が学術誌に対し、架空の人物を「査読者にふさわしい」と推薦し、実際は自分の論文を自ら査読していたケースもあった。

 「捕食学術誌(ハゲタカジャーナル)」と呼ばれる学術誌を利用するケースもある。捕食学術誌は高額な論文掲載料を徴収するが、ほぼ査読なし、不採択なしで、すぐに論文出版してくれる。出版論文数を稼ぎ、研究者としての「成果」を増やすために都合がいい。

自浄作用弱く

 ――日本ではこれまでどのような対策が取られてきたのか。

 文部科学省は14年8月に「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」を策定し、翌15年4月には研究公正推進室を設置した。14年はSTAP細胞の研究不正が明らかになったが、たまたま時期が重なった。

 ただ、研究不正の調査は大学や研究機関が担うが、調査をしなかったり、処分が甘かったりするケースが多いとみている。

研究不正を許さない文化を

 ――有効な対策は。

 「研究不正に無関心」な現状を変えることだ。仮に改善策を示しても、無関心なので国民に見向きされない。究極とも言える改善策としては、厚生労働省の麻薬取締部のように、不正データの取締部を国の機関として創設することだ。不正な捏造、改ざん、盗用を捜査し、違反者に刑事罰を与える。大学や研究所の研究不正だけでなく、産業界の検査不正、食品偽装なども対象とする。

 ――まずできることは何か。

 大多数の国民が、日本は研究不正大国であることを認識し、研究不正を許さない文化を徐々に醸成することが重要だ。

 研究不正事件が起こっても、10年前のSTAP細胞問題のように、スキャンダルとしての関心を集めるだけでは、研究不正の改善にはつながらない。マスメディアには「研究不正改善」報道を根気よく続けてもらいたい。

 <略歴>

 はくらく・ろっくびる(ペンネーム)

 名古屋大大学院理学研究科分子生物学専攻修了。理学博士。専門は生化学と研究不正。退職後の現在も、自身のホームページ「白楽の研究者倫理」(https://haklak.com/)で研究不正に関する事例を紹介している。

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