ティラノサウルスから走って逃げられる? 思ったほど俊足ではない論文も 科学者の見解は【人気の物語を科学で検証】

ティラノサウルスから走って逃げられる? 思ったほど俊足ではない論文も 科学者の見解は【人気の物語を科学で検証】

ジープが追いかけられる『ジュラシック・パーク』の名場面について考えた

 ここ数十年で爆発的に増えたSF映画で、根強い人気を誇るタイトルのひとつに『ジュラシック・パーク』シリーズがある。琥珀の中の蚊に残っていた血から恐竜が現代によみがえる近未来的な設定に加え、恐竜たちの描写はとてもリアル。特に肉食恐竜のティラノサウルスなどは大迫力だ。ジープがティラノサウルスに追いかけられる1作目の名場面で、手に汗を握った人は多いはず。でも、ちょっと待ってほしい。あんなに巨大な恐竜が、本当に自動車のような速さで走れるものだろうか?

 このシーンをよく見ると、走るティラノサウルスの足は常にどちらか一方が接地している。これは、人間で言えば走っているのではなく、競歩だ。巨体のティラノサウルスが飛ぶように速く走る描写には違和感があったのかもしれない。実際のところ、ティラノサウルス・レックスは広く信じられているほど俊足ではなかったことが、学術誌「PeerJ」に2017年に発表された論文で明らかにされている。

 では、ティラノサウルスの足の速さはどのぐらいだったのか。もしもティラノサウルスに追いかけられたら、人は逃げられるのだろうか。

 それまで、ティラノサウルスの最高速度の推定には、時速18キロから54キロまでばらつきがあった。世界最速の人間の時速は約37キロなので、ティラノサウルスがそれより速ければ、人間は走っては逃げられない。

 古生物学者たちはずっと、ティラノサウルスの骨格の一部分だけを取り上げて、ティラノサウルスの足は速かった、いや遅かったと主張してきた。例えば、ティラノサウルスの脚とダチョウの脚を表面的に比較して、体長12メートルのティラノサウルスもダチョウのように足が速かったに違いないと結論付けた。

 対して、論文では、全体像を解き明かすべく、ティラノサウルスの約7トンという体重と骨にかかる力、そして骨の特性を加味した新しいモデルを開発した。そうやって精度の高い計算結果を導き出したところ、ティラノサウルスの走る速さは最高でも27キロ前後という結果が出た。それ以上になると、足の骨が粉々に砕けてしまっただろうという。

 つまり、ティラノサウルスから走って逃げることは可能だ。論文に書かれているように、ティラノサウルスは白亜紀の恐竜たちの中では優秀なアスリートというわけではなかったのだ。ただし、同じく「PeerJ」に2019年に発表された筋肉の量と働き方を推定した論文によれば、ティラノサウルスは近縁の肉食恐竜より敏捷で、狩りに有利だった。脚が長くて身軽な若者は特に素早かったというから、若くて元気ならいい勝負かもしれない。

歯をむき出して獲物を襲ってはいなかった? ティラノサウルスに「唇」があった可能性

 ジープを追いかけるティラノサウルスの描写には、もうひとつ誤解があったという指摘もある。古生物学者たちによると、大きな歯をむき出しにした姿も間違いだった可能性が高い。

 ティラノサウルスなどの肉食恐竜には、現在のトカゲのように、歯を覆う肉の唇があったという説が2023年に学術誌「Science」の論文で提唱された。恐竜に唇があったのか、なかったのか。それは、恐竜ファンや一部の専門家たちが長く議論してきたテーマだ。

 この研究では、現在のトカゲやワニの解剖学的構造や、恐竜の歯の詳しい構造を調べた。さらに、ティラノサウルスから小型肉食恐竜まで、頭蓋骨と歯の大きさを比較した。 

 なかでも注目したのは、最も保存状態のよいティラノサウルス「スー」の標本だ。スーの歯はとても長く見えるが、頭蓋骨との比率では、現在のオオトカゲと変わらなかった。つまり、特別に大きな唇がなくても、トカゲのように歯を覆えたはずだ。

「できる限り攻撃力を高めるためにあるのです」

 唇があることで、ティラノサウルスはさらに効率的な捕食ができるようになると言うのは、米ペンシルベニア大学の古生物学者であるアリ・ナバビザデ氏だ。

 爬虫類には、哺乳類とは違って唇に筋肉がない。ナバビザデ氏は、唇の役割は歯がすり減るのを防ぎ、歯の水分を保つことだと言う。

 唇はナイフの鞘のようなものだと、英エディンバラ大学の古生物学者であるスティーブ・ブルサッテ氏は表現する。「凶器の状態を保ち、できる限り攻撃力を高めるためにあるのです」

 恐竜に羽毛が生えていたかという問題と同じで、こうした変化によって、恐竜があまり恐ろしく見えなくなるのではないかという声がある。それに対して、論文の共著者であるトーマス・カレン氏は「唇や羽毛があるかどうかは、実際にその持ち主が恐ろしいかどうかとは関係ありません」と述べる。それは、猛禽類や哺乳類の肉食動物を見ればよくわかる。

『ジュラシック・パーク』シリーズは完結したが、次のSF恐竜映画では口を閉じてゆっくりと迫るティラノサウルスが活躍するに違いない。

🍎たったひとつの真実見抜く、見た目は大人、頭脳は子供、その名は名馬鹿ヒカル!🍏