沸騰するオホーツク海で流氷が激減している<気候異変 第1部・昆布だしがなくなる日>

沸騰するオホーツク海で流氷が激減している<気候異変 第1部・昆布だしがなくなる日>

 北海道の陸と海の異変が、年を追うごとに大きくなってきました。日本の食糧基地を襲う気候の変化は、全国の食卓の風景を変える可能性があります。北海道に今、何が起きているのでしょうか。その最前線を報告する連載<気候異変>の第1部「昆布だしがなくなる日」は、日本のだし文化に欠かせないコンブの現状と未来像を取り上げます。(5回連載します)

 水中写真家の関勝則さん(69)=根室管内羅臼町=は、この海に約40年間、潜り続けてきた。

 自然の豊かさに魅せられ、30代で羅臼に移住した。冬になると、浅瀬の海底に届くほどの分厚い流氷が海を覆った。「羅臼昆布」のブランドで知られる天然のオニコンブは、潜ればどこでもびっしり生えていた。

 異変を強く感じるようになったのは、ここ10年ほどだ。「流氷はとんでもなく薄くなり、厚さ1メートルの氷を見ることもなくなった。コンブは限られた場所でしか見ることができなくなり、幅がある立派なコンブも激減した」

  2023年12月も海に潜った。水温は8度。かつて、この時期の水温は5度前後だった。流氷が海岸まで押し寄せる時期は遅くなり、今は2月にならなければ流氷はこない。流氷が遠ざかって船が航行できるようになる「海明け」も早まっている。

 関さんは潜るたびに焦りを感じていた。「温暖化の流れは止められないところまできている。流氷がなくなる。20年、30年後の海を考えると本当に怖い」

2023年夏の海水温の平年差

 知床半島を回り込むようにして羅臼に流氷をもたらすオホーツク海は、「世界で最も急速に温暖化が進む海」(米ワシントン・ポスト紙)として各国のメディアや研究者の注目を集める。

 オホーツク海が北太平洋全体に重要な役割を果たしているからだ。

 流氷ができる際、海水は水の成分だけが凍ろうとするため、流氷の下には水より重たい高濃度塩分の海水ができる。重たい海水は沈み込み、それによって生み出される海の大循環は、ロシア北東部のアムール川から流れ込んだ鉄分などの高い養分を、道内沿岸や北太平洋までもたらし、豊かな漁場を育む―。これがオホーツク海が「北太平洋の心臓」と呼ばれるゆえんだ。

 「オホーツク海の温暖化のスピードは、世界の3倍にも上る」。北大低温科学研究所の大島慶一郎教授(極域海洋学)はそう分析する。北海道のように緯度が高い地域ほど、温暖化の影響が大きい。北海道周辺の海水温は2023年夏、平年より5度も高くなった。

 オホーツク海の流氷面積は、過去40年間で30%減った。北大低温研の三寺史夫教授(海洋物理学)らの研究グループによると、道内沿岸に押し寄せる流氷の面積は2050年、現在の3分の1に減少するという驚くべき将来予測もある。

 「地球沸騰の時代がやって来た」。国連のグテレス事務総長は2023年7月、世界に危機感を表明した。猛スピードで進む海水温上昇と、それに伴うオホーツク海の流氷の激減。その先に「だし」に多用される天然コンブがなくなる日が待っているのか。

ブランドの羅臼昆布が細り続ける

 2023年11月、羅臼漁協の組合員たちが「昆布倉庫」と呼ぶ建物に、羅臼昆布が山積みになっていた。お節料理の昆布巻きや煮物などの「最高級品」として使われ、全国に発送されていく。

 羅臼町の天神幸吉さん(54)は、この海で20年以上、コンブ漁に従事してきた。年々、コンブが小ぶりになっていく現実を目の当たりにしてきた人だ。

 天然コンブの漁が解禁された23年7月、羅臼では過去にない最高気温30度前後の日が約1週間続いた。船に乗り、約3メートルの棒の先端が二股に分かれた漁具「マッカ」で、コンブを根の部分からねじり取っていく。だが、今年はコンブに「幅が全然なかった」。

 かつては長さ2メートル、幅50センチもあったと記憶しているが、「今夏は幅が30センチにも満たないコンブが大半だった」(天神さん)。羅臼の漁獲量は今年、250トンと最盛期の4分の1にまで減った。

 肉厚、幅広で、濃厚なうまみと甘いだしが取れる羅臼昆布は「だしの王様」と称される。水揚げされたコンブは、天日干しで乾燥させ、夜露で湿らせて伸ばす。その後、重しを乗せて水分を均一にする「庵蒸(あんじょう)」や、整形する「ヒレ刈り」など20以上の工程を経て、短くても約2カ月半をかけて製品化する。

 羅臼昆布のうまさの源は、オホーツク海の流氷にこそある。道立総合研究機構中央水産試験場などによると、コンブの幼少期にあたる「幼胞子体」に、窒素やリンなどの栄養分をもたらすのが流氷だ。さらに海底を削って雑海藻を駆除し、コンブに日光が当たるよう藻場をきれいにする役割もある。

 その流氷を減らし続ける海水温の上昇は、「海の砂漠化」と呼ばれる磯焼けにもつながっている。海藻が生えなくなる磯焼けはこれまで、対馬暖流の影響を受ける日本海側での被害が目立っていたが、近年は羅臼沿岸でも影響が深刻になってきた。

 羅臼漁協の天然昆布部会長で、半世紀以上も漁に携わってきた井田一昭さん(70)は、白い粉がふいた昆布の表面を見せながら胸を張った。「これは『マンニット』と呼ばれるうまみのもと。最高級品の証明だ」。海の変化は、その将来に影を落とす。

 目の前に広がる海を見ながら、井田さんは「どんどん海がやせていっている。20年、30年後に羅臼昆布はないかもしれない」とつぶやいた。

日本の昆布の9割以上は北海道産

 日本で生産される昆布の9割以上は道内産だ。道内の漁獲量は減少の一途をたどり、2022年度は1万970トンと過去最低を記録、30年前の約3分の1まで落ち込んだ。原因は漁業者の減少だけでなく、海水温の上昇に伴うコンブの生育環境の悪化が大きい。

 北大海洋気候物理学研究室によると、2023年6~8月の北海道と東北沖の海面水温の上昇幅は、世界で最も大きかった。異例の高水温が5日以上続く現象は「海洋熱波」と呼ばれ、世界各地の海洋環境に急激な変化をもたらしている。

 道産コンブはどうなるのか。北大北方生物圏フィールド科学センターの仲岡雅裕教授(海洋生態学)らの研究グループによると、海水温上昇により、日本近海の天然コンブのうち、オニコンブを含む主要な11種が2090年代までに消滅する可能性がある。

 仲岡教授は警告する。「温暖化を止めなければ、将来、北海道から天然コンブがなくなってしまう最悪のシナリオもあり得る」

利尻昆布の質で変わる?京都の味<気候異変 第1部・昆布だしがなくなる日>②

 北海道の陸と海の異変が、年を追うごとに大きくなってきました。日本の食糧基地を襲う気候の変化は、全国の食卓の風景を変える可能性があります。北海道に今、何が起きているのでしょうか。その最前線を報告する連載<気候異変>の第1部は、日本のだし文化に欠かせないコンブの現状と未来像を取り上げます。

 清水寺や八坂神社など歴史的建造物が多数現存する京都市東山区。外国人観光客が押し寄せる観光エリアから少し離れた場所に立ち、四季折々の食材を使った京料理を提供する老舗料亭「菊乃井」本店は2024年、創業から112年になる。

3代目主人の村田吉弘さん(72)が厨房(ちゅうぼう)で利尻昆布を煮出した黄金色の汁に、削り節を合わせてこす。あらゆる料理に使われる「一番だし」だ。

 庭園が大きな絵画のように窓に広がる個室が店内に並ぶ。金時ニンジンなどの京野菜と合わせた「エビ真薯(しんじょ)のみぞれ仕立て」をよそった輪島塗の福寿椀(ふくじゅわん)のふたを開けると、ふわりとユズが香った。ミシュランガイドの三つ星を14年連続で獲得し続ける村田さんは断言した。

 「うま味を中心に構成した料理は世界でも和食だけ。そのうま味のおおかたを占めるグルタミン酸を一番持っているのは昆布や」

 菊乃井を含め京都の料亭の多くは昔から利尻昆布を仕入れる。菊乃井では主に、幅や重みが一定の規格を満たし、蔵で寝かせる「蔵囲(くらがこい)」で熟成させた2等品以上の天然の利尻昆布を使う。

 日本料理アカデミー(京都)の名誉理事長でもある村田さんは言う。「澄み切った奇麗なだしは利尻昆布ならでは。上品な味になる」

 古くから利尻昆布は、北前船でアワビやナマコ、ニシンなどと一緒に運ばれ、福井県から琵琶湖を経て、京都などに持ち込まれた。宗谷管内利尻富士町の山谷文人・町教育委員会学芸係長(48)は「利尻島からの出荷がいつ始まったのか正確には分からないが、少なくとも江戸時代の記録はある」と説明する。

 日本料理アカデミーによると、日本人は少なくとも15世紀ころには、昆布やかつお節から、うま味を抽出していた。京都府文化財保護課の稲穂将士さん(33)は「明治時代の北前船の記録でも利尻昆布は高級品として扱われており、かなり早い段階からブランドだった」と語る。

マコンブの生育地 北上が止まらない<気候異変 第1部・昆布だしがなくなる日>③

 北海道の陸と海の異変が、年を追うごとに大きくなってきました。日本の食糧基地を襲う気候の変化は、全国の食卓の風景を変える可能性があります。北海道に今、何が起きているのでしょうか。その最前線を報告する連載<気候異変>の第1部は、日本のだし文化に欠かせないコンブの現状と未来像を取り上げます。

 「採りきれないほどあったんだ。コンブで暮らしていたんだよ、ここは」

 津軽半島の北端。青森県外ケ浜町三厩(みんまや)地区は、海岸線に張り付くように集落が点在する。穏やかな海風が吹く2023年11月、海を見つめながら三浦繁吉さん(74)が言った。

 父親の背中を追って15歳で漁を始め、毎年夏になれば漁師たちが干すマコンブが浜辺いっぱいに広がった。この浜で、今は見ることができなくなった景色だ。

 2005年まで三厩村だった地区は、天然マコンブの名産地として知られてきた。三厩村誌などによると、かつてコンブは「浜の福の神」とされ、乾燥させて「若狭昆布」として京都や大阪に出荷されていた。

 明治期に発売された「昆布羊羹(ようかん)」が、今も青森の銘菓として親しまれるのは、津軽半島がその一大産地だったことの証しだ。

 そんな三厩の浜に異変が目立ち始めたのは、30年ほど前だった。

 海水温上昇などで海藻が減る「磯焼け」が広がり、1989年を最後に天然マコンブは減り続けた。1980年代前半に年間800トン前後を誇った漁獲量は、90年代以降、ほとんど採れない年が続出するようになる。

 今、人口1300人余りの三厩にコンブ漁に携わる人はいない。「水温が明らかに昔より高い。マコンブは寒くなきゃ育たないから」。コンブ以外の漁で生計を立てる三浦さんの表情はどこか寂しげだ。

 中野物産の「都こんぶ」、キッコーマン食品の「昆布しょうゆ」、フジッコの「だし昆布」…。肉厚でまろやかな味が特徴のマコンブは幅広い用途で使われる。

天然コンブが高級品になっていく<気候異変 第1部・昆布だしがなくなる日>④

 北海道の陸と海の異変が、年を追うごとに大きくなってきました。日本の食糧基地を襲う気候の変化は、全国の食卓の風景を変える可能性があります。北海道に今、何が起きているのでしょうか。その最前線を報告する連載<気候異変>の第1部は、日本のだし文化に欠かせないコンブの現状と未来像を取り上げます。

 中国・東北部、遼寧省大連の海は穏やかだった。

 2023年12月、その日の気温は12度。港から船で15分の沖合で、コンブ漁業者の李樹晶さん(63)はロープにぶら下がった約60センチの養殖コンブを見せながら、誇らしげだった。「春には5~6メートルに成長する。大連のコンブは、中国一なんだ」

 年間生産量174万トン(2021年)を誇る中国は、1・3万トン(同年度)生産の日本をはるかにしのぐ世界一のコンブ生産国だ。

 その中国産コンブのルーツが北海道にあることは、日本ではあまり知られていない。李さんは「もともとは北海道の冷たい海で育っていたというのは、中国のコンブ漁師なら誰もが知っている」と笑う。

 中国科学院によると、日本が大連を租借していた1930年代、日本兵が桟橋を作るために道内から運んだ木材に、コンブの胞子がたくさん付着していた。その一部が海底の岩に根付き、50年代から国策として養殖事業が一気に進んだ。

 中国の養殖コンブは薄く、イメージはどちらかというとワカメに近い。細かく刻んでサラダとして食べるのが一般的だ。近年の中国人の健康志向に乗って需要は伸び、拡大し続ける生産拠点は今、沖縄とほぼ同じ緯度の福建省まで広がっている。

 中国最大の生産拠点である福建省・霞浦には、収穫期の4月になると沿岸に並ぶ竹ざおに、コンブが一斉に干される壮大な光景が広がる。

 ここで祖父の代からコンブ漁に携わる卓新眼さん(55)は「今育てているコンブは高温にも強い4種類。北海道の品種も数年前に挑戦したが、根付かなかった」と話した。14億人の需要を支えるため、中国では長く完全人工養殖の研究が重ねられており、それが暖かい海でのコンブ養殖を可能にしている。

地球を救え 北海道のブルーカーボン<気候異変 第1部・昆布だしがなくなる日>⑤

 北海道の陸と海の異変が、年を追うごとに大きくなってきました。日本の食糧基地を襲う気候の変化は、全国の食卓の風景を変える可能性があります。北海道に今、何が起きているのでしょうか。その最前線を報告する連載<気候異変>の第1部は、日本のだし文化に欠かせないコンブの現状と未来像を取り上げます。

 食用とは異なるコンブの役割がいま、熱い視線を浴び始めている。温室効果ガスの大半を占める二酸化炭素(CO2)の吸収源という環境保全の役割だ。

 森林で吸収するCO2などを「グリーンカーボン」と呼ぶのに対し、コンブなどの海藻が海で吸収するCO2は「ブルーカーボン」と呼ばれる。コンブ1ヘクタール当たりの年間吸収量は森林の約9倍に上るとの調査結果もあり、日本の温室効果ガス削減のカギをコンブが握る。

 ブルーカーボンを見込んだ先駆的な「海の森づくり」は、北海道を舞台に進んでいる。

 2023年11月、後志管内泊村の泊漁港近くの海岸。作業着姿の男性たちが黙々と土のうを海の中に投げ入れていた。「アワビやウニの成長、ニシンの産卵の場としてコンブは欠かせない。コンブでびっしり埋め尽くされた海をよみがえらせる」。地元・古宇郡漁協の池守力組合長(73)は事業の成果に期待を寄せる。

 土のうの中身は、鉄鉱石から鉄を取り出す過程で出る岩石状の副産物「鉄鋼スラグ」と、腐植土を混ぜ合わせている。袋からしみ出す腐植酸鉄と呼ばれる成分が、コンブなどの成長を促す。日本製鉄(東京)が開発した「海藻のサプリメント」だ。

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