EVの理想的充電池から次世代半導体、食品、化粧品まで――人類最強「巨大顕微鏡」ナノテラスは日本産業の救世主になるか

EVの理想的充電池から次世代半導体、食品、化粧品まで――人類最強「巨大顕微鏡」ナノテラスは日本産業の救世主になるか

 仙台市に出現した次世代放射光施設、ナノテラス。

 日本の産業力にはかりしれないパワーをもたらすと期待されているが、そもそも放射光とは何なのだろうか。放射光は、どのようにしてモノを見るのだろうか。

世界各国で進む「放射光施設」の建設

 世界各国が最強の放射光施設の建設を進めているのは、これからの科学、未来を見据えたものつくりに放射光が欠かせない施設だからだ。

日本が誇る放射光施設「SPring-8」

 日本も数基の放射光施設を擁しているが、世界最強の放射光施設として建造されたのが「SPring-8(スプリング・エイト)」だ。「スプリング」は「Super Photon Ring」の略。「凄まじいエネルギー」の「光子」を利用する「環状装置」という意味だ。「8」は80億電子ボルトという電子エネルギーの大きさを指す。

 SPring-8は、理化学研究所が包括的運営を、運転・維持管理を高輝度光科学研究センターが担う放射光施設で、1997年10月に兵庫県佐用町光都で運用を開始した。直径約500m、ドーナツ状の施設(蓄積リング)の一周は1436mとナノテラスよりもはるかに巨大だ。

 放射光施設は、強力な「放射光」を作り出す電子の加速エネルギーで規模が語られるが、SPring-8は世界最強の「8GeV(ギガ電子ボルト)」。1電子ボルトは1ボルトの電圧で加速される電子エネルギーなのでその80億倍としてデビュー、「その放射光は実験室のX線装置と比べ1億倍明るい」とされ、科学者たちの研究で数々の成果をあげてきた。

 小惑星探査機「はやぶさ」や「はやぶさ2」が持ち帰った小惑星のサンプル分析でも利用されたが、一般に広く知られるようになったのは、皮肉な話だが1998年の和歌山毒物カレー事件だった。

 現場に遺されたヒ素の分析にSPring-8が使われからだ。以降、SPring-8の報道では「カレーヒ素」が枕詞のよう使われてきたが、実は「SPring-8によるカレーヒ素事件の分析」は、私の週刊誌連載『メタルカラーの時代』でのスクープ報道が契機だった(その分析については後に議論が起こったが・・・)。

 そのSPring-8は、2010年、科学者のみの利用を超えてその一部を産業界に利用の門戸を開く新しい運用を開始した(BL03XUフロンティアソフトマター開発産学連合)。その推進役が、当時SPring-8に在職していた高田昌樹さん(現・一般財団法人光科学イノベーションセンター理事長)なのである。

 ナノテラスはその経験と実績をもとに「先端科学」への貢献とともに、「産業界」の利用という戦略的拡大をも目指す「思想」をもって計画されたのである。

紫外線もX線も自由自在に

 放射光は、電子をほぼ光速まで加速させ、強力な電磁石によって軌道を曲げた時、その接線方向に飛び出してくる強力な電磁波を指す。「シンクロトロン放射」とも言う。紐の先に水を貯めた小さい容器をつけてブンブン回すと周囲に水滴が撒き散らされるようなイメージだ(水の場合、遠心力で水は飛び出さないが)。加速電子は磁石によって軌道を曲げられるとわずかに減速するが、その減速分の余剰ネルギーが電磁波として飛び出すのである。

 ナノテラスでは、必要に応じて電子の動きを変えることで波長が長い紫外線、短いX線(軟X線)、より短いX線(硬X線)などを出すことができるのも特徴だ。

 放射光施設で電磁波=放射光を飛び出させている場所は、巨大な「円型加速器」、あのドーナツ状の装置だ。「放射光」には「光」という文字が使われているが、可視光も、目には見えないごく波長が短いX線も「電磁波」なので、それを「光」と呼んでいるのである。つまり、飛び出す放射光は肉眼では見えない「光」ということになる。

 放射光施設という巨大顕微鏡は、この放射光という光源を試料に当ててモノを見る装置なのである。

ドーナツと電子銃

 放射光(「シンクロトロン放射」とも言う)は、1947年、アメリカのGE社の研究員、ボラックらが円形加速器(シンクロトロン)で初めて観察した。

 飛び出してくる放射光は、最初は電子加速実験の邪魔者扱いをされていたが、後に物質を見るための強力な「光源」として使われるようになり、世界各地で、巨大精密顕微鏡としての放射光施設が作られてきたのである。

 ナノテラスの建屋が巨大なUFOのようなドーナツ状をしているのは、内部に周長348.8mの「蓄積リング」があるからだ。このリングには、電子という弾丸を打ち込む長さ110mの巨大銃、線型加速器が差し入れてある。

 ナノテラスでは、リングから110m離れた端にある「電子銃」が電子源で、ここでは「バリウム含浸型タングステン(ディスペンサ)」カソードという複合酸化物を加熱、赤熱させている。ディスペンサカソードは加熱によって大量に電子を放出するため、電子顕微鏡やレーダー用のマイクロ波管、電子ビーム溶接などでも広く利用されている。かつてラジオに使われていた真空管やテレビのブラウン管の「電子銃」も、ヒーターで金属(フィラメント=タングステンなど)を加熱して電子を発生させていた。あれと同じ原理だ。

 ここで発生した電子を、110mの砲身内に敷き詰められた加速管によってほぼ光速まで加速させて蓄積リング内に送り込む。蓄積リング内にも強力電磁石がびっしり並んでおり、電子は光速度に近いスピードで348.8m内を周回し続けながら放射光を放出し続ける。利用する放射光が途切れないよう線型加速器は絶え間なく電子を送り続け、リング内に常に電子が満たされておく必要があることから、これを「蓄積リング」と呼ぶのである。

 蓄積リングで発生した放射光は、リングの周囲にあるいくつもの蛇口(ビームライン)から外に出し、放射光が突進する先に設置した試料に当て、センサーでデータを得る仕組みだ。

官民共同で実現させた一大ビジネスプロジェクト

 ナノテラスは、電子の加速エネルギーは3ギガ電子ボルトとSPring-8よりも小さいものの、試料の表面を見る放射光=軟X線(波長が長い)や内部を見る放射光=硬X線(波長が短い)をある程度選んで発生させることが可能だ。

かつ、放射光が拡散せずきわめてシャープかつ超強力(太陽光の100億倍という表現をしている)で試料に当てられるので、今後、ナノの世界をより高い解像度で見る進化が期待できるという。

 タイヤのゴムの内部で何がエネルギーのロスになっているのか、炊いたお米のむちむち感をもたらしている分子の動きはどうなっているのかも捉えることができる。

もっともそのデータがグラフや数列のみでは専門の科学者でなければ理解し難いが、ナノテラスは得たデータをもとにコンピュータによるシミュレーションで可視化し成果を理解しやすく「見る」システムにも力を入れている。

 こういう放射光を企業が独占利用できれば、製品開発で大きなイノベーションと競争力が手にできるが、これまでの放射施設ではそのような企業利用は制限が多かった。

 ナノテラスの建設費は約380億円で、国は量子化科学技術研究開発機構を主体として約200億円を拠出したが、残りは光科学イノベーションセンター、宮城県、東北大学、東北経済連合会が賄っている。そして、この資金には数多くの企業が負担した一口、5000万円という資金も含まれている。

 どこの企業が負担したかは一切公開されていないが、企業はあたかもゴルフ会員権のようにナノテラスを自由に利用できる、という運営システムを前提に計画を進めてきたのである。

 ちなみにナノテラスの敷地はかつてゴルフ場だったそうだ(ナノテラスとは何の関係もないが)。

🍎たったひとつの真実見抜く、見た目は大人、頭脳は子供、その名は名馬鹿ヒカル!🍏