ネコは野生動物の大きな「脅威」 手術は不要、注射1本で繁殖を防ぐ米国の不妊法研究

ネコは野生動物の大きな「脅威」 手術は不要、注射1本で繁殖を防ぐ米国の不妊法研究

ネコにもやさしい安全な遺伝子技術、「状況を一変させる可能性があります」と研究者

「ネコ活」や「ネコノミクス」などの造語も広まり、今やすっかりネコの人気は定着している。ネコを飼っている人はもちろん、そうでなくても、テレビやネットで見かけるネコのかわいい姿に日々癒されている人は多いに違いない。だがその一方で、ネコは野生動物にとって大きな脅威だ。世界自然保護連合はネコを「世界の侵略的外来種ワースト100」にリストアップしており、米国では、最大で年間40億羽の鳥と220億匹の小型哺乳類がネコに殺されているという報告がある。日本にこうしたデータはないものの、アマミノクロウサギをはじめとする離島の希少種だけでなく、本土の普通の野生動物にとっても問題であることは環境省の研究で明言されている。

「天敵のいない野良ネコたちが増えすぎて、在来種の哺乳類、爬虫類、鳥類が姿を消してしまった島もあります」と話すのは、米ノースカロライナ州立大学の生態学者で哺乳類保護活動家のローランド・ケイズ氏だ。また、飼いネコの狩りの範囲について研究したことのあるケイズ氏は、特に自然保護区やビーチに隣接する住宅地が問題になりやすいと指摘する。

 ネコによるそんな被害を少しでも減らす対策の一つが、ネコの繁殖力を抑えることだ。そこで、飼いネコや野良ネコの数を管理すべく、安全で新しい遺伝子技術による不妊処置法を米国の研究チームが開発し、2023年6月に学術誌「nature communications」に発表した。

 日本では「地域ネコ」や「さくらネコ」などと呼ばれているが、野良ネコを捕まえて不妊手術や去勢手術をした後また野生に戻す「TNR(トラップ・ニューター・リターン)」という方法がある。これは、個体数の抑制に効果があるものの、獣医師の協力をはじめ、手術代をどのように捻出するかや、手術を受けるネコの体への負担が比較的大きいなどの問題があった。

「高い技能を持つ獣医師を必要とせず、普通の人が誰でもネコに注射を打てるようにする必要がありました」と、研究を率いたシンシナティ動物園の動物研究ディレクターであるウィリアム・スワンソン氏は言う。

卵子を包む卵胞の発達を止めるホルモンから着想

 米ハーバード大学の生殖生物学者デビッド・ペピン氏も研究を率いた一人だ。氏がネコの不妊の世界に足を踏み入れたきっかけは、「抗ミュラー管ホルモン(AMH)」を使ったヒト卵巣がんの治療法の研究だった。ペピン氏は、このホルモンが、卵巣とそのなかにある卵胞(卵子を包み込んで保護しているもの)に重要な影響を与えていることを発見した。

「AMHは、思ったよりもずっと強力でした。これがあれば、卵胞の発育もコントロールできます」。ペピン氏は、これを不妊に応用できるのではと考えた。

 理由はこうだ。赤ちゃんは、卵巣のなかに原始卵胞を持って生まれてくる。思春期以降になると、月経周期ごとに約20個の原始卵胞が発育を始め、そのうちの1個だけが選ばれて排卵し、受精が起こる。AMHはこの発育途中の卵胞から分泌されて、他の原始卵胞が発達を始めないようにし、既に発育中の卵胞についてはその速度を遅らせるのだ。

 また、AMHの受容体(シグナルとして受け止める部分)は、骨や脳や免疫系には存在せず、卵巣、下垂体、子宮にほぼ限定されている。「つまり、副作用がとても少ないということです」とペピン氏は指摘する。

ネコのお見合いで効果を確認

 ペピン氏は、非営利団体であるマイケルソン・ファウンド動物基金の協力を得て、この研究をネコにまで広げることにした。AMHがネコに与える影響を調べるため、ホルモンの遺伝情報をネコの細胞に届けて、通常よりも多くAMHを分泌させようと試みた。

 研究者は、6匹のネコにネコ版AMHの遺伝子を持ったウイルスを、比較のため3匹のネコに遺伝子を含まないウイルスを注射した。なお、ウイルスが運び屋となって遺伝子はネコの筋肉細胞のDNAに入り込み、何年もホルモンを分泌し続ける。その結果卵胞の発育が抑止され、排卵できなくなる。すなわち、注射1本で永続的に不妊にできて、手術は不要というわけだ。

 AMHの処置を受けたネコでは、一部の卵胞が発育を始めたが、やがて次第に弱くなり、排卵する前に発育は止まった。

 この処置の不妊への効果は、実際にネコのお見合いを行って確かめられた。

 処置を受けたメスと繁殖力のあるオスを引き合わせたところ、6匹のメスのうちオスと交尾したのは2匹で、結果はどちらも妊娠に至らなかった。逆に、処置を受けなかった3匹は全て2~4匹の子ネコを生んだ。つまり、AMHは排卵を抑え、不妊化治療は成功した。

 この結果を聞いて不安になる人がいてもおかしくないと、ペピン氏は言う。「言ってみれば、不妊を引き起こすウイルスを作ってしまったんです。そこから物語が始まるSF小説はたくさんありますからね」

 とはいえ、不妊ウイルスの流行を恐れることはない。このウイルスは自己増殖できず、感染しないように開発されるため、不妊症がうつるリスクはない。

 今回の研究結果は、6匹のネコで試しただけの予備的なものであり、実用化にはさらなる検証が必要だろう。だが、過去7年間このプロジェクトに取り組んできたスワンソン氏は、比較的簡単にできるこの方法は、「望み通り機能させられれば、本当に状況を一変させる可能性があります」と、野生生物の脅威となるネコ対策を強力に推し進める手段になると見立てている。

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