「ビッグバン直後」の宇宙はどれくらい小さかったか

「ビッグバン直後」の宇宙はどれくらい小さかったか

宇宙はどのくらい遠くまで見えるのか。物理学上観測できる範囲の限界はまさに天文学的な距離にまで広がっている。今日いちばん遠くに見えるもっとも昔の光は、なんと138億年前、つまり高温のビッグバンが起きたときに発せられたものだ。宇宙は膨張を続けているため、現在ではその光が放出された場所までは、138億光年よりずっと遠い461億光年もの距離がある。はるか彼方の天体の情報を携え、はてしない時間をかけてようやく地球に到達するのだ。

大昔に宇宙のどこかで発せられた光は今も移動しており、やがて地球に届く。未来にはさらに遠くまで見えるようになる。とはいえ、いつの時点においても、どれだけ遠くまで見えるか、つまり観測可能な宇宙空間の範囲には限界がある。それは過去も同様で、過去のどの時点においても宇宙の広さは有限で定量化できる。過去の宇宙は現在よりも小さく、その大きさはビッグバンの発生からどれくらい時間が経っているかによって決まる。

では、ビッグバンが起こり、宇宙が生まれた当初までさかのぼったらどうなるだろう? 

驚くべきことに、宇宙には、ごく小さく密度が無限大で、最高温度に達する特異点というものは存在しない。そこにはやはり、宇宙が存在しうる最小限の大きさという限界がある。なぜ限界があるのか、どうすれば初期の宇宙がどれほど小さかったかを解明できるのか。その謎を探っていこう。

宇宙が将来どうなるか、あるいは過去の宇宙はどのような状態だったかを理解するには、まず宇宙をつかさどる法則について知る必要がある。とりわけ宇宙の構造については、時間とともにどのように進化してきたかは重力の法則によって説明できる。その法則を明らかにしたのが、アインシュタインの一般相対性理論だ。宇宙に存在するあらゆる物質とエネルギーをアインシュタインが提唱した方程式にあてはめ、それらが時間経過によってどのように移動し、どう進化したかを計算すれば、膨張と収縮を繰り返す宇宙の未来、または過去のある時点での湾曲や進化の度合いを導き出せる。

宇宙はアインシュタインの一般相対性理論によって説明できるだけでなく、以下の点において特殊なケースともいえる

宇宙はアインシュタインの一般相対性理論によって説明できるだけでなく、以下の点において特殊なケースともいえる。

・ 等方性:どの方向を見ても平均して同じ性質を持つ

・ 等質性:どの場所も平均して同じ性質を持つ

 どの方向を見ても、どの場所においても、物質およびエネルギーが同じだとすれば、宇宙は膨張するか収縮するかのどちらかということになる。このことを最初に明らかにしたのはフリードマン・ルメートル・ロバートソン・ウォーカー計量(FLRW計量)であり、宇宙の膨張(または収縮)を表すフリードマン方程式として知られている。

宇宙に何が存在するかを知り、その量を測定することができれば、この方程式によって過去または未来のある時点での宇宙の性質がわかる。宇宙の構成要素と現在の膨張率さえ知っていれば、以下の答えを導き出せる。

・過去または未来のある時点における観測可能な宇宙の大きさ

・過去または未来のある時点における宇宙の膨張率

・過去または未来のある時点において、宇宙を構成するそれぞれの要素(放射線、通常の物質、ダークマター(暗黒物質)、ニュートリノ、ダークエネルギー)がエネルギーの面でどれほど重要か

ただし、それらがわかるのは、膨張を続ける宇宙においてエネルギー形態が一定の場合、すなわち、あるエネルギー形態(たとえば物質)が別の規則にのっとってはたらく別のエネルギー形態(たとえば放射線)に変換されない場合にかぎられる。過去または未来の宇宙の状態を知るには、宇宙のそれぞれの構成要素が時間および空間とともにどう変化するかだけではなく、どのような状況下で個々の構成要素が互いに別の要素に変換されるかということも理解しなければならない。

今日、観測できる宇宙は以下の要素と割合で構成されている。

・ダークエネルギー:全体の68%を占め、宇宙が膨張または収縮して構造が変化しても、ダークエネルギーが占める割合は一定に保たれる

・ダークマター:宇宙の構成要素で二番目に多い27%を占める。通常の物質と同様に集合してひとかたまりになるため、宇宙が膨張するとダークマターの割合は減少する

・通常の物質:現在は全体のわずか4.9%にすぎず、ダークマターと同様に宇宙が膨張すると割合が減少する

・ニュートリノ:全体の0.1%とごくわずかしか存在しないが、非常に軽量で、興味深い動きをする。現在の宇宙は温度が低く、エネルギー量も少ないため、ニュートリノは通常の物質と似たふるまいをし、宇宙が膨張し大きくなるにつれて割合が減少する。しかし、初期の宇宙では放射線のように光速と同じ速度で移動していて、宇宙が膨張すると割合が減少するだけでなく、波長が伸びるにしたがってエネルギー量も低下する

・放射線:宇宙全体に占める割合はわずか0.01%で、ほとんどないに等しい。通常の物質よりも減少するのが速く、時間の経過とともに重要な構成要素ではなくなった。しかし、ビッグバンの発生から一万年たつまでは宇宙のもっとも主要な構成要素で、きわめて重要な役割を果たしていたことはまちがいない

宇宙の長い歴史において、宇宙を構成してきたのはおもにこの5つの要素であり、いずれも現在まで宇宙に存在しており、高温のビッグバンが起きてからずっと、過去のどの時点でも存在していた(少なくともそう考えられている)。可能なかぎりさかのぼってみても、すべてこの見解と一致している。

いったいどのくらいさかのぼれるのだろう?

では、いったいどのくらいさかのぼれるのだろう? 特異点までさかのぼることは可能なのか?

宇宙がつねに物質と放射線で満たされていれば、最大濃度かつ最高温度でかぎりなく小さかった時点、時間でいうなら“ゼロ”に相当し、物理法則が崩壊する時点までさかのぼることができる。方程式をどこまで適用できるか、この理論によってどこまで説明できるかに限界はなく、どこまでもさかのぼれるはずだ。

しかし、宇宙がそのような高エネルギー状態の特異点で生まれたとすれば、現在の宇宙はわたしたちが観測しているのとは正反対の状態でなければおかしい。そうではないことを示す一例として、ビッグバンの残光における温度のゆらぎが挙げられる。現在ではマイクロ波背景放射として知られるこのエネルギーは、プランクスケールで測定可能な1019 GeV(億電子ボルト)と同等の密度になるはずだ。ところが、実際の温度のゆらぎはその三万分の一程度でずっと小さいことから、宇宙が誕生したときの温度はそれほど高温ではなかったのがわかる。

実際、マイクロ波背景放射の温度のゆらぎと同じ放射線の偏光を詳細に測定すると、ビッグバンの“もっとも熱い場所”におけるエネルギーはせいぜい1015 GeV程度だったことがわかる。どこまでさかのぼり、宇宙が物質と放射線で満たされていたと推測できるかには限界があり、それ以前に高温のビッグバンを引き起こす段階があったことはまちがいない。

この段階については、マイクロ波背景放射の詳細な測定が可能になる前の1980年代に提唱されており、宇宙のインフレーション(宇宙の急激な膨張)理論として知られている。インフレーション理論では、宇宙は次のように説明される。

・かつては大量のエネルギーによって支配されていた

・そのエネルギーはダークエネルギーに似ているが、規模はさらに大きかった

・そのため、宇宙は急激に膨張した

・その結果、インフレーションの場をのぞいて宇宙は低温、低密度になった

・やがて、無限とも思える長期間に及ぶ膨張が終わり、インフレーションの場は消滅した

・そして、ほぼすべてのエネルギーが物質と放射線に変換された

こうした理由から、高温のビッグバンが起こったと考えられる。

ビッグバンのもっとも熱い場所はどのくらい高温だったのか?

では、ビッグバンのもっとも熱い場所はどのくらい高温だったのか? その答えがわかれば、どこまでさかのぼって推測できるかがわかり、宇宙が誕生した直後の最小だったときの大きさを知ることができるはずだ。さいわい、“どこまで”さかのぼれるかということと、放射線が大半を占めていた初期の宇宙がどれほど熱かったかということには直接的な関係がある。

ダークエネルギー、ダークマター、通常の物質、ニュートリノ、放射線から構成されている現在の宇宙から時計の針を逆にまわしてみよう。そうすれば、宇宙は飛躍的に膨張する期間に移行しつつあり、物体間の距離が際限なく広がっていることがわかるだろう。しかし、初期の宇宙はほぼ物質、その後は放射線が大きな割合を占めていて、それぞれちがう速さで変化していた。そのため、こう問うこともできる。ビッグバンの発生からどれくらい時間が経過しているかがわかれば、観測可能な宇宙の大きさを導き出すことができるのだろうか?

最初に述べたように、指標はいくつかある。現在はビッグバンから138億年経過していて、どの方向を見ても宇宙の半径は461億光年である。ここから時を戻してみよう。

・物質(通常の物質、ダークマター、および両者の混合物)が放射線をおさえて宇宙の大半を占めていたのは1万年ほど前までで、当時の半径は1千万光年だった

・誕生から3年後の宇宙は直径がまだわずか10万光年で、現在の銀河系とほぼ同じ大きさだった

・誕生から1年後までさかのぼると、宇宙は現在の銀河系より小さかっただけでなく、信じられないくらい熱かった。その温度は約20億度で、核融合が可能なほど高温だった

・誕生の1秒後は、重原子核が生成されてもエネルギーの衝突によってすぐに爆発してしまい、核融合すらできないほど高温だった。この頃の直径はまだ10光年ほどで、現在の地球からもっとも近い9つの天体系までの大きさしかなかった

・さらに誕生から1/1012秒(1兆分の1秒)までさかのぼると、宇宙の大きさは太陽をまわる地球の軌道(太陽と地球の距離の平均)に相当する1天文単位ほどで、膨張率は現在の実に1029倍だった

とはいえ、どこまでさかのぼれるかにはやはり限界があり、最高温度に到達した時点までさかのぼるのはむずかしい。

初期の宇宙で温度が際限なく高くなるとすれば、重力波のエネルギースペクトルが観察できるはずだ。LIGO(米国レーザー干渉型重力波天文台)のような高度な観測設備がなくてもマイクロ波背景放射の偏光を示す信号におのずと記録される。限界を厳しく設定すればするほど――言い換えるなら、初期の宇宙の重力波を検知せず、むしろその存在を厳しく制限すればするほど、“もっとも熱い場所”の温度は低くなる。

15年前は、エネルギーと等価の温度を4 × 1016 GeV程度までしか制限できなかったが、その後のめざましい測定技術の発達により、その値は大幅に低下した。現在では、ビッグバンの“もっとも熱い場所”でも最高温度はエネルギーに換算すると1015 GeV程度であり、さかのぼって推測できる限界は時間にして高温のビッグバンの発生から10-35秒、距離でいうと1.5メートルまでということがわかっている。大きさを特定できるもっとも初期の段階の宇宙は、人間と同じくらいの大きさだったということになる。10年前までは“サッカーボールよりは大きい”と言われていたが、最近になって10分の1にまで精度が向上したことを考えると画期的な進歩といえるだろう。

(ただし、実際はもっと大きく、たとえば大都市の一部か小さな都市くらいの大きさだった可能性は依然としてある。大型ハドロン衝突型加速器では最大で104 GeVまでしか実現できないが、初期の宇宙がもっと高温に達していたことはまちがいない。いずれにせよ、多くの場合、“大きさの上限”の制約は変わりうる)

宇宙は最高温度かつ最大密度の特異点で生まれ、そこを出発点としてあらゆる空間と時間が発生したという考えがいかに魅力的だとしても、その推測に信頼性はなく、観測結果とも符合しない。その説が否定されないかぎり、どこまでさかのぼれるかには限界があり、観測可能な初期の宇宙の大きさとその宇宙に存在するあらゆる物質とエネルギーは十代の人間よりは大きかったと考えるのが妥当だ。それより小さかったとすれば、ビッグバンの残光に見られるゆらぎは存在しないことになってしまう。

高温のビッグバンが起きる以前の宇宙はコズミックインフレーションに固有のエネルギーが大部分を占めていた。インフレーションがどのくらい続いたのか、そもそも何がインフレーションを引き起こしたかはいまだ謎だが、その性質上、インフレーションはそれ以前の宇宙のあらゆる情報を消し去り、観測できるのはインフレーションの最後の数十分の1秒に記録された信号のみだ。その信号はバグにすぎず、インフレーションの仕組みとは別の説明が必要だと考える人もいる。一方で、その信号は既知のことだけでなく、今後知りうることに対しても根本的な限界を示す特徴だと考える人もいる。宇宙がみずからについて語る声に耳を傾けることは、いろいろな意味でこれ以上ないほど謙虚な経験といえる。

🍎たったひとつの真実見抜く、見た目は大人、頭脳は子供、その名は名馬鹿ヒカル!🍏