大量絶滅まであと7℃!? 「どれだけ暑く、どれだけ湿度が高ければ、生き物は死にはじめるのか?」を真剣に考えてみた

大量絶滅まであと7℃!? 「どれだけ暑く、どれだけ湿度が高ければ、生き物は死にはじめるのか?」を真剣に考えてみた

 今年の夏は暑かった――。最近、毎年言っている気がしますが、勘違いではなさそうです。2023年の夏は「史上最も暑かった」という報道を、何度も耳にしました。「これ以上外にいたら、死ぬ」なんてセリフが、冗談では済まない暑さでした。

 地球温暖化、ヒートアイランドなど、さまざまな要因があるのでしょう。原因はともかく、近年の傾向から考えて、暑い夏は来年も再来年も訪れそうです。もしかしたらさらなる高温化も経験するかもしれません。私たちはどこまで耐えられるのでしょうか? 

 高温に苦しめられるのは、人間だけではありません(いや、人間はまだマシなほうかも)。生物はどこまで耐えられるのでしょうか? 

 かつて起きた「大量絶滅」の原因究明に挑む地質学者、尾上哲治教授は、最新刊『大量絶滅はなぜ起きるのか』(講談社ブルーバックス)で生物の「熱耐性」に注目しています。

 *本記事は、『大量絶滅はなぜ起きるのか? 生命を脅かす地球の異変』の内容から、再編集・再構成してお送りします。

湿球温度計をめぐる不気味な論文

 みなさんは、学校の理科室の壁にかけられた一風変わった温度計のことを覚えていますか? 温度計の先端の丸い部分は、水にぬれたガーゼで覆われています。これは「湿球温度計」と呼ばれるもので、となりにかけられた普通の「乾球温度計」と合わせて使うことで、理科室内の湿度を調べられます。

 湿球温度計の原理は、私たちの体の仕組みと似ています。

 湿度が低いときは、湿ったガーゼから盛んに蒸発が起こるので、温度計の丸い部分は熱を奪われます。そのため、湿球温度計が示す温度は、となりの乾球温度計のものよりも低くなるのです。汗が蒸発することで、皮膚の温度(皮膚温)が下がるのと同じです。

 一方、湿度が高いときは、蒸発が起こりにくいので、湿球温度計と乾球温度計の温度の差は小さくなります。湿度が高いと蒸発しにくいのは、汗も同じです。そのため、同じ気温でも湿度が高いと、私たちは暑く感じます。

 どうして湿球温度計の話ばかりしているかというと、温暖化と大量絶滅の関連性について調べているうちに、この温度計をめぐる不気味な論文があることに気づいたためです。論文は次のことを問いかけています。

 どれだけ暑く、どれだけ湿度が高ければ、生き物は死にはじめるのか? 

5500万年前からの宿題

 今から約5500万年前の地球の気温は、現在とほぼ同じだったと考えられています。しかし短期的に、5~8℃の温暖化イベントが起こったことが知られています(その原因については諸説あります)。

 5500万年前の温暖化にかんする研究で有名な、パデュー大学の古気候学者マシュー・フーバーは、とある学会で、地質時代の熱帯の気温がどれほど高かったのかについて発表しました。聴衆の中には、ニューサウスウェールズ大学の気候科学者スティーブ・シャーウッドがいました。

 シャーウッドは先の「どれだけ暑く、どれだけ湿度が高ければ、生き物は死にはじめるのか?」という疑問をフーバーに投げかけましたが、彼はその答えを知りませんでした。

 そこで二人が調べてみると、人は皮膚温が35℃を超えると、脳をふくむ体の中心温度(深部温度)が上昇し、皮膚温が37℃に達すると、4時間から6時間で死に至ることがわかりました。これは言い換えると、「湿球温度」が35℃を超えるような場所――つまり発汗による蒸発があったとしても、皮膚温が35℃を超える場所――では、基本的に人は生きていけないことを意味します。

エアコンなしで生きられない場所

 幸運なことに、現在の地球上には、湿球温度が35℃を超える地域はほぼありません。フーバーとシャーウッドはもう一歩踏み込んで、近い将来の温暖化により、湿球温度が35℃を超える場所が出てこないかをシミュレートしてみました。

 すると、温暖化が7℃進んだ場合は、熱帯に湿球温度が35℃を超える地域が出現しはじめることがわかりました。さらに、12℃の温暖化では、現在の人口のほとんどをカバーする場所で、湿球温度は35℃に達しました。

 シャーウッドの言葉を借りると、このような場所では「日陰にずぶ濡れで裸になり、扇風機の前に立っていたとしても、人の体は限界に達してしまう」ことになります。温暖化の進んだ世界では、私たちはもはやエアコンなしでは生きられません。

動物の限界温度

 人にとっては、湿球温度35℃が生存可能な限界のようです。ほかの動物にも目を向けてみましょう。

 哺乳類は、体温と重さによりまちまちであるものの、湿球温度35℃が6時間以上継続すると、致死レベルの熱ストレスを受けます。

 外部の温度により体温が変化する動物(昆虫やトカゲなど)は、行動時間が昼か夜か、あるいは活動場所(開けた場所、巣穴など)によって、気温と著しく異なる体温を持つことができます。そのため、どの程度の温度まで生きられるかを推定することは難しいようです。

 水生動物についても、詳しい熱耐性はわかっていません。ただ、潮の満ち引きの影響を受けるような浅い海に生息する水生動物の中には、陸上動物と同程度の熱耐性を持つものが存在します。たとえばエビは、24℃でストレスにより活発に這い回るようになり、33℃以上で腹部の痙攣が起こり、43℃で死に至ります。

世界の熱帯林の気温と樹木の限界

 植物の熱耐性については、湿度に代わって「飽差」と呼ばれる乾燥の度合いの指標が用いられます。飽差とは、ある気温における飽和水蒸気圧と実際の水蒸気圧の差のことです。言い換えると、「空気の中にあとどれだけ水蒸気を含むことができるか」についての指標です。飽差が大きいほど、もっとたくさんの水蒸気を含むことができる「乾燥した空気」であり、逆に飽差が小さければ、もうあまり水蒸気を含むことができない「湿った空気」と言い表すこともできます。

 葉からの水の蒸発を考えると、高温で飽差の大きい(つまり乾燥した空気の)環境が、植物とってストレスとなることは想像できます。

 実際に、比較的飽差が大きいメキシコやアマゾンの一部の熱帯林では、27~28℃くらいから熱ストレスの影響が出はじめ、生産性が急激に低下します。アマゾンでは年平均気温がすでに28℃に迫っている地域もあるので、「世界の熱帯林の気温は、すでに樹木が耐えられる限界に近づいている」という議論が起こっています。

 高緯度地域に森林を形成する裸子植物の熱耐性も、先の熱帯林と比較的近いことがわかっています。飽差が大きい環境下では、日中の気温が30~32℃くらいまで上昇すると、生産性の急激な低下や、苗木の枯死(こし)がみられるようになります。

 このように樹木は、生息する環境の飽差条件によっては、30℃前後の気温を超えると生産性が低下する傾向にあるようです。さらに気温が上昇し40℃を超えると、今度は葉の膜の安定性低下や酵素の劣化といった別の問題が起こるため、ほとんどの植物が枯死します。

 つまり陸上の動物と同じく、30~40℃の温度範囲が植物の生死を分ける境界となっているのです(ただし、植物の場合は動物と違って、空気が乾燥している場合に、より低い温度で枯れてしまいます)。

過去の地球の気温

 さてここまでの議論を踏まえて、過去の地球の気温を示したグラフを見ていきましょう。

 グラフについて少し丁寧に説明しておきます。横軸は時間軸を表し、右端が現在で、左に行くほど過去に遡る、つまり古い年代です。縦軸は、2001~2010年の世界の平均気温をゼロとした時の気温の偏差を表しています。過去の気温は、地層や化石の「酸素同位体比分析」から復元されました(詳しくは『大量絶滅はなぜ起きるのか』をご参照ください)。

 なおこのグラフは、100万年単位で平均化したグラフなので、数千~数万年単位の細かい気温の変化を見ることはできません。

 グラフには、「プラス7℃の温暖化」の位置に線を引いてあります。これは、フーバーとシャーウッドが推定した、熱帯の湿球温度が35℃を超える境界です。現在から過去に遡って気温の変化を確認していくと、陸上に動植物が存在した過去約4億年間は、この線を超えるような長期の温暖化が基本的に起こっていないことがわかります。

大量絶滅まであと7℃?

 では、もし近い将来この線を越えて温暖化が進むと――つまり動物や植物の生存限界温度を超えてしまうと――、地球上では何が起こるのでしょうか? 

 実は過去の地球では、この温度を短期的に突破した時代があることがわかっています。結論を先に述べると、そのような時代には、「大量絶滅」が起こっていました。大量絶滅とは、地質学的尺度で短い期間に(通常は300万年未満)、75%以上の種が消滅する現象のことです。温暖化により、地球と生命にいったい何が起こったのでしょうか。

 次回の記事では、生命の限界温度を超えて温暖化したと考えられる、約2億150万年前の地球で起こった異変と、この時代の大量絶滅について紹介します。

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