アップル「Vision Pro」は「Meta Quest」と何が違うのか

アップル「Vision Pro」は「Meta Quest」と何が違うのか

 アップルの新コンセプトコンピュータ「Apple Vision Pro」。6月の開発者イベント「WWDC」は本来ならば、年末に向けて多くのユーザーが存在するiPhone、iPad、Macの近未来を占う上で重要な情報が出てくるイベントだが、今回はまだ誰も見たことがない地平を切りひらく覚悟を、アップルが見せた。

 身近な話題でいえば、まだ多くのユーザーが存在するだろうiPhone 8やiPhone Xが新OSのアップデート対象外となることや、それ以外の新しい機種がどれほどソフトウェアの力でより使いやすくなるのかの方が興味深いはずだ。実際にニュースの閲覧数も多い。

 しかし米カリフォルニア州クパチーノにあるアップル本社で、Vision Proのコンセプトに触れ、さらにその体験をしてみると、頭の中からこの新しいコンピュータが離れなくなる。

 この製品がどのようなスペック、構造、技術でできているかは、多くのレポートがある。また日本で入手可能になるのは来年後半のことだ。それにもかかわらず、なぜこれほど頭から離れない存在なのか。そして、Vision ProはかつてのMac、iPhone、iPadと同じように、市場に一大旋風を引き起こし、新しい市場を生み出すのか。

 このコラムでは、来年発売されるVision Proの詳細だけではなく、新しいジャンルとして確立する可能性が高い“空間コンピュータ”について考察し、そのビジネスの可能性について考えてみることにしよう。

技術的困難への立ち向かい方

 Vision Proが試みているのは、人間の視覚、聴覚に介入することでコンピュータシステムからの情報をわれわれが過ごしている空間に投影するというものだ。そのために「ゴーグルをかぶるのか」という実現方法に関して異論、疑問を持つのはもっともなことだ。

 将来、あるいはもっと良い形で視覚・聴覚に介入する方法が生まれるかもしれない。しかしVision Proは、現在、量産可能な民生機としては最高の形でそれを実現しようとしている。

 視覚全体をコンピュータのディスプレイとして仮想的な世界を見せ没入感をもたらすデバイスとしては、旧Facebookが買収したOculusが世の中への周知の面で大きな役割を果たしてきた。

 VRディスプレイとして生まれたOculus Riftは、現在、Meta Questシリーズというコンピュータ内蔵のスタンドアロン型に収斂(しゅうれん)、ディスプレイとの兼用デバイスとして、先日は第3世代モデルが発表されたばかりだ。

 ハードウェアの構造的な面でいえばQuest 3もVision Proも大きくは違わない。しかし、それはキャビンに4つの車輪を付け、動力と操縦機構を付与すれば、それは自動車という同じカテゴリーに入りますよね? といっているようなものだ。

 Meta Questシリーズは、手軽に仮想現実へと没入する体験をもたらす意味で優れた製品だが、体験の質という面では妥協の産物としかいいようがない。もちろん、Vision Proも妥協はしているのだが、QuestシリーズはProも含めて利用シーンをあらかじめ定めた上で、価格とスペックを最適化し、技術的な困難に立ち向かうというよりも、どのように困難を避けて使える道具にするかに挑戦している。コンシューマー向けはゲームやコンテンツ視聴を、業務向けはメタバースを通じた新しい働き方、プロジェクトの進め方の提案に絞り込んでいる。

 これに対してVision Proは、あくまでも汎用のコンピュータを目指している。Questシリーズが実現しようとしている世界観も包含しているが、それはアップルが“空間コンピューティング“と表現しているもののごく一部でしかない。

 個人向けのQuestシリーズは視覚を乗っ取り、仮想世界へと引き寄せて楽しませる驚きのエンターテインメント体験をもたらしてはくれるが、汎用的なコンピューティングの基盤ではない。これはオンラインコミュニケーションの質を高めることで、仕事のスタイルを刷新しようしているQuest Proも同じだと思う。

 一方Vision Proは、この種のデバイスにあるさまざまな制約を乗り越えて、さまざまな用途に用いることが可能な汎用のコンピュータデバイスにすることを目指している。アップルがそう話しているわけではないが、“空間コンピュータ”という名称を含め、そのように強く感じさせるのだ。

 これはコンピュータを個人のものにしたApple II、個人向けコンピュータを持ち歩けるものにしたDynabook、手のひらの上で操れるものにしたiPhoneなどと同様に、パーソナルコンピューティングの新しい形、コンピュータと人間の新しいインタラクションの定義に挑戦している。

 どちらが良いということではなく、よく似た手法ではあるものの、目指している方向や場所が異なる。あるいは最終目的地は同じでも、その経路が異なるといえばいいだろうか。

妥協なしにMixed Realityに挑戦したVision Pro

 もちろん、アップルとて魔法のように感じる製品は作れても、本当に魔法を使えるわけではない。しかしVision Proでは驚くほど多くの技術とそれをまとめ上げる綿密な開発努力の末に、魔法のように感じられる新しいコンピュータジャンルへの扉をひらいた。要素技術の全てをアップルが持っているわけではない。

 しかし、調達するコスト、それを使いこなすための困難を乗り越えられたのは、一切の妥協をしなかったからだろう。妥協せずに挑戦できる環境がアップルにはあったからだ、といえば簡単だが、やり遂げる困難は決して低いものではなかったはずだ。

 Vision Proには、ほぼ間違いなくソニーが研究開発していた1インチサイズで4K解像度のOLEDディスプレイを実現したマイクロOLEDデバイスが採用されている。一般的なVRヘッドセットに使われるディスプレイの3~4倍の画素数だ。

 この解像度を持つマイクロOLEDは、実はソニー以外も開発を目指していたが、さまざまな困難からなかなか実現できずにいた。それがやっと製品に組み込まれるようになるのが来年なのだ。その成果は目覚ましいもので、画素間のメッシュはもちろんだが、そもそも画素の存在を感じさせない滑らかさだ。当然ながらギザギザの輪郭などとは無縁である。

 当然ながら高価なデバイスだが、単にデバイスの単価が高いだけではない。

 これだけの画素に高品位なグラフィックスを表示するには、当然ながら大きなグラフィックスパワーが必要だ。それも独自のMac用SoCのM2を使えばクリアできるだろうが、単に高性能な半導体があれば実現できるものではない。Vision Proが目指しているのはVRゴーグルではないからだ。

 現実空間と仮想空間を融合させた視覚をユーザーに与える、妥協のないMR(Mixed Reality)パーソナルコンピュータを作るには、さらなる難関がある。

現実空間の再現をたやすく(?)実現

 MRを実現するには、まず現実空間を取り込んで3Dデータ化しなければならない。現実空間をデジタイズしたデータと、仮想空間に描く情報をミックスしなければ、MRにはならないからだ。

 しかし現在あるデバイスで、現実空間を高いリアリティーで達成できているものは皆無だ。外部の様子をカメラで伺うことはできるが、実際に目で見た場合の視野とはまるで異なるものになっているからだ。

 自分の腕は真っすぐ見えず、机はゆがみ、距離感も大きさも現実離れしている。外で何が起きているかは把握できるものの、現実の視野との乖離が激しく、その映像を頼りに自信を持って行動することはできない。ましてや、その映像と仮想空間のグラフィックスを正確に重ね合わせることなど、とてもではないが想像できない。

 ところがVision Proは、ものの見事に外の世界をデジタル化し、そのディスプレイで再現してしまっている。現実の視野と近い体験というのは、何も知らなければ当たり前と感じるものだが、そもそも当たり前のように見えることが驚きだ。

 現実の視野との乖離(かいり)が小さいため、装着したまま自信を持って行動し、テーブルの上にあるステーショナリーを手に取ったり、コーヒーカップを持ち上げて飲むこともできる。

 このように現実空間と映像との乖離を小さくした上で、さらに仮想空間の重ね合わせの精度は実に高く、さらに4Kディスプレイを2枚使ったシルキータッチで滑らかなデジタル感が少ない映像と共に描かれるのだから、体験としてのレベルはまったく違う。と結論づけたいが、まだまだ驚きは多い。

 Vision Proは空間オーディオ技術を用いることで、仮想空間の音も立体的に表現することができる。例えば空間の中にビデオ通信でコミュニケートする相手の顔が映し出されたなら、会話相手の声はその映像の位置から聞こえる。その再現性は高く、自分が歩いたり、頭を動かしたことで仮想空間の映像との位置関係が変化したとしても、完全に追従してくれる。

 そしてダメを押すのが、そのレイテンシ(遅延時間)の少なさだ。頭を動かしたり、歩いたりした際に自分の動きと視覚の時差が激しいと、極めて不快で車酔いのような症状を起こすこともあるが、Vision Proではその時差、いわゆるレイテンシを意識させない程度に抑え込まれている。

 このレイテンシの少なさのおかげで、Vision Proによって与えられる現実空間と仮想空間の映像と音を頼りに、実際に行動を起こすことができる。

制約のない空間コンピューティングへの入り口

 長々とVision Proを絶賛しているように思うだろうが、筆者は決して手放しで絶賛したいと思っているわけではない。しかしながら、従来のよく似たアプローチの製品とは、制約を取り払う問題解決に対する詰めが全く異なっていることは知っておいてほしい。

 例えば、MetaのQuestシリーズは仮想現実を体験するデバイスとして適しており、新製品のQuest 3はその性能や品質を大きく高めたものになるだろう。ビジネス用途を意識したQuest Proについても大きな違いはない。

 しかし外の世界を見ることが可能なパススルー機能は備えていたとしても、それは利便性のためであってMRとはいえない。それらしく見えたとしても、現実の視野に近づき、気にならないほどにレイテンシを下げるためには、特別な設計が必要になってくる。

 アップルはそのために、R1というチップをカスタムでデザインした。12個のカメラと5つのセンサー、6つのマイクから随時得られる情報を受け付け、並列に、的確に処理してリアルタイムに現実空間をデジタイズする。装着感や滑らかで画素を意識させない高精細な映像は最低限のベースラインだが、さらにリアルとバーチャルを同期させるために可能な限りの仕掛けを施したのだ。

 おそらく、多くの人はまだこれまでのVR、ARヘッドセットとの本質的な違いについて想像できていないのではないだろうか。実は筆者自信、このデバイスを実際に使うまで、ここまで“Vision“をコンピュータの支配下で操れるとは想像できていなかった。

 Meta Questシリーズのように、没入したゲーム体験や映像視聴も可能ではあるが、たとえQuestが進化したとしても、ゲームのグラフィックスが向上し、映像の品質が高まる“だけ”だろう。もちろん、価格を考えればそれも素晴らしい成果だ。

 しかし、Vision Proが目指したのは特定のコンテンツ体験を高めたり、オンラインでの共同作業を高品質にするといったものではない。現実空間の中(もちろん没入できる仮想空間に入ることも可能だが)に、コンピュータとインタラクションできるパネルやオブジェクトを重畳し、コンピューティングと現実空間を区別することなく扱えるようにする。

 開発者たちのアイデア次第で制約なく、空間にアプリケーションやサービスを実装できる新しいコンピューティング概念への入り口を作る。それこそがVision Proの目指したところではないか。数年後、あるいは10年後、私たちはあの時こそが、コンピューティングの歴史における転換点の一つだったと振り返ることになるだろう。

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