気球で「宇宙遊覧」体験 世界初への挑戦、課題は

気球で「宇宙遊覧」体験 世界初への挑戦、課題は

実現すれば世界初となる気球による「宇宙遊覧」体験旅行が、年内にも北海道から始まる。航空機が飛ぶ高さの約2・5倍、高度25キロの成層圏まで上昇し、青い地球と漆黒の宇宙を眺めるフライトだ。募集中の第1期は1人2400万円だが、将来的には100万円台、つまり199万円以下まで引き下げることにより、宇宙を「民主化」したいという壮大な事業。それは青年が幼いころ読んだ一冊の絵本から始まった。

■マイナス80度の世界

企画したのは札幌市のスタートアップ(新興企業)「岩谷(いわや)技研」。空気より軽いヘリウムガスの浮力により、気球を高高度まで上昇させる技術を開発した。

体験旅行は、高さ41メートルの気球に球体のキャビンをつり下げ、操縦士1人と乗客1人の計2人が搭乗。北海道の十勝地方を離陸し、約2時間かけて高さ約2万5千メートルの成層圏へ向かう。滞在時間は約1時間。直径1・5メートルのキャビンは前面いっぱいにドーム形の窓が備えられている。

成層圏は大気圏の一部で、その外側の地上100キロに宇宙空間が広がる。高度25キロまで上がると、地球の丸さと宇宙の暗闇やきらめく星々を望めるという。

帰路は1時間ほどかけて下降。帰還は主に海面への着水を想定しており、事前のシミュレーションで解析された場所で出迎えのスタッフが待つ。

成層圏は気温マイナス約80度の世界だが、気密キャビンの内部は気温や気圧の変化の影響をほとんど受けないよう設計されており、また重力加速度(G)も地上と同じ「1」。宇宙飛行士のような特別な訓練も宇宙服も必要ないという。

■一冊の絵本から

同社の岩谷圭介社長(37)は福島県郡山市の出身。幼稚園のころ出会った『宇宙ステーション』(福音館書店)という絵本がきっかけで、宇宙へのあこがれを抱いたという。

絵本の文を担当したのは、ロケット科学者として知られた現宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所の長友信人(まこと)元教授。平成19年に70歳で死去し、この世にはいない。

岩谷さんはその後、北海道大工学部へ進学。ロケット技術を学んだが、「ロケットは非常に複雑で難しく、規模が大きいことがよく分かった」と振り返る。

自分の力で宇宙に関するプロジェクトを立ち上げたいと、平成23年、風船でカメラを打ち上げる「宇宙撮影」を始めた。翌年、高度30キロ地点から宇宙空間の写真撮影に成功。企業などから撮影依頼が相次ぎ、会社設立へつながった。

「多額の費用が必要なロケットの打ち上げと比べて、気球なら安全かつ安価で宇宙を目指せる」

同社の強みは、研究開発はもとより、気球やキャビンなどをすべて自社で製作しているところだ。

なぜ北海道なのか。岩谷さんは「北海道は、新しいチャレンジに寛容な土地柄」と説明。人口密度が少ないため、気球を打ち上げやすい土地が広がっており、北海道発の企業として、この大地から打ち上げたいという。

宇宙産業はフロンティアが広がる分野だ。岩谷さんは「さまざまな可能性を持つ企業とつながることで、日本の技術やサービスを世界へ向けて広げていきたい」と語り、新たな宇宙市場を開拓する企業へ協業を呼びかけている。まずは旅行大手のJTBが参画を決め、乗客の北海道への往復や滞在の手配を担う。

■課題は安心と費用

課題は、安全性に関するリスクコミュニケーションと、旅行費用。岩谷さんは2月下旬、東京都内で開いた記者発表会で「旅となれば、家族で、ほかの乗り物と同じくらい安心して行けることが必要であり、費用も非常に重要になる」と話した。

同社が調べた米航空宇宙局(NASA)やロシア、米運輸安全委員会のデータなどによると、それぞれの乗り物を100回運航して一度も事故を起こさない確率は、ロケットが4・8%なのに対し、自動車99・998%、飛行機99・999%、気球は99・992%という。

岩谷さんは「安全に宇宙と地球を眺めるなら、気球が最適な手段」と見定め、気球の打ち上げ実験を300回以上、自身を含む有人の飛行試験も10回程度重ねてきた。それでも「もしも」の時に備え、気球をパラシュートに変形させるなど4重の安全策を施すという。

■100キロ先の近未来

気球による同様の「宇宙遊覧」旅行は、米国の新興企業「スペースパースペクティブ」社も企画している。国内販売元である旅行大手エイチ・アイ・エス(HIS)子会社のサイトによると、乗客8人乗りの気球が、約6時間の飛行中に高度30キロまで上昇。初飛行は2024(令和6)年の後半に予定され、翌年と翌々年の料金は申込金を含め、15万ドル(約1980万円)と手配料55万円の計約2035万円としている。

岩谷技研の場合、5人を募集中の第1期は乗客1人乗りで、税込み2400万円。年内か今年度中の初飛行を予定しているが、今後、開発中という6人乗り程度のキャビンを実用化できれば、料金引き下げも視野に入る。

米国を中心に宇宙旅行ビジネスへ乗りだす企業が増え、2021(令和3)年に宇宙を訪れた乗客の数はプロの宇宙飛行士を上回ったといわれる。それでも、宇宙を体験できるのはいまのところ、一部の大金持ちに限られるのが現実だ。

岩谷さんは今後10年程度の見通しとして「20人乗りキャビンを開発できれば、1人100万円台、世界一周の船旅程度の費用で行けるようになる」と目標を語り、こう続けた。

「宇宙はすごく遠くにあるようだが、実はわずか100キロ先。誰でも宇宙へ行ける。誰でも宇宙へ関わることができる。そんな時代がもう開かれている」

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