「粒子加速器」を自作した猛者現る 「リビングの片隅で組み立てた」工学素人の“理論屋”が一から試行錯誤

「粒子加速器」を自作した猛者現る 「リビングの片隅で組み立てた」──工学素人の“理論屋”が一から試行錯誤

 電子や陽子などの荷電粒子を加速する「加速器」という名前を聞くと、日本なら高エネルギー加速器研究機構(KEK、茨城県つくば市)やSPring-8(兵庫県佐用郡)、海外なら欧州原子核研究機構(CERN)といった研究所・研究施設の大型実験機器を想像するかもしれない。

 そんな加速器を卓上サイズで再現した作品が、「Maker Faire Tokyo 2019」(東京ビッグサイト、8月3~4日)で展示されていた。

●何がどう動いている?

 この卓上サイズの加速器は「サイクロトロン」と呼ばれる種類の、陽子やイオンを渦巻状に加速する装置だ。どのように動作しているのか、展示のアシスタントをしていた理化学研究所の竹谷篤さんに聞いた。

 「中央の空間は真空になっています。この空間に、水素ガスを注入します。空間の中央にはフィラメントがあります。フィラメントに電流を流して暖めると、近くの水素ガスが電離して、電子と陽子に分かれます。半円状で中が空洞な『Deeステム』という真ちゅうの電極にマイナスの電圧を掛けると、陽子はプラスの電荷なので引き寄せられます」(竹谷さん)

 「空間の下には磁石があるので、ここには磁場があります。磁場の中を荷電粒子が動くため、『フレミングの左手の法則』(ローレンツ力)で陽子はDeeステムの中を半周回ります。陽子がDeeステムから出ていく際にDeeステムをプラスにすると今度は陽子が反発して残りの半周を回ります。引き寄せて、反発させて、引き寄せて、反発させて……と繰り返すうちに陽子の速度が上がり、渦巻状に軌道が大きくなっていきます。このように加速した陽子が検出用の金属棒にぶつかると、電流となるため測定機器が検知できます」(同)

 竹谷さんは、「大型の加速器も原理はこれと全く同じ」という。

●“理論畑”の出身 工学を知らず設計や機材選びに紆余曲折「だがそれがいい」

 加速器を作ったのは、高梨宇宙(たかおき)さん。学生時代には理論物理学(素粒子論)を学んでいたが、実験に関する教育は受けていなかった。「目の前で動くものが欲しかったので、自分で作りました」という。作ること自体が目的のため、作った加速器は何か実験に使えるものではないとしている。

 工学に関する知識がなかったため、完全に手探りで製作を進めた。核となる真空チャンバー部分は自身で設計し、業者に発注しようとしたが、「個人でこんなもの作らないだろう」と怪しまれ、なかなか受けてくれるところが見つからなかった。

 そんな中でも説明を聞いてくれる業者が見つかったため、なんとか発注できた。しかし、製造後に設計ミスに気付いた。真空用のフランジ(パイプの継ぎ手)として業界ではよく使われている規格とは別のもので設計してしまっていた。

 フィラメントにはタングステン線を用いている。0.8ミリ径の銅線に0.45ミリの穴を開け、タングステン線を通している。精密な作業であることから、時計修理用のルーペで拡大しながら手作業で行った。「フィラメントは実験中に焼き切れてしまうこともあります」と高梨さん。展示しているものも、本来は通電して赤く光る様子を見せたかったが、展示当日に焼き切れてしまったのだという。

 周辺機材をそろえるのも苦労した。主に「Yahoo!オークション」や「eBay」で中古品を安く手に入れたが、機材の中には「うまくシステムに合わないものもありました」(高梨さん)。

 加速器の稼働にはどのような機材が必要なのか、インターネットで論文を参照したり、メーカーのカタログを見たりして探していたが、アマチュア無線に詳しい知人に相談すると「こんな機材がある」と紹介された。システムにぴったりだったためすぐに導入した。

 「工学のことを知らないため、この形になるまでかなり紆余曲折がありました。失敗したこともありましたが、自分で設計し、製作して稼働までできたため、目標は達成できました」と高梨さんは語る。

誰もやっていないことをやるのが楽しい

 この種の実験機器の自作というと、「高校生が核融合炉を作った」というニュースが思い起こされるが、高梨さんは「核融合炉は作り方がネット上でまとめられているため、あまり面白くありません」という。

 「情報がない中で試行錯誤して、ほとんど誰もやっていないことをやるのが楽しい」(高梨さん)。記者が「その分苦労も多いのでは」と聞くと、「そこが楽しいんじゃないですか。そういう人たちばかりですよね、ここ(Maker Faire)は」と笑って応えた。

 制作費用は約30万円だという。真空チャンバーが約10万円、磁場となる磁石が15万円、周辺機材が残りの費用といった具合だ。

 「これだけお金がかかったので貧乏です。その分楽しんでいますけどね」(高梨さん)

●リビングの片隅に積まれる機材の山 家族は「慣れた」

 高梨さんは、「(製作以外で)一番大変なのは家族を説得することでした」という。機材を全てリビングに置いているからだ。

 「鉄道のおもちゃで遊んでいるようなもの。1.5×1.5平方メートルくらいの面積を確実に取ります。そこにさまざまなケーブルもあります」と、リビングの片隅が“カオス”になっている様子を語る。

 家族の説得にはなんとか成功し、今では家族も平気で機材をまたいで歩いているそうだ。機材を誤って蹴ってしまうような事故はまだ起きていないという。

2台目を作る計画も

 高梨さんは、加速器2号機として、粒子を真っすぐ加速させる「線形加速器」を作る計画を進めているという。

 「家族も現状に慣れてきたので、おそらく1台増えたところで分からないのではないかと」──。

●工学部や高専の教材にならないか思案中

 高梨さんが加速器を自作したのは、あくまで「自身が作りたかったから」だが、この経験を研究者や科学者の教育に生かせるのではないかと考えている。

 「加速器の製作には、高周波、磁石、真空、ガス、高電圧などを使います。学科でいえば電気工学科、機械工学科、電子情報学科など多岐にわたるため、総合的な勉強ができます。総合的に工学を学ぶ教材として、加速器はすごく面白いのではないでしょうか」(高梨さん)

 安全面についても問題はないという。「与えているエネルギーが低いため、放射線は出ません。水素ガスもカセットコンロのボンベのような小さなもので供給しています。人に害を与えるよりも、フィラメントが焼き切れたり、回路がショートして焼けたり、ガラスが割れたりして機材が壊れることの方が多いでしょう」(同)と見ている。

 知り合いの高等専門学校の先生に紹介したが、教材としては費用がかさむため「なかなかいい返事がもらえない」という。

 「物理学者のリチャード・ファインマンさんが、MITからプリンストン大学へ進学したときに感動したというエピソードがあります。MITには大きくてきれいな加速器がありましたが、プリンストンには研究室内に小さなサイクロトロンがあって、研究者たち自身が手作業で作っていたからです。手を動かして動作原理を理解できる環境だったから、プリンストンから多くの成果が出たという話です」(高梨さん)

 「今はそこから新たな知見が生まれる時代ではないかもしれませんが、研究者や技術者を育てるという意味では、小さな環境で全てに触れられるというのもいいのではないでしょうか」(同)

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