「揺れないクルマ」を実現、業界を革新するMIT発スタートアップ
3月28日と29日の両日にわたり、東京ビッグサイトで開催されたスタートアップイベント「Slush Tokyo 2018」。2日目のメインステージで最も革新的な技術とビジョンをプレゼンしたのがClearMotion社のシャキール・アバダニCEOだ。
アバダニ氏は「試乗した方はみな、もう以前のクルマには戻れないと言う」と、この革新的な技術について、自信を隠さない。
MIT(マサチューセッツ工科大学)発のスタートアップClearMotionが、自動車業界が何千億円投じても叶えられなかった夢の技術を発表し、1億8000万ドル(約200億円)を調達したのは2017年。ブリヂストンも資本参加し、共同開発を始めているという。
業界に知られぬようステルス戦略で開発
では、ClearMotionの技術の何が革新的なのだろうか? このスタートアップはどんなビジョンを描いているのだろうか?
ClearMotionの技術を簡単に言えば、ほとんど揺れないクルマを実現するサスペンションだ。高感度センサーとコンピューティング・パワーにより瞬時に反応して、ソフトウェアが独自の機構のハードウェアを制御する、超アクティブなシャーシー・システムをClearMotionは開発した。
2012年に日本で新幹線の乗り心地に感動し、「これを乗用車で実現する!」と決めたアバダニ氏だが、当時は本当に技術を完成できるかどうか、わからなかったという。
慎重で保守的な自動車業界には完成するまで知られるわけにはいかない、と5年近くのステルス戦略をとり、2016年11月にシャンパンタワーをこぼさずに走るクルマのYouTube動画を公開して、その技術の凄さを披露した。
2017年1月には、業界ではベテランのフィアット・クライスラー社のジープのチーフ・エンジニアを迎え入れ、商用製品の量産化に向けたロードマップを整備、同年1-2月には1億3000万ドル調達して体制を拡充し、機能・コスト・信頼性などをクリアした製品を同年末までに完成させた。
揺れを抑えれば経済効果も絶大
揺れないクルマなんてつまらないとお思いの運転好きの方もいるだろうが、後部座席に座る人にとっては安定して揺れない方が心地よい。自動運転が増えれば、運転手も乗客となり、心地よさのニーズはより高まる。
車内の揺れが抑えられれば、オフィスと同じように文字を読んだり作業をしたり、生産的に時間を使えるようになる。その経済効果は絶大だ。それどころか、現在はトラック運転手や軍関係者などにクルマの揺れによる腰痛など健康被害が多いのが実情だ。
もちろん自動車業界も長年この課題に取り組んできた。しかし、コスト、大きさ・重さ、消費電力の問題を解決して、かつ機能性とパフォーマンスを満たした技術はついぞ現れなかった。技術的に困難であり、さらには過酷な使用条件での信頼性・耐久性をもクリアしなければならない。
ClearMotionのシステムは、低コストなメカトロニクスのハードをソフトで制御し、従来の技術を劇的に上回る5ミリ秒以内の反応時間で路面状況に対応する。ソフトが絶えず問いかけ、ヘッドフォンのノイズキャンセルのように問題を即時に消していく。ClearMotionの製品は、高級車の同種のパーツを若干上回る程度にコストを抑えられるという。
このシステムで、クルマの安全性を高めることも可能だ。急ブレーキ時に車載カメラと連動することで、バンパー同士をぶつけるよう高さを変えるなど、衝突前に車体ポジションを調整できる。
搭載モデル発売も射程距離に
この画期的な技術を開発したClearMotionの将来的な展望は、これに留まらない。次の3つを見据えて、さらに研究開発に取り組んでいる。
1. ロード・データ
すでに驚くほど揺れを低減できるClearMotionの技術だが、さらに進化させるべく、路面データの活用をもくろんでいる。ClearMotionのシステム搭載のクルマの走行とセンサーのデータを吸い上げるクラウドソーシングにより、20センチのメッシュで路面マップをつくる。これをソフトに反映できれば、システム制御をさらに進化させられる。
そして、この路面データで都市インフラ整備に貢献することも考えている。路面状況データの数学的モデリングにより、修復・工事のコストを最小化できる。例えば、これ以上悪化すると工事コストが大幅にアップする箇所を、その前に着手すれば費用は節約できる。あるいは工事の優先順位をつけやすくなるのだ。
2. タイヤ・トゥ・ヒューマン
クルマはまずタイヤから外部と接し、さまざまな要素を経て人へとつながる。窓からの振動なども含め、インパクト・チェーンとも言うべきこのプロセスをトータルに研究する。同時に、ポリマー研究や材料のテストなど技術開発に取り組む。これはブリヂストンとも共同研究している。
また、人が揺れをどう感じるか。例えば、揺れるクルマの中で文字を読むと眼球がそれを追うことで車酔いする。これを解き明かせば、車酔いにフォーカスした制御ができる。その他にもいくつかの目的に応じたモードを設けることで、ユーザーがベストな制御モードを選べるようになる。
3. フル・キャンセレーション
卓越したClearMotionの技術でも、まだ完全ではない。フル・キャンセレーション、つまり揺れを完全に制御し、乗車体験をさらにレベルアップするべく、上記の2つだけでない新しいテーマにチャレンジしている。
例えば、アクティブ・シーティング。オーディオ機器で有名なBOSEから、すでに米国で2万5千台のトラックに装備されている座席制御を提供する自動車用モーションコントロール部門を買収し、ClearMotionのシステムへの統合を考えている。乗車体験をさらにレベルアップできるだろう。
ClearMotionは、いまや200名のチームで攻めに打って出ており、自動車関係各社と商品化と開発の議論を続けている。この夏には日本企業ともう2社の連携を発表する予定だ。
すでにClearMotionの革新的技術を搭載した完成車の第1号モデル発売に向けて着々とことは進んでいるという。来年、ボストンで年3万台分の生産ラインを立ち上げ、翌年には生産キャパを大幅に増強する。
これらの研究開発や生産体制のため、さらに年内に前回を上回る大型の資金調達を計画しているという。シャキール・アバダニ氏とClearMotionの今後の挑戦に期待したい。
