トウモロコシでもハチミツでもない…ヒグマが思わず「箱わな」に飛び込んでしまう意外なエサの名前

トウモロコシでもハチミツでもない…ヒグマが思わず「箱わな」に飛び込んでしまう意外なエサの名前

猟銃によるヒグマの捕獲は、原則的に日中のみ。夜間に出没する個体には「箱わな」を用いることが多い。獣医師でありハンターでもある石名坂豪さんは「箱わなで捕獲する際は、ヒグマが好む餌を仕掛けることが重要になる」という――。

 ※本稿は、石名坂豪『熊害(ゆうがい):獣医師ハンターが見たリアル』(NHK出版)の一部を再編集したものです。

■箱わな捕獲のメリットとデメリット

 猟銃によるヒグマの捕獲は、鳥獣法(正式名称:鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律)に基づく制限によって、原則として日中(暦上の日の出〜日の入)にしか実施することができない。

 ヒグマを猟銃で夜間に合法的に捕獲可能とするためには、警察官職務執行法第四条に基づく警察官からの発砲命令をその場に居合わせたハンターに対して出してもらうか、鳥獣法第三十四条の緊急銃猟を、事前に夜間銃猟の資格を得ていたハンター(捕獲者)に市町村長が委託するなど、極めて特殊な手続きが必要である。したがって日常的に活用可能な仕組みとは言いがたい。

 そのため、夜間にのみ出現して各種の被害をもたらすような個体を捕獲したい場合は、箱わなの設置が一般的に選択される。しかし、箱わなでヒグマを捕獲するためには、まずは箱わなの内部までヒグマに進入してもらわないといけない。そのため、警戒心の強い個体が相手の場合は非常に苦労することになる。

■ヒグマにはそれぞれ食物の好みがある

 ヒグマには犬並みかそれ以上の個性があり、食物の好みや特定の食物に対する執着度合いの個体差が大きい。さらに同じ個体であっても季節により、あるいは年によって執着度や箱わなへの警戒心が変化することがある。

 それらに応じて各地のハンターは、捕獲対象個体に合わせてさまざまな工夫を懸命に行っているわけだが、共通して留意すべき事項としては、箱わなをしっかり固定すること、箱わなの奥行きを少し長めに設計すること、捕獲対象個体がその時点で執着している食物か、その執着を上回る嗜好性を有する食物を誘引餌として使用すること、当該地域のヒグマがふだん口にする機会がないような種類の人為的食物は誘引餌やまき餌として使用せず、新たな人為的食物の味をヒグマに覚えさせないことなどが挙げられる。

 ヒグマは誘引餌のニオイに誘われて箱わなに近づくと、まずは箱わなの外側から、内部の餌を取ろうとする傾向がある。その際、箱わなに手をかけて揺さぶったり、わなの下の地面を大規模に掘って下から餌を取れないか模索したりする。そのため、設置した箱わなを長い鉄ピンやL型鉄杭、スチール単管、番線などでしっかり固定していないと、強大なパワーを持つヒグマによって箱わなを転がされることになる。実際に私は、大人の男性6人がかりで苦労して運んだ箱わなを、固定が甘かったために一晩で30メートルくらいヒグマに吹き飛ばされた事例を羅臼町で経験している。

■トラップ・シャイなヒグマを作る要因

 道東の一部の市町村では1トンを超えそうな非常に巨大な箱わなを使用している。そのような箱わなであれば固定が多少甘くても自重だけでおそらく大丈夫であるが、巨大な箱わなは運搬にクレーン付きのトラックが必要となるため、設置可能な場所が大型トラックで進入可能な場所に限定されてしまい、機動力に劣る。一方、運搬しやすいサイズや重量の箱わなは、連結式でない限りは奥行きが短すぎる傾向がある。

 ヒグマが警戒しながら箱わな内の誘引餌を食べようとする時、伏せて体を大きく伸ばし、箱わなの落とし扉より外側の位置になるべく下半身を残しながら、前肢を伸ばして餌を取ろうとする。この時に踏み板やトリガーにヒグマが触れて扉が落下すると、尻や後肢に扉が当たって完全に閉鎖されず、ヒグマはズリズリと外に這い出ることができる。

 そして、扉が当たって痛い思いをした、いわゆる「ギロチン」を味わったヒグマは、以後余計に箱わな内部への進入をためらうようになる。専門用語を使うと、「トラップ・シャイ」なヒグマを作り出してしまうのである。

■箱わなは縦や横よりも奥行きが重要

 箱わなの奥行きがヒグマの体サイズに対して十分に長ければ、このようなことは起きにくい。そのため箱わなは奥行きの設計が縦や横のサイズよりも重要なのである。

 ちなみに体重350キログラムの大型オス成獣では、四肢で起立して首を前方に伸ばしている状態の鼻先(吻端)から尾の付け根(尻)までの長さ(ヒグマの正式な体長)が約2メートルであり、二本足で人間のように立ち上がった時の頭の高さが約2.7メートルである。

 踏み板やトリガーは当然箱わなの最奥部より手前になるため、その分のマージンを考慮すると、箱わなの奥行きは、大型オス成獣も狙うならば3メートル、メス成獣サイズ(体重80〜150キログラム・体長約1.5メートル)を中心に狙うとしても、2.5メートルは欲しいところである。すなわち奥行きの理想は2.5〜3.0メートルとなるが、この長さだと軽トラックの荷台には載らないため、連結式にするなどの工夫が必要となる。

 いずれにしても狭い地域でギロチンを頻発させてトラップ・シャイなヒグマばかりにしてしまうと、夜ばかり出てきて銃では獲れない、でも箱わなでも獲れないという完全に手詰まりな状況に陥ってしまうため、要注意である。

■ヒグマにとって最も魅力的な誘引餌

 箱わなで使用する誘引餌については、前述のように捕獲対象個体がその時点で執着している食物か、その執着を上回る嗜好性を有する食物を使用することがポイントである。たとえば、デントコーン畑に被害を出しているヒグマを捕獲するために箱わなを設置した場合、わな内の誘引餌にデントコーンを混ぜるのはよいが、それだけでは周囲に大量に同じものがあるため、ヒグマに箱わな内部まで進入させるための魅力には欠ける。他の農作物は、後述するように当たり外れがある。

 現在の北海道では、ヒグマが口にする機会が比較的多い上に彼らにとって消化しやすく栄養価の高いエゾシカが、最も魅力的な誘引餌の一つである。さらにエゾシカの肉(骨付きのモモ肉など)に加えて内臓も使用すれば、強烈な臭気も作用して誘引力が強まる。ただし、内臓はプラスチックの浅い箱に入れて、その箱を針金でわなの鉄格子(鉄筋)に固定するなどしないと、箱わなが汚れやすい。

 ところで、ヒグマには地域によって「食文化」のようなものがあり、他の地域でよく食べられている農作物などであっても、ある地域ではヒグマが食物として認識していないように見えることがある。たとえば斜里町の農地では、かつてニンジンのヒグマ被害が頻発したためにニンジンの作付面積が一時激減したが、年数が経過してから再度作付面積が増加しても、すぐには被害が増加しなかった事例がある。また道南ではヒグマが山菜のギョウジャニンニク(アイヌネギ・キトピロ)を食べるようだが、知床半島ではヒグマが食べているのを、少なくとも私は見たことがない。

■「親子グマ」への対応には注意が必要

 箱わなは夜間もヒグマを捕獲しやすく、捕獲対象個体から逆襲を受けるリスクが銃猟よりも低いのが利点であるが、捕獲する個体を選びにくい(非選択的捕獲)という欠点がある。特定の問題個体を捕獲する前に、無関係の個体を延々と捕獲してしまうことがあるのだ。ただしこのような特性は、ヒグマ個体群の保護が重視されていた時代には非常に問題視されたが、政府が「クマ被害対策ロードマップ」を発表し、現状よりヒグマの個体数を減少させる方針を明確に打ち出している現在(2026年)では、以前ほど気にする必要はないと私は考えている。

 箱わなによるヒグマ捕獲で、安全管理上最も気を付けなければいけないことは、親子グマへの対応である。親子の子グマだけ捕獲してしまった場合、箱わなの見回りなどで人間が接近すると、わなの外にいる母グマから激しい威嚇や攻撃を受ける可能性がある。そのようなリスクを常に考慮し、箱わなの見回りや誘引餌入れ替えなどのメンテナンス作業実施時には、必ず猟銃を持参するべきである。

 また、箱わなの周囲も見える位置に通信機能付きの自動撮影カメラを1〜2台設置し、見回り前に画像を確認しておくようにするとよい。現地の状況を事前に把握でき、さらにリスクを下げることができる。

 2010年代の前半頃までは、自動撮影カメラはあっても通信機能付きの製品はまだ普及していなかった。そのため箱わな周囲の状況が不明なまま、毎日かなり緊張しながら巡回をしていた。補助的な道具としては、せいぜい落とし扉にヒモでつないだ無線の発信器くらいしかなく、扉が落下しているかどうかくらいしか、事前の情報としてはわからなかった。今は現地の状況が、ある程度まで電子メールの添付画像で即座にわかってしまう。通信機能付きの自動撮影カメラは未だにやや高価ではあるが、便利な道具が普及したものである。

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