「米国のAI」も「中国のAI」も存在しない
「米国の」人工知能(AI)などというものは存在しない。「中国の」AIなるものについても同じことが言える。
実際には、米国と中国の間では優秀な技術人材が驚くほど入り混じっており、彼らの多くはAIの飛躍的な進歩を実現することに精力を注いでいる。大事なのは、現状を米中が通商戦争を繰り広げているというふうな対立構図で捉えないことだ。むしろ、中国人は米国拠点のAI開発を高く評価し、そこで働いてもいれば、米国人もまた中国発の技術構想を高く評価し、投資を通じてその発展を後押ししてきた。この事実にこそ注目すべきなのだ。
この主張を裏づける事例はたくさんあるが、中国の新興AI企業の一社である月之暗面(ムーンショットAI)を見てもいい。ワシントン・ポスト紙も最近報じているように、創業者の楊植麟(ヤン・ジーリン)は米国のカーネギーメロン大学で博士号を取得している。同社のAIモデルの「Kimi」という名前は彼の英語でのニックネームにちなむとされ、北京にある本社の会議室には米国のメタリカなど欧米の有名なロックバンドの名前が付けられている。これはほんの一例にすぎない。
AI投資に目を向けると、そこには「米国色」がはっきり認められる。中国のウェブサイト運営企業などを外国の投資家が所有することは禁止されているが、中国企業がケイマン諸島のような地域に持ち株会社を置き、その株式をオフショア市場で上場することは禁止されていない。2022年の著書『The Power Law(ザ・パワー・ロー)』の中で、著者のセバスチャン・マラビーは「中国のテクノロジーブームは相当な程度、米国の投資家によって形づくられたものだった」と書いている。まさにそのとおりだ。
だから、「中国の」テクノロジー企業は脅威をもたらすだとか、そうした企業の所有者は最終的には中国共産党に忠誠を誓うのではないかなどと、米国の政治家や論客が懸念を示すのを見ると、いつも首をかしげたくなる。こうした中国企業の所有者(株主)には、実のところ米国の投資家が含まれることが少なくない。たとえ、米国から直接資金が注がれているわけではないにしてもだ。言い換えれば、米国の資金はオフショア市場などを経由して、中国発の技術構想に流れ込んでいることが多いのだ。
中国製AIモデルの禁止に米企業約300社が反対
こうした事情を踏まえると、米国のドナルド・トランプ政権が7月、「国家安全保障」を最優先に掲げてムーンショットAIのような中国製AIモデルの禁止を検討したことは、滑稽だったとすら言える。もしこの保護主義的な措置が実現していれば、米国の投資家も影響を受けていたのはほぼ確実だ。付け加えておくと、ワシントン・ポストによればこの案には米国内の企業300社近くの連合が「声高に反対」した。
一方で、中国拠点のAI開発が、米国のAI分野が享受しているような潤沢な資金に恵まれておらず、したがって「コンピュート(計算資源)」も足りていないのはなお事実だ。再びワシントン・ポストの記事を引くと、その中でデービッド・リンチ記者は米シンクタンクの報告書を基に、米国は中国に対して「AIモデルの開発や試験、稼働に必要な処理能力の面で10倍優位にある」と書いている。こうした状況もまた、ワシントンと北京の政治的な思惑をはるかに超えて、米中のAI分野が深く結びついている理由を説明するものだ。
前回の記事で取り上げたように、カーネギー国際平和財団の中国専門シンクタンク、カーネギー・チャイナは最近の報告書で、AI分野の高度人材に関して「2025年に米国は研究者2145人の純増、中国は研究者1729人の純減だった」と明らかにしている。資本は人材を見いだし、人材は資本に引き寄せられるということだ。ただ、中国拠点のAI分野が成功するにつれて、中国への資金流入も増えていくだろうし、同時に中国の技術人材の間では自国にとどまることへの関心が高まっていくだろう。また、米国の技術人材が中国に移る事例も増えていくと見込まれる。カーネギー・チャイナによれば、中国国内に残る中国人AI研究者はすでに以前より増えている。結構なことだ。
AI分野の人材獲得競争は、米国の技術分野にとってプラスにはたらくはずだ。米国では、高度な技能職向け就労ビザ(査証)「H-1B」の保有者を含め、外国人労働者の扱いがさらに厳しくなり、彼らによる米国永住権(グリーンカード)の取得もだんだんと難しくなっているが、この競争はそうした状況を見直すきっかけになることが期待されるからだ。重ねて言えば、中国から米国に人材が流入し、それが米国拠点のAI分野を世界一にすることに貢献してきたのだ。
肝心な点は、中国の優秀な人材がいなければ米国のAI覇権は成り立たないということだ。逆に、米国の投資の才覚と潤沢な資金なければ、中国のAI覇権もないかもしれない。幸いにも、米国と中国は「AI戦争」をしているのではない。両国とも、相手側の存在がなければ自国でのAIの進歩は大きく阻害されているだろう。
