「サムスンが消えた」独IT見本市IFA 家電王国・日本の消滅と、中国“独り勝ち”の地殻変動
「サムスンのブースがない」
9月、ドイツ・ベルリンで開幕した欧州最大の家電見本市「IFA」。かつて「家電王国ニッポン」の旗印が躍り、近年はSamsung Electronics(韓国サムスン電子、以下サムスン)が巨大展示棟を占拠した会場から、それぞれが姿を消した。
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IFAの取材歴20年を迎えた筆者が目撃したのは、日韓の巨頭が去った広大な空間を、Xiaomi(シャオミ)やHaier(ハイアール)、さらには最高時速150キロで飛ぶ有人ドローンを引っ提げた中国新興勢が埋め尽くす地殻変動だ。
モーターや組み立ての精密さで勝った時代は終わり、生成AIやフィジカルAI、スマートグラス同盟を主導する中国勢が市場を席巻していく。蚊帳の外に置かれた日本メーカーに、再起の芽はあるのか。現地からレポートする。
メイン会場から消えたサムスン 「王者撤退」の裏に潜む地殻変動
IFAを初めて取材に訪れたのが2007年なので、今年でちょうど20年になる。
当時のIFAといえば、ソニーやパナソニック、東芝、シャープ、パイオニアなど日本の大手家電メーカーがずらりと軒を並べ「家電王国ニッポン」を象徴する国際見本市だった。ところがコロナ禍を機に日本企業はIFAから撤退し、今回はもっと驚くことが起きていた。
「あれ、サムスン電子のブースがない」
IFAでは開幕2日前から、出展する各社の記者会見が開かれる。その合間を縫って出展作業が進む展示会場を歩いてみると、これまで新展示棟の「シティーキューブ」を一棟借りしていたサムスン電子の巨大なブースがなくなっていたのだ。
会場は電動バイクやドローンなど次世代モビリティの展示に置き換わっていた。話を聞くと、サムスン電子は展示会場を市内に移し、IFAから撤退してしまったという。
慌てて日本や韓国のサムスン関係者に問い合わせ、会場を探り当てて訪ねてみた。入場できるのは取引関係者のみということで、ジャーナリストはお誘いがあった記者に限られていたが、交渉の末、何とか潜り込むことができた。
ただ展示会場はこれまでの2割程度のスペースしかなく、目新しい製品や技術は特に見当たらなかった。記者会見もわずか15分程度で、以前のような派手なパフォーマンスはなかった。
展示棟の幅44メートルの巨大広告も中国企業に
実は兆しは、以前からあった。
サムスンが一棟借りしていた展示棟の壁面には2024年まで同社が幅44メートルもの巨大な屋外広告を掲示していた。だが、2025年は中国家電メーカーの美的集団(ミデア)の広告に置き換わっていたからだ。
2014年に新しい展示棟がオープンした際、IFAの当時の主催団体、Messe Berlin(メッセ・ベルリン)とサムスンとの間で交わされた長期出展契約が終了したためで、2025年はブースの展示は残っていたが、2026年はそれも会場から消えてしまった。
米ラスベガスで開かれる世界最大のハイテク見本市「CES」でも、サムスンは2026年1月、出展場所をメインの展示会場から市内のホテルに移していた。ブランド力のある大手メーカーは、大勢の一般客が訪れる展示会場に出展して名前を売る必要がなく、商談ブースに取引関係者だけを招いた方が効率的だからだ。
これはかつてソニーなどが取っていた手法でもある。しかしIFAやCESの見本市から日本メーカーが撤退した後、サムスンが一番の花形企業だっただけに、姿を消したのは意外だった。
700万円の「空飛ぶ車」と進化する中国勢
新しいスターは、言うまでもなく中国の大手家電メーカーである。
これまでもIFAでは海信集団(ハイセンス)や海爾集団(ハイアール)、TCL科技集団、美的集団といった企業が大きなブースを構えていた。2026年は新たに小米集団(シャオミ)が巨大なブースを構え、電動スポーツカーやスマート家電などを展示していた。
ロボット掃除機などを販売する新興家電メーカーの追覓科技(ドリーミー)も展示面積を2倍に拡大し、モバイルバッテリーなどを手掛けるAnker Innovations (アンカー)もブースを大幅に拡張するなど、中国メーカーの存在感が格段に増していた。
新しい次世代モビリティのコーナーには、中国のEVメーカー、小鵬集団(シャオペン)が初めて出展し、人間が乗れる大型ドローン(eVTOL)やそれを運ぶための大型ミニバンEVの試作車を展示して話題を呼んでいた。
大型ドローンは2人乗りで、最高時速150キロで飛び、航続時間は30分という。今回2回目の出展という南京航空航天大学発の航空ベンチャー、酷飛(クールフライ)は1人乗りの有人ドローンを展示していた。価格は30万人民元(約700万円)で「すでに100台販売した」と最高経営責任者(CEO)の李偉(リー・ウェイ)氏は言う。
出展面積4割を占拠 EV・電動バイクまで飲み込む「中国主導」のリアル
電動バイクや電動スクーターも中国企業がリードしている。
「Segway」(セグウェイ)を買収したNinebot(ナインボット)やYadea(ヤディア)、NIU(ニウ)、Aotos(アウトス)といったメーカーだ。Aotosは2025年のIFAでは人間が乗れる機内持ち込みサイズの電動キャリーバッグを展示して、来場者の話題を集めた。
空港のコンコースなどを座って移動できるのが人気の理由だったが「バッテリー類の機内持ち込みが禁止されたことから、最近は電動バイクの方に力を入れている」とマネジャーのジアーチュン・リー氏は言う。
2026年のIFAには、前年より約100社多い2000社以上が出展し、中国勢はその半分以上を占めていた。「グローバル・マーケット」と呼ばれる中小企業向けの展示コーナーへの出展が多いことが背景にある。一方で中国の大手メーカーが巨大ブースを設けていることから、展示面積も4割近くが中国系企業の出展となっている。
台湾のPC大手、宏碁(エイサー)やディスプレイ大手の明基電通(BenQ)なども大規模なブースを構えていた。記者会見したエイサーの陳俊聖(ジェイソン・チェン)CEOは重さが799グラム、厚さが13ミリという超軽量PCを発表。中国本土の新興メーカーに対し、台湾の老舗メーカーの意地を見せていた。
独→日韓→中国へ 欧州市場を襲う「20年の輪廻」とパナの苦渋
「歴史は繰り返す」というが、欧州の家電ブランドといえば、昔はAEG(アー・エー・ゲー)やTELEFUNKEN(テレフンケン)、GRUNDIG(グルンディッヒ)、LOEWE(レーヴェ)といったドイツ企業が強かった。それを倒産に追い込んだのが日本や韓国のメーカーだった。
グルンディッヒは、今回のIFAに大きなブースを構えていたが、実際に展示しているのはグルンディッヒのブランドを保有するトルコのOEMメーカーのArcelik(アルチェリク)だ。日本の家電ブランドなどの製造を手掛けるトルコのOEMメーカー、VESTEL(ベステル)も巨大なブースを構えていたが、中国メーカーの追い上げに遭い、今回は撤退を余儀なくされてしまった。
では、日本の家電メーカーの出展はどうだったのか。かつての花形だったソニーはコロナ禍を機に展示ブースをやめ、現在は「クリエイター・ハブ」という主催団体の企画コーナーに取引関係者向けのクローズドなブースを構えているだけだ。
パナソニックは日本勢ではこれまで唯一、展示ブースを最後まで構えていた。だが残念ながら、今回のIFAで展示を断念した。取引関係者だけが入れる白い壁で囲まれた商談ブースを設け「Panasonic」のロゴだけを大きく掲示していた。台湾の鴻海精密工業の傘下にあるシャープは展示ブースを継続しているものの、液晶テレビ以外は電動バイクなど「SHARP」ブランドを冠した生活家電用品に替わっていた。
配信とAIが日本の強み「精密技術」を無効化した
取材を始めた時から、わずか20年でこれだけ出展企業が目まぐるしく変わった業界も珍しい。
背景にはインターネットやクラウド、スマートフォンといった新しいデジタル技術が登場し、家電市場の構造が大きく変わってしまったことが見逃せない。音響機器はレコードからCD、DVDへと進化したが、ディスクを機械的に回す仕組みは同じだった。それがインターネットによるオンライン配信になり、メモリから視聴するようになった途端、日本メーカーが得意としていたモーターや組み立ての技術は不要となってしまったのである。
さらに新しく登場したのが、生成AIだ。冷蔵庫や洗濯機などの白物家電もIFAの主要な展示分野だが、ハイアールやミデア、シャオミといった中国メーカーはそうした製品に最新のAI技術を搭載し、音声やスマートフォンなどでさまざまな操作をできるようにしている。単体の家電製品ではなく、家庭内の電気製品を統合的につなぐスマートホーム技術を世界でリードしているのは米Amazonや米Googleなどの米国企業と、ハイアールなどの中国企業となっている。
日本では安全性やプライバシーなどの規制が厳しく、家電メーカーや住宅設備メーカーも縦割りのため、ブランドを超えて家電製品を相互につなぐのが難しい。一方、中国は個人情報よりも利便性を重視しており、消費者が自ら自由に家電製品を接続できる機器や環境が整っている。IFAでもスマートホーム向けの無線接続装置や監視カメラ、音声認識装置などの展示は、アンカーや深セン緑米創想(Aqara)、沃安科技(SwitchBot)、普聯技術(TP-Link)といった中国企業が群を抜いて多い。
新しい技術分野で「中国企業の先行」許した韓国メーカー
実は日本メーカーが世界の家電市場を席巻したといわれた時代も、全ての分野で日本企業が世界シェアを握っていたわけではなかった。日本が強かったのはテレビやビデオカメラといった、いわゆる黒物家電で、静音設計やコンパクトさ、省エネなどが要求される白物家電は当時もガラパゴス状態にあった。
一方、韓国メーカーは輸出向けの家電製品を国内でも販売することで、白物家電の世界シェアを取りに行った。サムスンの成功はそうしたグローバル戦略とスマートフォンなどの新しいデジタル技術をいち早く取り込んだところにあった。
ところがEVやドローン、ヒューマノイドといった新しいデジタル技術が登場すると、韓国企業よりも中国企業の方が先に手を打ってしまった。かつての日本メーカーがそうだったように、サムスンも自らの技術力や優位性に慢心してしまったことが、今回の撤退につながったといえよう。
ライバルのLG電子は今も大きなブースを構え、家事労働を肩代わりしてくれるロボット「CLOiD」(クロイド)を展示していたものの、発売には至っていない。一方、低価格ヒューマノイドで知られる宇樹科技(Unitree)や智元机器人(Agibot)はヒューマノイドをそれぞれ1万台以上出荷している。
生成AIの登場でスマートグラスも大きな市場に 日本の「勝ち筋」は?
生成AIとの連携で注目される新しい製品が、会話の翻訳や検索データなどをレンズに表示できるスマートグラスだ。日本にも「Rokid」(ロキッド)や「XREAL」(エックスリアル)といった中国ブランドが入ってきている。
驚くことに中国では深センを中心に、スマートグラス関連の製品や部品を手掛ける100社近いメーカーが集まり「WAEA」(World AI Eyewear Alliance=世界AI眼鏡同盟)なる標準化団体を結成し、IFAにもブースを設けていた。中核メンバーはRokidやINMO(インモ)、TCLのRayNeo(レイネオ)などの中国企業で、シリコンバレーやベルリンの企業も参加している。残念ながらリストに日本企業の名前はなく、蚊帳の外に置かれている。
では、次の勝ち筋となる新しいデジタル技術とは何か。一つは紛れもなく「フィジカルAI」に違いない。放っておけば、また中国企業の独り勝ちになるのは目に見えている。そこに日本や韓国のメーカーはどんな手を打っていくのか。
サムスンでさえも撤退を迫られた欧州の家電市場やデジタル市場に日本企業が立ち向かっていくには新たな発想と心構えが必要だ。「VHS対ベータ」や「液晶対プラズマ」といった技術規格競争が日本メーカーを中心に展開されていた時代は、もはや遠い過去の話だ。蚊帳の外に置かれた日本メーカーが世界で一矢報いるためには過去の栄光を忘れ、新たなデジタル技術の開発に真正面から取り組むしか手立てはない。
