「じつは世界的にはあり得ない現象」…日本の田んぼで2000年もお米ができる秘密
ほとんど意識することなく毎日踏みつけている「土」は、じつは、想像以上に人間の生命と歴史に深く関わっている存在。
『土と生命の46億年史 土と進化の謎に迫る』の著者で、土を求めて世界各地を飛び回る土の研究者・藤井一至が、そんな土の「スゴさ」を語る。
なぜ日本の田んぼは2000年連作できているのか?
──現在、どのようなテーマで研究を進めているのでしょうか。
藤井 主にお米(イネ)と土壌の関係について調査をおこなっています。日本では2000年以上もの間、毎年同じ場所でお米が収穫されています。これは世界的に見て非常に珍しく不思議な現象です。
通常の畑作では連作障害が発生します。たとえば大豆の場合、同じ場所で栽培を続けると2年目には収穫量が半減し、3年目にはさらに激減していきます。そのため世界的には、2〜3種類の作物を順番に回していくのが一般的です。
かつてジャワ島の農民が隣のボルネオ島で水田作を試みたとき、イネは育つものの、最終的に穂の中身が空っぽになる現象が起きました。原因を調べると、ボルネオ島には「山」がなかったのです。
日本には必ず近くに山が存在し、山が風化して削られた栄養分が、川から平野部へ流れ込み、積もります。その溶け出した栄養が、イネの生育を支えているのです。山が存在しない、あるいは山があっても栄養を含まない土壌である場合、流れてくる水に栄養が不足し、実りません。
そのため、毎年実がなることは当たり前ではありません。現在、日本各地の用水路は、80代の地域住民が春先に泥上げをおこなうことで維持されています。そうした作業がおこなえなくなった地域でどのようにイネを育てるかを検証するため、温室で水の量を制限し、「この水量でも生き残れるか」という実験をおこなっています。
──日本の水田の歴史的価値についてどう捉えていますか。
藤井 日本は2000年かけて新田開発をおこなってきました。戦国大名たちの争いも、本質的には田んぼを広げて自国の民を養い、国力を高めるための施策でした。たとえば、現代のアフリカで水田を作ろうとした場合、そう簡単にはいきません。日本では2000年かかったわけですし、重機が充実しているとはいえ相当な時間を要します。日本が2000年かけた基盤を一度破壊してしまうと、再構築や修復は非常に困難です。
──水田を維持するための具体的なアプローチとは、どのようなものでしょうか。
藤井 水管理の方法によって発生するコストや環境負荷を、比較・可視化する研究をおこなっています。水田に水を張り続けると酸素が遮断され、メタンガスという温室効果ガスが発生します。一方で、水を使わない栽培をおこなうと土壌が酸素に触れて酸化し、有機物が分解・劣化しやすくなります。その結果、牛糞などの堆肥を補うコストや、雑草・病虫害対策の農薬コストが増加します。
従来のように用水路をしっかり維持管理するコストと、節水栽培に伴う追加肥料等のコストのどちらが適正かを数字で明確にし、農家が選択できるようにすることが目的です。
地球の肥沃な土は「わずか11%」しかない
──世界の土壌環境と日本の強みについて教えてください。
藤井 全陸地面積のうち、肥沃な土壌が集積している地域はわずか11%に過ぎず、そこで世界の食料の8割が生産されていると言われています。しかし、その11%の土地では過度な地下水汲み上げや土壌劣化が進んでおり、持続可能ではありません。今後は残り89%の環境でも収穫できる品種や技術へのシフトが必要です。
日本の水田の優れた点は、肥料を与えなくても通常の半分程度は収穫できる強さにあります。雨が多く、暑く、雑草や害虫も多い環境ですが、生物全体の活性が高く、それらの死骸が新たな土となるサイクルが完成しているからです。
──今後の食料生産に対する考え方をお聞かせください。
藤井 人口減少や農村の高齢化が進むなか、将来的には3〜4人で100ヘクタール規模の大規模農業を管理する時代が到来する可能性があります。大規模化によって収益が確保できれば、新たに農業を志す人も増えるはずです。
また、水や山の恵みによって毎年お米が作れる日本の環境は恵まれていますが、それが未来永劫続く保証はありません。日常的に土や食料生産に関心を持ち、「いざとなれば自分の食べる分は自分で作れる」という知識や技術、感覚を持っておくことが、巡り巡って食料資源の価値を理解することにつながります。
──今後、人間が土と共に生きていくための理想の形とは、どのようなものでしょうか。
藤井 綺麗ごとのようなものはないと考えています。私自身、雑草が生えてくればコンクリートで固めてしまいたいと思うことがあります。しかし、人間が食べるものの95%以上は土から来ていると言われているため、土を完全に遮断することは不可能です。また、すべてを固めれば洪水が発生します。土は非常に高機能なのです。
──人間の死生観と土の関係についてどう思われますか。
藤井 私は死後に「土に還りたい」とは思いません。海に撒いてほしいと考えています。人間に含まれる塩分(ナトリウム)は植物にとって塩害となるため、土に還しても植物が喜ぶか自信がないからです。海であれば塩分があるため問題ありません。土に還すのであれば、雨にさらしてナトリウムを抜くなどの配慮が必要になります。
子供の頃の純粋な泥遊びのように、シンプルに「土があったほうが楽しい」というポジティブな感覚を持つことが大切だと考えます。
