なぜホンダと日産は「統合破談」の後に動いたのか? 搭載目標は2029年度! 両社の開発現場で何が変わるのか――次世代車開発の新局面とは
日産ホンダが挑む水平分業への転換
2026年8月31日、ホンダと日産自動車は次世代ソフトウェア定義車両(SDV)の中核となる電子制御ユニット(ECU)や車載OS、ミドルウェア、車両制御ソフトの主要部分を共通化する共同開発契約を結んだ。
2024年3月から協業を検討してきた両社だが、自社系列で完結する従来の垂直統合型のものづくりから、共通基盤を他社と分かち合う「水平分業モデル」へと踏み出した形だ。基本ソフト(OS)などSDVの中核分野で、日本メーカー同士が協業するのは今回が初めてとなる。
協議開始から1年近くが経過した2025年2月、両社の経営統合協議はいったん行き詰まった。それでも個別分野での協業を模索し続け、今回の合意に至っている。
今回の枠組みで注目されるのは、共通基盤の一部に日産が先行して開発した技術を生かす点だ。日産の技術を土台とすることで、開発期間や費用を抑えながら、上位層で商品競争力を保つ道を探っている。2029年度以降の新型車への搭載を目指す今回の動きは、自動車産業の開発体制が変わりつつあることを示している。
2年半の曲折を経て至った共同開発
両社が協業の検討を始めたのは、今から約2年半前の2024年3月に交わした、電動化・知能化時代に向けた戦略的パートナーシップ検討の覚書に遡る。
同年8月には、次世代SDV向けプラットフォーム領域の基礎研究契約に加え、バッテリーセルやモジュールの共通化、イーアクスル(e-Axle)の共用、車両の相互補完で基本合意した。同時に、三菱自動車も協議に加わる覚書を結んでいる。
その後の2024年12月には、経営統合に向けた基本合意書を交わすまでに発展した。しかし、ホンダ側が持ちかけた子会社化の案に対して日産の取締役会で反発が相次ぎ、対等な関係での統合は難しいと判断された。結果として、2025年2月に統合協議は打ち切られた。
協議が白紙に戻った後も、次世代SDVや中核技術で協業する道は探られ続けた。日産がすでに開発した技術に対してホンダが支払う対価や、知的財産権(IP)の帰属をめぐって長期間の調整を重ね、約2年半に及ぶ交渉の末、今回の共同開発契約にこぎ着けた。
土台を揃えて個性で競うSDV基盤
今回の取り組みは、車両そのものを共通化するわけではない。対象はあくまでSDVの土台となるシステム基盤(協調領域)に限られる。具体的には、システムの頭脳となるSoC搭載の高性能メインECUや、車両の各エリアを束ねるゾーンECU、車載OS、ミドルウェア、そして車両制御ソフトの主要部分だ。
日産は車載OSに加え、ソフト開発に使うデータ基盤や開発環境を含めたSDVプラットフォームを2026年度中に実用化する計画を進めている。今回の合意では、こうした日産の技術の一部にホンダの知見も取り入れながら、共同開発を進める形だ。
ホンダもこれまで独自の車載OS「アシモOS(ASIMO OS)」を手がけてきたが、通期で1.5兆円を超える電気自動車(EV)関連損失を抱え、2026年3月期には4239億円の最終赤字を計上したことで、投資配分の見直しを迫られた。そこでEV向け投資を縮小する一方、1兆円の枠を保つソフトウェア領域では、基盤層に日産の技術を生かし、自動運転やアプリといった上位領域へ資源を集中させる方針へと転じている。
その一方で、商品の個性やブランド価値に直結する自動運転や先進運転支援システム(ADAS)といった競争領域では、両社とも独自開発を続ける。日産は英スタートアップであるウェイブ・テクノロジーズのAI技術を取り込んだ「次世代プロパイロット」を開発し、2027年度投入予定の新型エルグランドなどへの搭載を見込んでいる。
対するホンダは、2021年に「レジェンド」で世界初の自動運転レベル3型式指定を得た実績を持つ。2028年には一般道での手放し運転に対応するAI自動運転技術「NOA」を、新型ヴェゼルなどの普及モデルへ広げる方針を示している。協調領域と競争領域をどこで明確に分けるのか。その線引きが、今後の成否を左右することになる。
日産が進めた開発短縮と革新の影響
今回の枠組みで日産の先行技術が土台となる背景には、同社が進めてきた開発期間の短縮と効率化がある。
日産は経営再建計画「Re:Nissan」のもと、部品点数の20%削減や部品種類の70%削減を進め、開発期間を従来より40%縮めた。新たにプラットフォームや電子アーキテクチャを立ち上げる「リードプロジェクト」は37か月に、既存資産を生かす「後続プロジェクト」は30か月に短縮し、かつての約50か月から大幅に開発を速めている。EV化や知能化で先行する中国勢の開発期間が1年半から2年といわれるなか、この取り組みは避けて通れないものだった。
加えて、中国の合弁会社である東風日産では、現地主導で権限を委ねることで、電動車「Nシリーズ」の開発期間を約2年(24か月)へと半減させた。承認の過程を商品企画とデザイン確定の2回に絞り込む大部屋制などを取り入れ、意思決定を速めている。
もっとも、中国特有の24時間交替制シフトに頼れない日米欧の市場では、AIを使ったソフトウェア開発の自動化やデジタルツインの導入によって、開発工数とテスト時間を減らす手法をとっている。こうした開発の進め方の見直しが、ホンダとの共通基盤開発を速める役割も果たすとみられる。
規模の利益と仕様調整にともなう懸念点
SDVの開発では、高度な車載コンピューターや半導体の調達、継続的なOTA(無線通信によるアップデート)への対応など、大きなソフトウェア投資が欠かせない。基盤を分かち合うことで、両社は開発費や部品調達の負担を分散するとともに、規模の利点を生かして製造費を大きく抑えられる可能性がある。
さらに本協業には三菱自動車も参画を検討しており、仮に3社が合流すれば世界販売台数は約739万から750万台規模に達する。これは世界3位の現代自動車グループに匹敵する規模だ。これほど多くの車両から走行データや利用データを集め、分析する基盤が整えば、AIモデルの高度化やソフトウェアの品質向上で大きな強みを得られる。
ただ、共通仕様が増えれば増えるほど、両社間で仕様を擦り合わせ、合意をまとめる手間も増える。既存のシステムを使うのか、あるいは新たな仕様を作るのか。その判断を誤れば、意思決定が複雑になり、かえって開発の速さを損なう恐れもある。
2029年に問われる独自性の真価
両社は2029年度以降の次世代車への適用を見据えており、今回の合意は量産車での評価へと進む。共通基盤の恩恵を受けながらも、ADASやアプリ、AI自動運転といったブランド価値に直結する領域で、どこまで独自性を出せるかが今後の焦点となる。
このホンダ・日産連合を迎える国内最大のトヨタ自動車は、独自のAI自動運転戦略を打ち出している。トヨタは、AIが周囲の認識から運転の判断、操作までを一括して担うEnd-to-End(E2E)AI自動運転技術を、2028年に普及帯の量販車へ投入する構えだ。
米テスラや中国勢が先行するE2E技術に対して、トヨタはAIによる想定外の動きに備え、あらかじめ交通ルールに沿った動作を定める「ルールベース自動運転」の安全機構を組み合わせるハイブリッド方式を採り、他社との違いを明確にする。また、運転者の監視を前提とするレベル2++(ハンズオフ)と、2030年までの実用化を目指す特定条件下での完全自動運転レベル4(商用シャトル車「e-Palette」など)では、中核となるAIモデルを共通化し、大きな開発投資の効率を高める戦略を進めている。
各社の最新動向を見渡すと、自社内で垂直統合を保ちながら進化させる道と、共通基盤を他社と分け合い、上位層で競う水平分業の道が並び立つ新たな局面に入ったことがわかる。
ホンダと日産の協業が実を結ぶかは、何を共通化するかだけでなく、どこまでを協調領域とし、どこをブランド独自の競争領域として厳格に分け、かつ素早い意思決定を保てるかにかかっている。これらを高い水準で両立できるのか。その答えは、2029年度以降に市場へ投入される新型車が示すことになる。
