日本のアニメが日本人のために作られなくなったのは当然だった…「原作者のせい」でも「視聴者のせい」でもない“本当の理由”
書店や配信サービスには、最近「異世界転生」の作品があふれています。その理由は、実はアニメビジネスの構造的な事情がありました。今回は、アニメ業界の構造とお金の流れを解き明かす書籍『アニメビジネス』を上梓した、ブシロードムーブ代表の大貫佑介さんに、その事情を語っていただきました。
■もはやアニメは日本人向けに作られていない
書店や配信サービスには、最近「異世界転生」とジャンル分けされる作品があふれています。「転生」「チート」「追放」「悪役令嬢」「スローライフ」といったキーワードで埋め尽くされた動画配信サービスの新着欄。
似たような作品が量産されているように見えるこの現象は、クリエイターの創造性が枯れてしまったせいなのでしょうか。それとも、日本の視聴者が本当にそれだけ異世界転生を求めているのでしょうか。
実は、そのどちらでもありません。この現象の裏側には、アニメビジネスを根底から変えてしまった構造的な変化——具体的には「収益の約9割が海外配信に依存している」という、驚くべき現実があるのです。
まず押さえておきたいのは、現在のアニメ業界が「おもしろいからアニメ化される」という単純な世界ではなくなっている、ということです。
どの市場で戦うのか。誰に届けるのか。どこで話題化させるのか。音楽やグッズ展開との相性はいいか。SNSでバズりやすいか。そして何より——「この作品は、海外で配信の値段がつきそうか」。
企画の会議室では、こうした問いが真っ先に飛び交います。つまり、作品がアニメ化されるのには明確な理由があり、感情や情熱だけではなく、数字と経済合理性によって判断されているのです。これは少し冷たい話に聞こえるかもしれません。しかし、制作現場を取り巻く「お金の規模」を知れば、納得していただけるはずです。
深夜アニメ1クール(12〜13話)の総制作費は、平均で3億5000万円規模にのぼります。しかも、その大半は放送が始まる前に必要になります。つまりアニメ制作とは、視聴者の反応をまったく見ないうちに3億円超を投じる「先行投資型」の事業なのです。これだけの金額が動く以上、「直感でおもしろそう」という理由だけで企画を通すわけにはいきません。
■収益の9割は「日本の外」から来ている
では、その3億5000万円は、どこから回収するのでしょうか。
かつての深夜アニメの収益モデルは、国内の円盤(DVD/Blu-ray)売上が中心でした。ファンが高額なディスクを購入することで、制作費を回収していたのです。しかし、その「円盤バブル」はとうに終わりを迎えました。代わって台頭したのが、Netflix、Crunchyroll、Disney+、Amazon Prime Videoといった、サブスクリプション型の配信サービスです。定額で大量のアニメを視聴できるこの仕組みが、アニメの収益構造を一変させました。
ここに、今回のテーマの核心があります。現在の深夜アニメの収益構造の約9割は、北米を中心とした海外の配信プラットフォームに依存しているのです。「9割」という数字に驚かれた方も多いと思います。これは裏を返せば、日本のアニメのほとんどが「日本人向けに作られていない」ということを意味します。企画会議で最重要視されるのは「どれだけ日本人が好きか」ではなく、「海外配信会社が、いくらのMGを払ってくれるか」なのです。
MGとは「Minimum Guarantee(最低保証金)」の略称です。海外のプラットフォームは、放送前の段階から多額のMGを提示して配信権を争います。アニメ会社にとってMGは「制作前に確定する収益」であり、これだけで制作費のかなりの部分を回収できるケースもあります。さらに、実際の再生数が保証ラインを超えれば、そこにレベニューシェア(追加の分配金)が上乗せされる仕組みです。つまり、高いMGが見込める企画こそが「安全で儲かる企画」となるわけです。
■異世界転生は「世界市場向けフォーマット」
ここでようやく、異世界転生の話に戻ることができます。海外市場で極めて需要が高いジャンル——それが、異世界転生なのです。
理由はシンプルで、設定がわかりやすく、言語や文化を超えて理解されやすいからです。「異世界に飛ばされた、弱かった主人公が最強の力を得て、理不尽な世界を力でひっくり返す」。この構成は、世界のどの国の視聴者にも一瞬で伝わります。日本の学校文化や、空気を読み合う微妙な人間関係といった「その国の文化を知っていなければ伝わらないコンテクスト」を必要としないのです。
特に北米市場では、ハリウッド映画的な「わかりやすい爽快感」が好まれます。異世界転生は、この「わかりやすさ」と「大味な快感」を高い水準で満たす、世界市場向けのフォーマットとして極めて優秀なのです。だからこそ高いMGがつき、高いMGがつくから作られ続ける——ここに、ラインナップが異世界転生で埋め尽くされる構造的なループが完成します。
こうした異世界転生モノの作品が多いのが、いわゆる「なろう系」です。「なろう系」とは、小説投稿サイト『小説家になろう』発の作品群のことです。誰でも無料で投稿でき、読者の評価がランキングとして可視化されるため、人気作は出版社を通じて書籍化され、そこからアニメ化へと進む流れが定番になっています。このサイトでは、人気がランキングという形で可視化されています。
つまり、このサイト発の作品であれば、出資者を納得させる「数字」が最初から存在するのです。「ランキング上位」「累計◯万PV」という実績は、出資者に対する最強の説得材料になります。オリジナル企画の「たぶんウケるはずです」という提案と、なろう系の「すでにこれだけの人が読んでいます」という提案。3億5000万円の投資判断を下す立場なら、どちらを選ぶかは明白でしょう。
しかし、この構造にも限界が見え始めています。なろう系のランキング上位作品は、その多くがすでにアニメ化済みです。業界全体が「海外で値段がつくジャンル」を探し続け、作り続けた結果、映像化できる有力なIPの奪い合いが激化し、「アニメ化したい作品が足りない」という状況が生まれています。これが、業界内でたびたび語られる「原作枯渇問題」です。人気ジャンルの掘り尽くしは、もう始まっているのです。
■変わり続ける“アニメ”の世界
ここまでお読みいただければ、もうお気づきのことと思います。「また異世界転生か」という溜息は、クリエイターの怠慢への批判ではありません。それは、9割が海外に依存する収益構造と、数字でしか企画が通らない投資の論理が生んだ、必然の産物なのです。
もちろん、これは「だから仕方ない」と諦めるための話ではありません。ビジネスの構造を知ることは、いつものアニメが少し違って見えるようになる、ということです。あの作品がなぜ作られたのか。なぜあの続編は日本より海外で先に発表されたのか。裏側の仕組みを知ったあなたの目には、もう昨日までとは違うアニメ業界が映っているはずです。
