ウィンドウズ95の設計で「伝説」となったエンジニア、日本を憂える「このままでは『AI敗戦』が来る」
[検証デジタル ニッポンの苦境]パソコンOS編<6>
次世代OS(基本ソフト)の開発を中止し、「傍流」のウィンドウズをOSとして残すことを決断したビル・ゲイツ。ウィンドウズ開発者の中島聡は「当然だ」と思ったが、次世代OSチームは信じられないという表情をしていた。
「大人数で莫大(ばくだい)な費用をかけて開発していたOSの中止をその場で決める。普通の経営者ではそんな決断はできない」。中島はゲイツの決断力に脱帽した。
なぜゲイツはウィンドウズを選択したのか。中島は「ゲイツは『次の波はインターネットだ』と早くから気づいていたからだ」とみる。
インターネットに対応するOSを早く出さなければ、時代に乗り遅れてしまう。もう時間をかけて次世代OSを開発している場合ではない――。一歩先の未来を見据えていたゲイツにとっては、すぐに発売できる「速さ」の方が重要だった。
中島が基本設計に関わったウィンドウズは「ウィンドウズ95」と名付けられ、世界で大ヒットする。東京・秋葉原の家電量販店では、発売と同時にソフトを手に入れようとする消費者が殺到し、カウントダウンや花火で発売を祝うなどお祭り騒ぎになった。
画面上の「ウィンドウ」や「アイコン」を、マウスを使って動かす。ウィンドウズ95は、現在は当たり前になっているパソコンの簡単な操作を実現し、一般に普及させたOSと言われる。その導入に大きな役割を果たしたのが中島だった。「95」がパソコン普及の起爆剤となり、1995年度のパソコン出荷台数は前年度の1・7倍に達した。95は時代を変革するOSになった。
「伝説のエンジニア(技術者)」と呼ばれるようになった中島が憂うのは日本の現状だ。「日本でソフト技術者は、きつくて、給料が安くて、帰れない『3K』だと言われる。米国と比べてあまりにもソフト技術者の社会的地位が低い。日本企業はソフトや技術者に対する考え方が根本的に間違っている」。中島は日本の「デジタル敗戦」の大きな原因に、IT人材の待遇の悪さを挙げる。
約40年前、日本企業に失望した中島が活躍の場に選んだのは、米国のIT企業だった。時を経てもその状況に変わりはない。待遇が良く、大きな報酬が見込める米国企業に、日本の優秀なIT人材は吸い寄せられていく。
「このままではデジタル敗戦の次の『AI(人工知能)敗戦』が来る」。伝説のエンジニアは過去の教訓を踏まえ、そう警鐘を鳴らす。
