60代もGeminiで覚醒? 老舗メーカーが“年間で数千万円”も浮かせた「生成AI活用術」
東京・神田に本社を構える老舗ガラスメーカー「イケダガラス」。生成AI活用によって、年間で数千万円規模のコスト削減を実現しつつあるという。驚くべきは、その中心を担ったのが60代のベテラン社員はじめ、ITに詳しくない現場担当者たちだという点だ。彼らは、イケダガラスで行っている「AIアイデアマラソン」なる取り組みを通じて生成AIと出会い、その凄さに魅了され、次々と業務を劇的に変えている。そこで今回、同社 代表取締役社長の池田 友和氏と同社社員2人に、主な活用例とともに、AIアイデアマラソンの取り組み内容などについて話を聞いた。
池田社長の思いは「まずAIに触れてほしい」
「ChatGPTの登場以降、AIが急速に世の中に広まりましたよね。私も実際に使ってみたところ、これはちょっと凄いな、と。そう思うと同時に、仕事に活用すべきだし、活用することが必須になるだろうと感じました」(池田氏)
このように感じた池田氏は、すぐに動き始めた。2023年初めごろ、AIに関する外部の研修会に、AIに興味を持つ従業員と一緒に参加。これを機に、より多くの従業員に広めたいと思ったが、研修会への参加に手を挙げる従業員は続かなかった。
「会社側でマニュアルを作って提供し、AIを使ってもらおうか」。当初はこのような案も浮かんだそうだが、「AIは変化が早い技術なので、まずは実際に触れてもらうことが大事ですし、そうすることで私が感じたように、AIの凄さや業務改善に使えることを感じ取ってもらえると思いました」と池田氏は振り返る。
そこでひらめいたのが、同社で長年続く制度の活用であった。
40年超続く活動を生かした「AIアイデアマラソン」とは?
イケダガラスではさまざまな改善を、社員自らが提案する「提案活動」として40年以上続けている。対象は全従業員で、提案数の目標は1人当たり年間6件以上。提案内容の良し悪しにより100円~3万円までの報奨金を出している。
池田氏はこの提案活動を活用し、「AIアイデアマラソン」なるイベントを企画する。
先述したように、まずは1人でも多くの従業員がAIの凄さを体感し、慣れ親しんでもらうことが大切だと考えた。そのため提案内容のハードルは高くせず、「AIを使って少し調べごとをする」「文章を要約してみる」といった内容も対象に含めた。AIを使いこなしている人から見ると簡単な内容であってもよしとしたのだ。
加えて、期間を5カ月間と限定し、毎月1つ以上のアイデアを継続して出した社員には完走賞を提供するアイデアを加えた。そのほか、優れた提案には報奨金を出すなどの内容は提案活動と同じだ。
そうしてイベントを行ってみると、業務効率化やコスト削減に寄与するような画期的なアイデアが、ITに詳しくない従業員から挙がってきたのである。いくつか紹介しよう。
【活用例1】Geminiで「設備保全のアプリ」を開発
イケダガラスにおける工場の機械設備の保全業務は、一昔前であれば日常ならびに定期点検の内容を紙に記録、DXに取り組んだ2020年以降はタブレット端末やPCで記録していた。そして今回のイベントを受け、同業務を担当していたメンバーが、より簡便かつ効率的に保全業務を行えるアプリを開発したのだ。
名付けて「工場管理アプリ」。アプリには工場全体に配置された設備が示され、気になる設備をタップすると、その設備のメンテナンスに関する情報はもちろん、他の情報、たとえば過去のトラブル履歴や、新たに点検した情報なども追記、確認できる。特筆すべきは、このアプリを開発した保全担当者はITやAIに詳しくなかったことだ。
「アプリを開発したことはもちろんありませんから、まずはいちから、どうすればアプリを作れるのかを、Geminiに聞いたそうです。すると、プログラミングが必要だと。でも、本人はできない。そのことを再びGeminiに投げると、Geminiがプログラミングをしてくれると。こんなやり取りを続けていくうちに、次第にAIの魅力や凄さ、使うことの楽しさを感じたようで、動画などで勉強もしながら、最終的にアプリを開発したと聞いています」(池田氏)
池田氏は嬉しそうに成果を話した。AI活用の凄さを肌身で感じた従業員はその後もアプリの開発を続け、現在では消耗部品の在庫管理情報などをひも付けるまでに進化。本社のDX推進に向けて、担当工場だけでなく他の工場にも展開予定だという。
なおイケダガラスではDX推進の一環としてクラウド型グループウェアの「Google Workspace」を導入しており、全従業員がGeminiをクローズドかつセキュアに使える環境を整えている。
【活用例2】60代ベテランが「ガラス板搬入」の課題解決
続いては、大きなガラス板をエレベーターで搬入できるかどうかを、瞬時にAIが答えてくれる使い方を提案した例だ。提案者は長年同業務に携わってきた63歳のベテラン社員(以下、K氏)であり、先の保全担当者と同じく、AIはもちろんITにも詳しくなかったという。
「現場によっては、大きな1枚板のガラスを搬入することが求められます。ただそのためには、搬入するときに使うエレベーターのサイズを正確に把握することが必要です。現地に測りに行く手間がありますし、そもそも対角の距離を計測することが難しいという問題もあります。そのため経験を基に判断することが多いのですが、いざ当日になって搬入できないという、本来あってはならないトラブルが生じることもありました」(K氏)
長年の懸念事項でもあったそうで、K氏はAIアイデアマラソンをきっかけに、Geminiを使ってみることにした。とはいえ、AI初心者である。
まずはガラスのだいたいの大きさを入力し、「この大きさのガラスを搬入できますか?」とGeminiに聞いてみたそうだ。すると、「情報が足りません。エレベーターの型式を教えください」との返答があったと、K氏は興奮気味に話を続ける。
「最初は自分にAIを使いこなせるかどうか分かりませんでした。ただ実際に使ってみるとGeminiは対話式なので、自分の足りないところを補ってくれるのです。その対話に応える形でやり取りを進めていくだけ。その結果、1回当たり4時間程度の短縮につながりました」(K氏)
K氏がGeminiとの対話で行き着いたプロンプトは次の通り。参考までに、Geminiの回答も以下の画像に示しておく。
同事例では、さらなる効果を得た。これまでの経験を基に「搬入可能です」と顧客の担当者に伝えた際、残念なことに信用してもらえないケースがあった。だが、Geminiの回答をエビデンスとして見せることで、そのようなことがなくなったという。
さらにGeminiの力を実感したK氏は、新たな活用方法にも取り組んでいる。それが、AIの画像認識技術を活用した、ガラスの特定だ。イケダガラスではBtoC向けのECサイトを展開しているが、そこではユーザーが、割れたガラスの画像をアップして「このガラスが欲しい」と問い合わせてくることがあるという。
「以前はどのようなガラスかを判断することが難しかったのですが、Geminiに取り込めば、瞬時にガラスの品種や仕様を割り出してくれます。EC事業は特に時間との勝負なので、即座に対応できることが大きいと感じています」と、K氏は胸を張って成果を続けた。
【活用例3】営業の「情報収集・資料づくり」半自動化
ある営業担当(以下、S氏)による提案も同じく実用的だ。
S氏は、商談前の情報収集ならびに、そこで得た情報の資料化、さらには資料の保存場所の確保といった作業をAI活用によって効率化している。先の2人とは異なりもともとITやAI活用に積極的だったというS氏だが、とは言えプログラミングスキルはない。
ただ、ChatGPTを使うことで、コーディングを実現。商談前の資料作りを自らの手で半自動化し、大幅な業務効率化を実現した。これにより、約6000分の時短につなげた。
今ではGoogle Workspace上で動作する、アプリなどをローコードで開発可能なプラットフォーム「Apps Script」も活用することで、業務フローやメール配信の自動化も行っている。
AIアイデアマラソンの事例は、まだほかにもたくさんある。
たとえば育児休暇の詳細などを記したドキュメントをAIに学習させ、担当者に聞くことなく育児休暇の取得について知りたい社員からの問い合わせなどに対応するAIシステムを開発した事例だ。こちらのアイデアは提案活動で優秀な提案として認められ、社内システムとして実装もされている。
「年数千万円」のコスト削減、採用や意識にも変化が…
AIアイデアマラソンを含めた提案活動により、イケダガラスでは年間で数千万円のコスト削減を実現しているという。ただ、成果は数字だけではない。
まずは、K氏が取り組みをイキイキと語っていたこと。その様子を隣で満足そうに池田氏が見ていたことだ。社員ならびに会社全体の士気が高まっていることは間違いない。
もう1つは採用面である。83年という歴史がある一方で、AIという先端技術の活用にも積極的に取り組む。このような姿勢が学生からは老舗でありながら、新しいことも受け入れる。挑戦できる。イキイキと働ける企業に映っているという。さらなるAI活用において、池田氏は次のように述べた。
「今後は熟練作業者がヘッドセットを装着し、AIに『何の作業をしているのですか?』と質問してもらい答えることで、いわゆる匠の技などを言語化し、そのデータをまとめる。技術継承はもちろん、AI工場長のようなシステムの実現に向けた開発に取り組んでいます」(池田氏)
難しいことではなく、まずできることから始めた同社のAI活用の取り組みは、AIが苦手な社員の多い特に中小企業にとって大きな参考になるだろう。
