あらゆる天候を走り抜け!開発に7年、ダンロップタイヤ「シンクロウェザー」前人未到の全天候型タイヤ作り

あらゆる天候を走り抜け!開発に7年、ダンロップタイヤ「シンクロウェザー」前人未到の全天候型タイヤ作り

今回紹介するのはダンロップタイヤ「シンクロウェザー」、水や温度で性質が変わるゴムから生まれた全天候型タイヤだ。全天候型のタイヤは、長く実現不可能とされてきた。

 氷上性能を高めるなら、タイヤの接地面積を増やしたい。しかし仮に溝を減らしたら、ウエットな路面を走る時に排水しにくくなり、教習所で習う〝ハイドロプレーニング現象〟でスリップしやすくなってしまう。

だがそれでも、開発者たちは可能性を見いだそうとした。材料開発本部材料第一部主査の大野秀一朗が話す。

「我々の会社には〝信念〟として『ゴム素材の可能性を誰よりも信じること。』という一文が明文化されているんです」

受け継がれていたイノベーションの魂

 それはダンロップの歴史を表す言葉でもあった。同社は2006年には世界初の特殊吸音スポンジ「サイレントコア」を実装したタイヤを、13年には100%石油外天然資源を利用したタイヤ『エナセーブ 100』を発売、いずれも世界初の快挙で、構想から完成まで10年以上を費やした労作だ。

 日本発のイノベーションが減ったと言われる中、同社は今も「ニッポンのモノづくり」の魂を宿しているのだろう。その後、技術陣はゴムの分子構造をナノレベル(10億分の1m)で解析する技術を開発、ゴムの分子結合(分子同士がつながる仕組み)の解析を可能にした。これにより、ゴムに『何らかの材料』を混ぜれば、分子同士の結びつきを変え、今までにない性質を持たせることができると予測された。

「低温でも柔らかいゴムができれば、タイヤの表面が氷の微細な凹凸をしっかりグリップするスリップしにくいタイヤができます。水にぬれると柔らかくなるなら、雨の日もスリップしにくいタイヤができますよね」

 17年、同社は基礎研究の段階で、この「環境に応じてゴムの機能を変化させる技術」を「アクティブトレッド」と名付け、その確立を目指し宣言した。大野が振り返る。

「これはプレッシャーでしたね(笑)。しかし発想の転換を成し遂げるきっかけになりました」

 では、ゴムに何を混ぜるのか? 大野は意識したことがあった。

「今までにないことを実現するためには、発想の幅を広げることが大切なんです。実際に私が試したのは、常識を基にしていたら絶対に見出せない材料でした」

大野秀一朗(おおの・しゅういちろう/右)

常識を覆す材料開発を牽引。水と温度で自ら性質を変えるゴムの配合を追求し、全天候型タイヤの素材を開発した。

中野好祐(なかの・こうすけ/中央)

タイヤの構造設計を担当。豊富な知見を活かし相反する性能を極限まで高めるべくミリ単位の調整を繰り返した。

松村尚典(まつむら・なおのり/左)

革新的な製品の価値を正しく市場に伝えるため、認定店制度の推進など、前例のない独自の販売戦略を担当。

本来は邪魔なはずの水を味方につける逆転の発想です

路面環境に合わせて変化するゴム、誕生!

水に触れるとゴム分子の特殊な結合がほどけて柔らかくなり、濡れた路面に密着。乾くと再結合して元の剛性が復活する。

温度と水に反応!?常識の外に答えがあった

 様々な素材を探索する中、同社の材料開発チーム北海道大学・野々山貴行准教授の研究に着目した。准教授はタイヤの専門家でなく、ゲル(ゼリーのような物質)の研究者で、「温度が変わると硬さが変わるゲル」や「水を含むと性質が変わるゲル」の研究を行っていた。大野はこれをヒントに「ある材料」を見出し、ゴムの試作を始めたのだ。

 しかし、この作業が果てしなかった。そもそも、ゼリーのような物質に混ぜるべきものを、何tもの重量を支えつつ過酷な環境を何万㎞も走るタイヤのゴムにしなければならない。同社は野々山准教授のコンセプトを活かしつつ、類似の機能を発揮する材料の組み合わせを一から探ることにした。

「ゴムは数十種の素材でできています。これにある素材を混ぜるわけですが、数十種の素材のどれを増やし、どれを減らすか、どのタイミングで混ぜるか、何度で焼くかなどによって、結果は異なるんです。おそらく1000種類近くはつくったと思います」

 最初は数百ccのビーカーレベルから始め、「これが近いか?」と絞り込んだら、容量を数リットル、数十リットル規模へと上げていく。そして最終的には工場で生産するため数百リットル規模で作っていく。そんな中、柔らかさを求め、仲間を困らせたこともあった。

「素材を混ぜる工程で、柔らかすぎてミキサーにこびりつき、取り出せなくなってしまうものができてしまったんです」

 現場にすれば「なんてものを混ぜるんだ」と言いたくもなっただろうが、文句を言う仲間はいなかった。「誰も見たことがない未来をつくるため」。それを皆がわかっていたのだ。

排水の「V字型の溝」がはらむ特徴と「矛盾」

 大野らの尽力により、研究は数年かけ次の段階に進んだ。まず、ゴムの分子構造のうち「低温で硬くなる成分」を一部切り離した。これにより低温でもタイヤは硬くなりにくく、路面をグリップできるはずだ。また「水分子が近づくとほどけ、乾くとまた結びつく」特殊な結合も組み込んだ。これにより、路面がウエットだとゴムが柔らかくなり、路面に密着するタイヤができる。

 通常、ゴムは冷えれば硬くなる。また、今までタイヤの開発においては、接地面からいかに水を取り除くかに腐心してきたが、大野は水を「極論すれば、味方にした」と言う。まさに常識をひっくり返す快挙だった。

 この段階で合流したのが、タイヤの表面に刻まれる溝(パターン)の設計を行なう、技術本部第一技術部課長代理の中野好祐だった。そして彼の前にも、やはり前人未到の仕事が待っていた。

 ページ左上、六角形のレーダーチャートを見てほしい。今回目指すのは「全天候型」だから、その形を果てしなく六角形に近づけていかなければならない。当然、難しい仕事だが、実はここにも興味深い言葉があった。

「開発現場では〝ダントツ性能〟という言葉がよく使われるんです。目標設定の際『その性能は圧倒的か?』と」

 従来のオールシーズンタイヤは氷上の性能がスタッドレスに及ばず、中途半端と感じるユーザーも多い。だからこそ新製品は「夢のタイヤ」と言い切れるものにしないと、市場は「今までとまったく違うものが出た」と認識してくれない。すなわち、今こそ〝ダントツ〟が求められるのだ。

 そんな中、彼が選んだのは、特徴的な「V字型」の溝だった 。

「これにより排水性が劇的に良くなり、ウエット性能を高められます。ただし、タイヤの回転方向が一方向に決まってしまうんです」

 V字型の溝は、その先端で路面の水を切り裂き左右の外側へ勢いよく出すから排水性は高まる。しかし困ったこともある。一般的なタイヤは摩耗の偏りをなくすため、たまに右側のタイヤを左に、左を右にローテーションさせる。すると「タイヤは逆向きに回る」。

 想像してほしい。性能が高い製品は特に、タイヤの外側が左右を入れ替えた後も外側を向くように取り付ける必要があるため、右のタイヤを左に、左のタイヤを右に入れ替えると回転の向きが逆になるのだ。だから一般的なタイヤは前後どちらにでも回転させられるように設計されているが、溝がV字の場合、逆回転させることができない。

 そこで中野は微細な調整に挑んだ。カーブを曲がる際、最も力のかかるタイヤの外側の剛性を高め、均一に摩耗し、かつ踏ん張れるようにしたのだ。氷の上で滑らないための切れ込みも入れつつ摩耗にも強い、ギリギリのバランスをとる必要があった。

 夏タイヤは岡山で、冬タイヤは北海道でテストする。中野はそこに常駐するプロのテストドライバーの元へ通いつめた。

「『まだカチッとしてない』『なんかモッサリしてる』といった、独特の言葉でフィードバックが返ってくるんです。これをコンマ数ミリ単位で設計図に落とし込み、同時に大野たち材料チームに『もう少し、ゴム自体で踏ん張れないか』といった依頼を行なうんです」

 イノベーションの裏側には、こんな地道な作業があったのだ。

相反する性能を極限まですり合わせダントツ性能を目指しました

ダントツ性能を追い求めた六角形グラフ

氷上、雪上、ドライ、ウエット、静粛性、長持ち……相反する全ての性能で高水準のバランスを実現し大きな六角形を描き出した。

国際規定で定められた氷上性能基準に合格。「アイスグリップシンボル」が刻印された。

プロをも驚かせた〝二刀流〟の誕生

 しかし、その報いは大きかった。できあがったタイヤ発売前に、自動車雑誌の記者に乾燥した路面と氷上で試乗してもらうと、その1人が冗談めかしてこう言った。

「タイヤ、入れ替えてない?」

 夏と冬の性能がここまで両立しているのは信じられない、という賛辞だった。そしてこの時期、また粘り強い仕事をしたのが、マーケティング本部消費財マーケティング1グループの松村尚典さんら販売担当者だった。

「革命的な製品だからこそ、価値を正しく伝える必要があったんです。そこで我々は『認定店制度』を立ち上げました。全国に無数にあるタイヤを販売するお店に『なんとか2時間ください』とお願いして回り、一軒一軒、このタイヤがなぜ滑らないのか丁寧に説明いただいたのです」

 お店のスタッフさんたちからは「2時間!? 長すぎる!」と言われることも多かった。しかし、そこをお願いした。最後はタイヤを売るプロたちの常識が壁になるのだ。販売店のスタッフにとって、「ゴムは冷えると硬くなる」「水は弾き飛ばすもの」であることは常識。氷上性能が上がれば、その他の路面での性能が下がるのも当然のことだっだ。

「だからこそ、販売店さんに正しくご理解頂かなければ、ユーザーさんにも伝わらないのです。また、このタイヤが実現する価値も伝えたかった。これからは、突然の雪に怯えなくていいカーライフが実現します。しかも、チェーン着脱の手間からも解放されます」

 こんな地道な活動の結果が、爆発的なヒットへと繋がったのである。売り上げは年内に100万本を超える見通しだ。

降雨量が多く、冬は雪や氷に悩まされる日本の気候で真価を発揮します

売り場の熱量と、雪道での実力やいかに

筆者が販売店を訪ねると、スタッフが「これ評判いいっすよ!」と詳しく説明してくれた。26年は「売り上げは前年比2倍以上となる見通し」(同社広報)。

オールシーズンタイヤは氷上性能が不安だったが、シンクロウェザーはスタッドレスタイヤ同様、しっかり止まる。

ダンロップ『シンクロウェザー』ヒットをひもとく挑戦者たちの足跡

近い将来、バスやトラックの完全自動運転が実現したら「あ、雪だ」とチェーンを巻く運転手はいない。すなわち、この〝二刀流〟のタイヤは、クルマの未来をも切り拓く存在なのだ。

 中野は企業に内在するDNAをこう語った。

「我々だけでここにたどり着けたわけではありません 。当社の百年以上の歴史の中で、氷上性能を追求しつづけたスタッドレスの開発陣や、世界中でサマータイヤの技術を高めてきた開発者たちが、こだわり、培い、磨いてきた技術を全て持ち寄れたからこそ実現できたものですよ」

 最後、中野らはある人物に認められたことを嬉しそうに振り返る。

「開発時からよく、『このタイヤ、二刀流どころか何刀流やねん』と話していたんです。そしたら、本当に大谷翔平選手がこの製品の革新性を認め、CMに出てくれたんですよ」

 それは、想像を追い抜き世界を驚かせた者同士の邂逅でもあったのだろう。『シンクロウェザー』は、イノベーターたちの「魂」を込めた仕事のリレーによって誕生した。

■ POINT 1|「水を味方に」逆転の発想を信じた

■ POINT 2|全員が「ダントツ性能」を追い求めた

■ POINT 3|体験価値に重きを置いた「認定店制度」

🍎たったひとつの真実見抜く、見た目は大人、頭脳は子供、その名は名馬鹿ヒカル!🍏