イスラエル人はホロコーストを経験したのに、なぜ戦争を続けてきたのかーー世界を覆う“暴力的過激主義”

イスラエル人はホロコーストを経験したのに、なぜ戦争を続けてきたのかーー世界を覆う“暴力的過激主義”

パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスがイスラエルを急襲した大規模攻撃からこの10月で2年を迎えた。双方はトランプ米政権が提案する停戦を受け入れ、それぞれ拘束するイスラエル人の人質(生存者)とパレスチナ人を10月13日に解放した。イスラエルはこの2年間、執拗なまでにガザ攻撃を続けてきた。ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を経験した民族がなぜ、ここまで苛烈な戦闘を継続したのだろうか。現地で特派員や研究者として活動してきた毎日新聞専門編集委員の大治朋子(おおじ・ともこ)さんに、その疑問を解いてもらった。そこには、イスラエル社会に底流する独特の世界観があるという。

ホロコーストを経験した民族だからこそ

――イスラエルとハマスが停戦を受け入れ、人質も解放されたとはいえ、ガザはもう壊すものがないほど破壊し尽くされました。この間、国際的に強く非難されても、イスラエルは攻撃をやめなかった。大治さんは現地で6年半暮らしておられましたが、イスラエルの動向には長らく疑問を抱いてこられたそうですね。

ユダヤ人大虐殺を経験した民族がなぜここまでやるのか。私の中でいまだに消えない疑問です。でも最近は、この問いの立て方そのものが間違っているのかもしれない、と思うようになりました。むしろ、「ホロコーストを経験した民族だからこそ、ここまでやる」のかもしれないと。

――悲惨な大虐殺を体験したからこそ、こうなっていると?

現地にいたころ、多くのイスラエル人に「ホロコーストを経験したのに、なぜ戦争を続けるのか?」と尋ねました。すると、だいたい似たような言葉が返ってくる。「ユダヤ人虐殺は、私たちが国家や軍隊をもっていなかったから起きたのだ」と。だから「強さ」「力」が必要なんだ、というわけです。「ユダヤ人が神から与えられたこの『約束の地』(現在のイスラエル付近)を守り、祖先の悲願に報い、ユダヤ人であるというだけで殺されることがない『安住の地』を死守するためにも、戦い続けることが唯一の道だ」という考え方です。

今年6月にイスラエルと米国がイランの核施設を攻撃した際、イスラエルのネタニヤフ首相が声明で使った言葉も象徴的でした。「私はトランプ米大統領とよくこう語る。力による平和。まず力、そして平和が訪れるのだ」。現代イスラエル社会の価値観、世界観を実に端的に言い表していると感じました。

――ユダヤ教には命の尊さを強調する教示もありますよね。人命尊重です。その教えが戦争の歯止めになることはないのでしょうか。

先日、来日した「エルサレム戦略・安全保障研究所」主任研究員のエマニュエル・ナボン氏にインタビューしたときのことです。彼も確かに「ユダヤ教の大きな価値観の一つは人命尊重だ」と話していました。でも、もう一つ、他者を守るのと同様に自分を守るための重要な教えがある、と。それが「誰かがおまえを殺そうとしているなら、先にその者を殺しなさい」です。先制攻撃につながる考え方であり、ナボン氏も「自衛のためには必要だ」と話していました。

――そうは言っても、もはやハマスには大きな戦闘能力が残っているようには見えません。イスラエルの攻撃は「自衛」ではなく「過剰な攻撃」ではないでしょうか。

イスラエルはそうは捉えていないようです。この8月末に来日したイスラエル国会のアミール・オハナ議長へのインタビューで私も確信しました。彼はこう話していました。「ハマスは2023年10月7日の攻撃(以下、10・7事件)後、間もなく、『(今回の大規模攻撃は)始まりに過ぎず、2度目も3度目も4度目もあるだろう』と宣言した。私たちは虐殺の脅威を見逃すことの代償を(歴史的に経験して)知っている。同じ失敗を繰り返すわけにはいかない」と。

 

注)10・7事件

2023年10月7日早朝、パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスがロケット弾による攻撃を行うとともに、戦闘員ら数千人がイスラエルとの境界にあるフェンスなどを破壊して侵入。近くで開催中の音楽祭に集まっていた人々や住民らを虐殺するなどした。イスラエル人ら約1200人が殺害され、251人がガザへと連れ去られた。ガザ保健当局によると、イスラエルによる攻撃でこれまでにガザ市民約6万7000人が死亡した。イスラエルは国民の約73%はユダヤ系で、約21%がアラブ系。この記事ではユダヤ系イスラエル人を「イスラエル人」と表記している。

――何度でも攻撃すると宣言するハマスに対し、イスラエルは徹底的に戦うというわけですね?

オハナ議長の考えは、つまり、ハマスはいずれまたユダヤ人を虐殺すると宣言しているのだから、この「未来の脅威」をなくすため、今のうちに息の根を止めるしかない、という論理です。可能性を根拠に現在の攻撃を肯定するわけです。

 

イスラエル軍は、敵対勢力の軍事能力が危険水域に近づいたら先制攻撃を仕掛けてその脅威を排除する、という軍事戦略を続けてきました。敵の攻撃力を「モチベーション(意志)×ケイパビリティ(能力)」という数式で予測します。そして、ハマスのような組織の「意志」、つまり攻撃意欲が「ゼロ」になることはない、と考える。だから軍事の「能力」が危険水域を超えないように定期的にそいでおけば、脅威は一定程度に抑え込むことができるという発想です。イスラエルはそれを「草刈り」と呼んでいます。

――「草刈り」を続けてきたのに10・7事件は起きたわけですね?

そうです。だから、彼らがガザ市でやろうとしてきたのは、ハマスという支配システムの「草抜き」、つまり根絶作戦です。これには莫大な人的、経済的なリソース(資源)がかかる。実際、イスラエルでは、戦闘の長期化によって予備役兵の従軍が続き、招集に応じなかったり、ガザでの戦闘でトラウマ(心的外傷)を抱えて自殺したり、家庭や仕事から長期に引き離されてストレスから心身の不調を訴えたりする人が続出しています。

今年4月に発表された論文によれば、被験者のイスラエル市民の3人に2人以上が不安やうつ、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状を呈しています。戦費もかさみ、米大手格付け会社スタンダード・アンド・プアーズなどは相次いでイスラエルの信用格付けを引き下げました。

――それほどの負荷を抱えながらも、イスラエルは攻撃を続けました。

そうなんです。不思議ですよね。でも、オハナ議長はイスラエル初の女性首相ゴルダ・メイア(在任1969〜1974年)の有名な言葉を引用してこう言っていました。「もしアラブ人が今日、武器を置けば暴力はなくなるだろう。しかしユダヤ人が今日、武器を置けば、イスラエルはなくなるだろう」と。だから「生き残るために、やるしかない」のだと。

「被害者意識と加害者意識の牢獄」

――イスラエル人の世界観には、虐殺を受けた歴史が関係しているのでしょうか。

深く関わっていると思います。私が取材したテルアビブ大学の名誉教授、ダニエル・バルタル氏(政治心理学)によると、10・7事件以降、イスラエル社会ではホロコーストにも起因する3つの認知バイアス(認知の偏り)が強まっているそうです。

(1)道徳からの乖離=自分たちは被害者だという意識により、他者を殺害してはならないという道徳的問題から離れていく状態。

(2)権利意識の高まり=自分たちは被害者なのだから何でも許されるという認識。

(3)道徳的な沈黙=周囲にも道徳的なことを言わせない、沈黙させようとする姿勢。

この3つです。ナチス・ドイツによるホロコーストで虐殺されていた時、世界はユダヤ人に何もしてくれなかったのだから、今さらイスラエルに説教できる者などいない、として周囲を黙らせようとするのです。西洋諸国の多くが表立ってイスラエルの暴走を止められずにきたのは、こうした歴史的罪悪感が各国に存在しているからだとバルタル氏は指摘しています。

かつてイスラエル治安当局に娘を殺されたパレスチナ人が私のインタビューにこう話してくれました。「イスラエルは被害者意識、西洋諸国は加害者意識の牢獄の中にいる。両者がそこから脱却しない限り、すべての人が苦しむことになる」。まさにその通りだと思います。

――被害者意識の強さはイスラエル人だけの傾向ではなく、もっと普遍性もありそうですが。

ロシアとウクライナの戦争、欧米で拡大する白人至上主義や移民排斥。あるいは「日本人ファースト」の流れ。これらにも、被害者意識に基づく排外主義があるように感じられますね。こういう意識が強ければ強いほど、相手を人間と見なさないような態度になりやすい。社会心理学ではこれを「非人間化」の目線と呼びます。残虐行為の実行に、躊躇しなくなるのです。

――非人間化の拡大は、社会での分断が進む米国にもあてはまりそうです。

米国では移民を「脅威」とみなす白人至上主義や「MAGA(米国を再び偉大に)」のような運動が、米国民の被害者意識をたきつけて支持を拡大しています。他方、そうした動きに抑圧されていると感じる人々も、被害者意識を強めています。

トランプ大統領を支持する保守活動家のチャーリー・カーク氏(31)がこの9月に射殺された事件では、容疑者が性的少数者の権利擁護に強い関心を抱いていたとされています。まさに被害者意識を抱えた者同士が刃を向け合う時代です。過激な思考にとらわれて暴力的な言動に走る「暴力的過激主義」が、世界を覆いつつあるのです。

――過激思考を止める方法はあるのでしょうか。

「脱過激化」という試みがあります。陰謀論を信じ込んで思考が過激化している人や集団に使われるアプローチです。まず当事者を孤立させず、支援の輪に取り込んでいく。批判したり、罰したりするばかりだと、余計に過激化してしまうからです。ロシアにしても北朝鮮にしても、完全に孤立させてしまわないことはとても重要で、その意味では、トランプ氏の「直接会って話す」というアプローチは良いことだと感じています。

過激化した集団は、周囲との絆を断って糸の切れた凧のようになってしまいがちですから、孤立する国と「つながっていく」ことは重要です。戦後80年を経て、対立する双方とのパイプを維持する、外交努力による平和を模索することが日本の役割ではないかと思います。

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