ソニー系も初任給42万円!高すぎる新卒の給料が「働かないおじさん」の存在価値を爆上げする納得の理由
「新卒がいきなり月給42万円!?」――ソニー系企業が打ち出した破格の初任給アップが波紋を呼んでいます。「長年会社に尽くした自分の給料と変わらない」と、中堅社員の不満や組織の崩壊を危惧する声も多いでしょう。しかし、一見すると年功序列の秩序を壊すこの“劇薬”こそが、実は停滞する日本経済を救う希望なのです。そして、高すぎる新卒の給料が、社内のお荷物である「働かないおじさん」の存在価値を爆上げするのです。(ノンフィクションライター 窪田順生)
● やってらんねぇ…中堅社員の メンタルはぐちゃぐちゃに
「マジかよ……オレが42万ももらえるようになったなんて最近だぞ」
そんな嘆きの声が新橋のガード下の飲み屋から漏れ聞こえてきそうなニュースである。
ソニーグループ傘下でゲーム事業を手がけるソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)が、4月入社の新入社員の初任給を42万5000円に上げるというのだ。
少し前にサイバーエージェントが初任給を42万円にして話題になったが、ついに日本を代表する企業グループまでこの領域に踏み込んだというワケだ。
さて、こういう話題になると必ず持ち上がるのは「初任給をそんなに急に上げたら組織内の序列がおかしくなっちゃうんじゃないの」という心配だ。
例えば初任給21万円で入社してコツコツ何年も働いてきてようやく月給40万に届こうかという中堅社員が、初任給42万の新人の指導係にされるなんてことが起きたとき、この中堅社員のメンタルはぐちゃぐちゃになってしまうだろう。
なぜ自分よりも給料をもらっている若者を手取り足取り指導して、ダメ出しなんかしなくちゃいけないのか。こんな未熟な若者とここまで会社に尽くしてきた自分が給料的には同じと見られているというシビアな現実を突きつけられて、「やってらんねえ」とモチベーションがダダ下がりになってしまうかもしれない。
就職氷河期で新卒時に多くの企業から門前払いをくらった50代サラリーマンなどは、売り手市場になった途端に若者をチヤホヤする節操のなさに、会社への不信感を高める人もいらっしゃるかもしれない。
そのようなサラリーマンの皆さんの不満はよくわかる。初任給をガツンと上げるのではなく、組織に属する全員の給料を大幅に上げてくれよ、という声が大きいのも納得だ。
● 初任給42万円は 全然高くない
ただ、「日本経済全体」のことを考えると今回のソニー系列会社の初任給42万円は悪い取り組みではない。というよりも、この動きに多くの企業が追随していけば、日本経済を長く停滞させてきたさまざまな問題が解決へと向かっていくだろう。なかでも代表的なものは以下の3つだ。
1.年功序列による競争力の低下
2.組織を蝕む「働かないおじさん」
3.外国人労働者への過剰依存
まず、1から説明しよう。ご存じのように日本はかつてお家芸とされた「白物家電」「液晶テレビ」、さらには「半導体」などで中国や韓国に「惨敗」した。
こういう話をすると決まって、特定のジャンルを挙げて「この分野の技術力ではまだまだ日本が世界一なのだ!」と食い下がる人たちがいるが、市場シェアや売り上げ、就業者数などを見ればどうひいき目に見ても負けである。
では、なぜ負けたかというと本質的なところでは「給料が安い」ということに尽きる。
中国や韓国は、日本や世界から優秀な技術者をカネにものを言わせて引っ張ってきて即戦力として使い倒す。そこで期待外れならばサクッとクビを切って、次の技術者に好条件でオファーを出す、ということを繰り返して技術を磨いてきた。
それに対して、日本ではどんなに優秀な若者であっても「初任給はみんな同じで20万円からね」と雑巾掛けから始めさせて、年功序列社会のなかで長い時間をかけ、チームで技術力を高めていくという方針をとった。つまり、人に対するカネの投じ方があまりに牧歌的だったのだ。
その残酷なまでの「格差」がよくわかるのが、今回の報道である。
ソニーグループの初任給がついに42万円になったと話題だが、実は中国のファーウェイが日本で採用した新卒の初任給が40万円になったのは2017年。当時、これは「破格」と話題になったが実はこれ、ファーウェイのグローバル基準ではごく平均的な給与なのだ。
つまり、厳しいことを言うと、日本企業が技術者に投じるカネは、中国企業に9年遅れをとっているということだ。
これが大袈裟ではないことは、中国の巨大テック企業「テンセント」の平均年収が日本円で約2000万円超えとなっている事実からも明らかだ。日本では「高給取り」とされるソニーグループでも、24年3月期の有価証券報告書によれば平均年間給与は1113万円である。
では、ゲームやテクノロジーという国際競争力が求められる分野で、この「人に投じるカネ」の圧倒的な差をどう埋めていくのか。
みんなの絆、ひとりひとりが倍働く、絶対にあきらめない心…などなど、日本人はどうしてもブラック企業的な精神論へ倒錯しがちだが、合理的、科学的に物事を考えられる組織ならばたどり着くのは「優秀な若手技術者の青田買い」という結論だ。
今の戦力で勝てないということは新しい人材を獲得するしかない。といっても、年収ウン千万をもらうテンセントのエンジニアや、アメリカのテック企業の技術者を引き抜いてくるということは今の日本企業には難しい。年功序列のムラ社会では周囲とのハレーションも予想される。
そうなると残されているのは、日本の優秀な若者の「海外流出」を防いで、どうにか自社に迎え入れるということだ。
会社に長くしがみつきたい学生には「ホワイト企業」アピールが効果的だが、先端技術の世界でのし上がっていこうというハングリー精神のある学生に響くのはやはり「初任給アップ」だ。
少し前、日本の大学生の就職先として人気になっていると話題になった台湾の半導体大手「TSMC」の初任給は日本企業のおよそ1.5倍だという。
テンセントなど年収数千万円が当たり前の海外のゲーム企業と熾烈(しれつ)な競争をしなくてはいけない、ソニー・インタラクティブエンタテインメントとして初任給42万円など遅すぎたくらいの対応なのだ。
● 初任給の大幅アップは 「追い出し部屋」よりキツい
ただ、一方で先ほど触れたような「賃金カーブ崩壊で組織内の序列が崩れる」という問題も懸念されるわけだが、実はこれも長い目で見ると2の《組織を蝕む「働かないおじさん」》を減らすことにつながる。
「働かないおじさん」とは、賃金カーブの恩恵でそれなりの給料をもらいながらも、文字通りに働かない、働いているフリをする中高年社員を指す。「雇用保蔵者」や「社内失業者」とも呼ばれる。
労組があって理不尽なクビ切りなどがない大企業に多く生息しており、どうにか定年退職という「上がり」まで会社にぶら下がることをミッションとしており、「年功序列社会の徒花(あだばな)」ともいうべき存在だ。
リクルートワークス研究所の推計によれば、2025年に雇用保蔵者が415万人にも上り、全雇用者の8.2%に達するというので、実は日本経済にもかなり影響を及ぼしている。
大企業で「初任給42万」が続々と導入されていけば、そんな「働かないおじさん」のマインドセットが変わっていくかもしれないのだ。
大学を出たばかりの若者の給料がこれだけ上がれば当然、実力のある中堅・ベテラン社員は黙っていない。会社側に対して自分にもそれなりの賃金アップを求めるだろうし、そこに不満がある者は退社して、より条件のいい競合などに転職をするだろう。
つまり「初任給42万円」という、賃金カーブという秩序を壊す劇薬が投入されることよって、実力のある社員、本当に会社が必要としている人々の動きが活性化されて、組織内でこれまで以上に能力や実績をシビアにジャッジするムードが醸成されていくのだ。
そうなると、「働かないおじさん」は居心地が悪くなっていくことは言うまでもない。
これまでなぜそういうスタイルが許されてきたのかというと、「みんな仲間」というスローガンのもとで、働いている人間も働かない人間も、等しく権利や待遇が守られているからだ。
しかし、「初任給42万円」というカオスが生まれたことでこの秩序が崩壊する。「働かないおじさん」の周囲には自分よりも高給取りの新人、後輩、同期がどんどん増えていく。
そこで「じゃあ、自分も」と上に掛け合うと「いや、でもあなたは働いてないですよね」と痛いところをつかれてしまう。これはある意味で、「追い出し部屋」よりもキツい。
このような形で「年功序列という楽園」から追放された「働かないおじさん」が採るべき選択は2つしかない。心を入れ替えてパフォーマンスを上げていくか、居心地の悪い会社から去るか、である。
● 外国人労働者の代わりに 働かないおじさんを働かせる
さて、こういう話になると「会社というものはどんな社員であっても雇用を守るべき」という考えの人たちは、「これは体のいいリストラではないか!」とか「そもそも高給取りの社員に能力を発揮させることができない会社が悪い!」という感じで、なにがなんでも「働かないおじさん」を会社に縛りつけようとするが、このような人々を労働市場に放出することは、日本経済という視点では悪いことではない。
3の《外国人労働者への過剰依存》という問題が解決に向かうからだ。
一部の政党が「移民問題」を訴えているように在留外国人が過去最多の395万人を突破、さまざまな地域で「文化衝突」が起きている。
ちなみに横浜市の人口は376万7468人(26年2月1日時点)なので今の日本は横浜市が丸ごと外国人タウンになったような状況なのだ。
そんな「移民問題」を加速させているのが、外国人労働者への過剰依存だ。厚生労働省によれば25年10月末時点での外国人労働者数は257万1037人と前年比で26万8450人増加して過去最多となっている。
当たり前の話だが、外国人労働者の皆さんは勝手に自分たちでやってきているわけではない。日本政府と企業経営者が「どうぞお願いしますんで、日本で働いてください」と招いているのだ。
「移民反対」を掲げる人々からすれば怒り心頭だろうが、なぜそんなことをしているのかというと、「人手不足」だからだ。
帝国データバンクによれば、2025年に人手不足を理由とする企業の倒産が427件と過去最多にのぼったという。また、全国2万3859社(有効回答企業数1万620社)を対象に「雇用過不足」に関するアンケート調査を実施したところ、2026年1月時点で正社員の人手不足を感じている企業は52.3%にも上っている。
ご存じのように、自民党の有力支持団体には、日本商工会議所という中小企業経営者の団体がある。各地の自民候補者の選挙でも、地域の商工会が支えてくれている。彼らが「人手不足なので安価に使える外国人労働者プリーズ」と請えば、高市首相もノーとは言えないのである。
そして、嫌なことを言うようだが、日本の人手不足問題はどんどん深刻化していく。
日本は毎年90万人という和歌山県とほぼ同じ規模の人口が減っていく「縮みゆく社会」だからだ。
それはつまり、日本企業を「人手不足倒産」から助けるため、政府はこれから外国人労働者を300万人、400万人と増やしていく算段ということでもある。
そうなれば、在留外国人が500万人を突破する日も近い。これは北海道全体が「外国人居住区」になるイメージだ。
「いや、外国人排斥をするつもりはないけれど、さすがにそれは増えすぎじゃない?」と思う人も多いだろう。そこでこの状況を少しでも緩和できるのが、415万人いると言われている雇用保蔵者、つまり企業内で煙たがられている「働かないおじさん」だ。
「人手不足」に悩む会社にとって、40代だろうが50代だろうが来てくれるだけでありがたい。しかも、大企業でそれなりに経験を積んだ社会人経験のある人ならば、異国からやってきて日本語も勉強中の外国人よりも仕事を任せやすい。
● 「働かないおじさん」が 働くと賃上げが進む
「働かないおじさん」にとっても、先ほどから説明している「初任給42万円ショック」によって長年仕えてきた組織から戦力外通知をされたので、必要とされればモチベーションも上がるはずだ。
最大のネックは前職からガクンと収入が下がるということだが、これは「外国人労働者の受け入れ制限」という政治的判断で解決する。
なぜ日本の賃金がここまで低いのかというと、労働生産性の低さうんぬん以前に安易に外国人労働者に頼りすぎたということがある。
本来、日本は深刻な人手不足なのだから、建設現場、コンビニ、食品工場、介護など若者が敬遠するような仕事も賃上げで、人材を獲得しなくてはいけない。
厳しいようだが、それができない経営者は市場から退場する。そして、残された事業を吸収・合併した企業が規模を拡大したり、新たな事業者が参入したりという「産業の新陳代謝」が活性化されて、経済というものは成長していく。
しかし、日本は先ほども言ったように政権与党が「中小企業経営者が大票田」ということもあって、人手不足でも賃上げをしなくても乗り切れるウルトラCが導入された。もうおわかりだろう、それが安倍政権から推進している「外国人労働者の受け入れ拡大」である。
「技能実習生」などの名目で安価に働いてもらえる外国人労働者を「輸入」すれば、人手不足業界は賃上げをする必要がなく事業継続できてしまう。
中小企業経営者はハッピー、彼らから選挙支援を受ける自民党もハッピー、安くてうまいコンビニのスイーツなどを楽しめる消費者もハッピーという「三方よし」の施策に見える。
だが、日本経済的には最悪の展開で、本来であれば退場すべき企業が延命したことで産業の新陳代謝が損なわれ、低賃金がビタッと固定化されてしまった。
これが「安いニッポン」、いや「貧しいニッポン」をつくってきた要因のひとつである。
「初任給42万円」と聞くと、これまでの常識が壊れてしまうように心配するサラリーマンも多いだろう。しかし、257万人もの外国人労働者に人手不足問題を押し付けながら、年功序列社会のなかで「働かないおじさん」が415万人もいることからもわかるように、日本の産業構造はとっくの昔に壊れてしまっている。現状を変えていくには、このような「劇薬」しかないのではないか。
