トランプのイラン攻撃で露呈したロシアと中国の「戦略的敗北」
今回のアメリカとイスラエルによる対イラン攻撃は、多くの人にとって唐突に映っただろう。直前までの報道では、イランとの核交渉に一定の進展が見られるかのようなニュアンスが強調されていたからである。
しかし、実際の情勢はそれほど楽観的なものではなかった。
トランプ大統領は、イラン国内で頻発していた大規模な反政府デモと、それに対する苛烈な弾圧を繰り返し強く非難し、イラン国民に向けて直接的なメッセージを送り続けてきた。
市民が大量に殺害される事態が続くなかで、軍事的手段を排除しないとの姿勢も明確にしており、事実上のレッドラインを示していたのである。
日本における一連の報道などを見ると、このことに触れているものが意外なほど少なかった。その背景には、イラン政府がネットを遮断したため、イラン民衆の生の声が届きにくかったこともあるのかもしれない。
もちろん核問題も、今回の攻撃を決定づけた重要な要素である。
イランは核保有の野心を捨てておらず、バイデン政権下でも正式合意が成立しないまま、制裁下で核能力の拡張を続けていた。トランプ大統領は、核開発そのものを完全に断念させると明言していた。
核保有の野心を絶対に捨てないイランと、核開発を完全に遮断させようとしているトランプ政権のあいだでは、妥協点が存在していなかった。最初から交渉による妥結の余地はほぼなかったのである。
つまり今回の攻撃は、突発的な選択ではなく、トランプ政権の政策方針とイランの現実を重ね合わせた結果、起こるべくして起きたものだと言うべきだろう。
重要なのは、トランプ大統領とネタニヤフ首相が、明確に体制転換(レジーム・チェンジ)に言及している点だ。
アメリカの真の狙いは、革命防衛隊を中核とする現体制の支配力と寿命をどこまで削れるかにある。革命防衛隊はイラン革命を中東に拡大するために、各地に存在するテロ組織への支援を続けてきた。
たとえば、トランプ大統領は、「世界最悪の人道危機」と称されるアラビア半島のイエメンを救うべく何度もコミットしてきたが、フーシ派の支援を続けるイラン革命防衛隊の存在があるかぎり、イエメンを救うことは困難である。
つまり、イランだけでなく、中東の平和を取り戻すためにも、革命防衛隊の影響力を封じることが必要になっている。
もちろん、イラン核問題は今回の攻撃のきっかけとなった重要な要素ではあるが、それは体制転換を視野に入れた包括的戦略の一部である。
この構図は、過去の中東介入と本質的に大きな違いはない。「正義対悪」という単純な物語で理解すれば、今回の戦争の本質を見誤ることになるはずだ。
● イラン国民は「アメリカによる解放」を望んでいるのか?
SNS上では、イラン攻撃を歓迎し、路上で踊る人々の映像や体制打倒を期待する声が数多く拡散されている。長年、革命防衛隊による抑圧に苦しんできた人々の中に、希望が芽生えたこと自体は否定できない。
ただし、それをもって「国民蜂起の前夜」と見るのは楽観的に過ぎるだろう。現在のイラン社会は、歓喜と同時に、深い恐怖が共存する、きわめて分裂した心理状態にあると考えられるからだ。
直近の抗議活動に対して、治安部隊は極めて苛烈な弾圧を行ってきた。
その苛烈さは、民衆の反政府運動を心理面からも断ち切るために計算尽くでおこなわれていると考えられる。実際、多くの市民が殺害され、その記憶は社会全体に深いトラウマを残している。
この「記憶」こそが、体制側にとって自分たちを防御するための最大の抑止力となっているのである。
人は理念や理想よりも先に、現実的な恐怖と損得を計算する。「民主主義のために命を賭ける」という行動は、歴史的に見ても例外的なものであり、大多数の人々がそこまで踏み切ることは稀である。
したがって、アメリカが軍事攻撃を通じて革命防衛隊に打撃を与えたとしても、民衆が一気に政権打倒へとなだれ込む可能性は高くないと考えるべきではないだろうか。
体制転覆が短期間で実現する可能性は、現段階では限定的と見るのが妥当だろう。
● イラン現体制は「自滅」を選ばない
イランは中東各地で武装勢力を支援し、地域の不安定化を招いてきた。その意味で国際社会からはテロ支援国家と見なされてきたが、だからといって自殺的な国家行動を取るわけではない。
イラン体制は「国家」として存続することを最優先に行動してきた。
仮にアメリカに対して全面的な報復に踏み切れば、圧倒的な軍事力を呼び込み、体制崩壊のリスクを一気に高める。そう考えれば、現体制の目標は「逆転勝利」ではなく、いかに生き延びるかにある。
核開発、ミサイル戦力、代理勢力はいずれも使い切る兵器ではなく、交渉カードである。
仮に報復が抑制的であったとしても、それは弱腰だからではなく、体制がなお合理的判断能力を維持している証拠と見るべきだろう。
イランは長い歴史があり、現在も限定的ながら民主選挙制度を組み込んでいる。そういう意味では、宗教的最高指導者の排除によって民主化にシフトする可能性はある。ただし、ハメネイ師は実際には「象徴的存在」に近く、組織トップとして辣腕を振るってきたとは言いがたい。
ハメネイ師が排除されたところで、実際に革命防衛隊を動かしている体制そのものは温存されており、民主化の道はかなり険しい。
歴史が示すとおり、権力の空白を最初に埋めるのは、理想を語る知識人ではなく、組織化された暴力装置を持つ勢力である。革命防衛隊はイラン国軍に匹敵する戦力を持ち、かつコングロマリットによって経済的にも担保された「もう1つの国軍」である。
王党派の象徴であるレザー・パフラヴィー元皇太子に一定の支持が集まっているものの、国内に革命防衛隊に対抗できる組織的基盤を持っていない以上、革命防衛隊の弱体化が即、民主化に結びつくというのは楽観に過ぎるだろう。
● トランプの狙いは体制の短命化
アメリカはこれまで、「独裁者が倒れれば民主化する」という幻想のもとで、何度も深刻な失敗を繰り返してきた。その典型例がアフガニスタンである。
アメリカは2001年にタリバン政権を打倒し、その後20年にわたって民主国家の建設を試みた。だが、その結果は、2021年の米軍撤退とともにタリバンが電撃的に復権し、国家そのものが崩れ落ちるという惨憺(さんたん)たるものだった。
問題は、アメリカが軍事的に負けたことではない。政治的現実を誤認していたことにある。
アフガニスタン社会には、民主主義を支える制度、治安、エリート層の合意、そして国民的な統合が存在しなかった。にもかかわらず、「独裁体制を倒せば、あとは民主主義が自然に根付く」という楽観論に依存した結果、国家建設は砂上の楼閣と化した。
トランプ大統領は、この失敗をよく理解している。少なくとも、過去の民主化介入を理想化してはいない。だからこそ、今回のイラン攻撃においても、アメリカは「民主国家を作る」ことを目標に掲げていないはずだ。
狙いはあくまで、革命防衛隊を中核とする現体制の支配能力を削ぎ、交渉可能なカウンターパートにすることであり、国家再建や民主制度の輸出ではない。言い換えれば、トランプ政権は「体制を倒した後の理想像」を描かない代わりに、「体制の寿命をどこまで短くできるか」という、より冷酷で現実的な目標設定を行っている。
この点で、今回の対イラン戦略は、イラク戦争やアフガニスタン介入とは明確に異なる。人道的でも理想主義的でもなく、少なくとも「幻想」に基づいた戦争ではない。
トランプ大統領は、ベネズエラ攻撃においても、国家体制そのものを崩壊させる介入は行わなかった。「民主化すべきではないか」と問われたとき、「イラクを見ろ」と答えている。もちろん、「アラブの春」後の混乱のことを指している。
「アラブの春」で起こった民主化運動は、チュニジアを除いてすべて失敗に終わっている。独裁国家から独裁者が消えれば民主国家になるというのは、幻想に過ぎないのである。
● 静かに追い込まれるロシア
この戦争で、静かに不利な立場に追い込まれているのがロシアである。
ロシアはウクライナ戦争以降、イランを軍事・経済両面での準同盟国としてきた。ドローン供給、制裁回避ルート、対米牽制(けんせい)。いずれもイランへの依存度は高い。しかし現在のロシアには、イランを本格的に軍事支援する余力はない。
かといってイランを見捨てれば、「同盟国を守れない大国」という致命的なメッセージを世界に発信することになる。
イラン攻撃によって原油価格が上昇すれば、短期的には利益になり得るものの、中長期的には防衛力が弱体化して、制裁包囲を強化されることになる。ただでさえ脆弱(ぜいじゃく)なロシア経済をさらに締め上げる要因となるはずだ。
今回のイラン攻撃によって、ロシアが軍事大国としての戦略的余裕を失っていることが明らかになってしまったわけだが、この点もトランプ大統領の計算だろう。
トランプ大統領はウクライナ戦争を止めることを重要課題にしているが、うまくいっていない。
ロシアを止めるためには、その軍事力維持を側面から支援しているインドとイランを、ロシアと切り離すことが重要になっている。インドはロシア産原油の輸入によってロシア経済を支え、イランは、制裁で滞った戦略的な物資をロシアに輸出しつづけている。
アメリカは、インドについてはすでに一定の圧力をかけるのに成功している。さらにイランを抑え込むことができれば、ロシアは大打撃を受け、ウクライナ戦争を停戦に追い込む可能性が増す。
● 中国への影響はあるか
一方、今回のイラン攻撃については、中国がかなり抑制的で、アメリカに対する正面からの批判を避けている。だが、中国もまた打撃を受けた国だと考えるべきだろう。
中国は産油国であるイランとベネズエラに莫大な投資をして、原油権益を武器化してみずからの覇権を拡大し、ドルに対抗できる「ブリックス通貨圏」を作る野望を進めてきた。
だが、その野望は、1月3日のベネズエラ攻撃と、今回のイラン攻撃で実質的に断たれることになった。
また、イラン体制が不安定化すれば、中国もまた原油の安定供給と中東での影響力の双方を失うリスクに直面する。さらに、中国はイランを軍事的に守る立場にはないため、ベネズエラのときと同様に、せっかく作り上げた権益が失われるのを見守るしかない。
中国外交の基本は「内政不干渉」と「安定」であり、体制転換戦争は最も望まない事態である。
今回の件で、中国が掲げてきた「秩序ある多極化」が、実は砂上の楼閣に過ぎなかったことが露呈したのである。
● 最悪は「地域戦争」、最良で「普通の国」
最後に、このイラン攻撃がもたらす今後のシナリオを「最悪」と「最良」で整理してみたい。
最悪のシナリオは、イランが湾岸諸国の石油施設などを攻撃し、地域戦争へと拡大するケースだろう。それに対して、最良のシナリオは、革命的な民主化ではなく、イランが「普通の国」へと回帰することである。
イランは人的資本、資源、歴史のいずれを取っても、本来はG20級の潜在力を持つ大国である。日本とイランが長年にわたって比較的良好な関係を維持してきた背景には、どちらも古い歴史を持つ伝統国家であるという共通点がある。
しかし、現在のイランは、革命イデオロギーを最優先するテロ輸出国家に変質している。その装置として機能してきた革命防衛隊が弱体化すれば、イデオロギーより国益を優先し、人々が恐怖なく暮らせる「普通の国家」へと向かう可能性は残されている。
現在のイランは、「トンネルの先に光は見えているが、そのトンネル自体が崩れずに抜けられるかどうかは、まだ分からない」という段階にあるのではないだろうか。
