日本にも「自動運転」がやってくる 先行する海外メーカー、国内勢は“いつか来た道”を回避できるのか
「iPhoneにタイヤをつけたようなクルマ」と表現される米Tesla。IT・ビジネス分野のライターである山崎潤一郎が、デジタルガジェットとして、そしてときには、ファミリーカーとしての視点で、この未来からやってきたクルマを連載形式でリポートします。
横浜の一般道でハンズオフ運転を実現
福音は突然やってきました。Tesla Japanが自身のXアカウントに「FSD (Supervised)」(監視付自動運転)の一般道でのテスト走行の様子を動画で投稿しました。走行場所は、横浜市のみなとみらい地区です。連載開始から4年余、記念すべき連載50回目にふさわしい話題として取り上げます。
監視付の自動運転なので、ドライバーが運転席に座り、ハンズオフ状態ながら両手をハンドルに対し8時20分の位置に置き、いつでも介入できるようにしています。自動運転のレベル分けに照らすとドライバーによる監視が必要な「SAEレベル2」に分類されるものと思われます。いわゆる「先進運転支援」というものです。
動画では、直進、右折の矢印信号を認識し、路肩の駐車車両を避け、工事による車線規制では、後続車との間合いを測りながら右の車線にスムーズに合流します。初めての人なら迷いそうな大桟橋入口の変則的な交差点も難なく通過します。まさに、ついに来たか!という思いで、動画を何度も見返しました。ただし、「国内リリース時期は、弊社開発状況および規制当局の許認可に依存します」と明記されているので、一般ユーザーの車両への実装がいつになるのかは分かりません。
また、「自動車基準調和世界フォーラム(WP29)」が2025年9月に運転支援に関する法基準UN-R171を更新しました。レーンキープ機能について規定したUN-R157と併せて許認可の環境が整いつつあります。
UN Regulation No 171 – Uniform provisions concerning the approval of vehicles with regard to Driver Control Assistance Systems (DCAS) [2025/1899]
ただ、大手国産メーカーのある自動運転開発責任者は、「WP29の基準が現実の技術に追い付かなくなっています。SAEのレベル分け自体がそのうち意味のないものになるかもしれません」と耳打ちしてくれました。技術の進化にルールが追い付かないのはありがちな話です。LLMによるEnd-to-Endな開発手法がこれまでの常識を変えたのかもしれません。
話をFSD (Supervised)に戻します。日本経済新聞は2025年10月11日、「テスラのAI自動運転、国交省『ソフト更新で後付け可能』 日本でテスト」というタイトルで記事を配信しました。記事中では、「保安基準を満たした新車と同じ性能であれば、販売済み車両に対して自動運転関連のソフトを更新できる」という国交省のコメントを掲載しています。
期待は否が応でも高まります。オプション料金を支払えば、自車がOTAアップデートでFSD (Supervised)搭載車になります。ただ、筆者が所有するHW3という1世代前のコンピュータ搭載車には、最新のFSD (Supervised)は非対応という言説もあります。
しかし、Tesla, Inc.の2025年第3四半期決算説明において、CFOのヴァイバヴ・タネジャ氏は、「私たちはHW3を諦めていません。彼らは、Teslaの目的を支えてきた重要な顧客であり、必ず対応します」とコメントしました。ぬか喜びにならないことを祈るばかりです。
銀座の雑多な裏通りで自動運転レベル2
Tesla JapanのFSD動画公開から約1カ月後、日産も次世代プロパイロットを搭載した「アリア」による自動運転レベル2の走行動画を公開しました。こちらは、公式動画だけでなく、自動車系のユーチューバーも同乗動画を公開しているので、たくさんの情報に接することができます。
東京・芝公園のホテルを出発し日比谷通りや銀座をハンズオフで走行する様子を見ることができます。車線変更、歩行者や対向車など周囲の状況を考慮した右左折をスムーズにこなし、車線変更で割り込んでくる他車に進路を譲ります。銀座の雑多な裏通りも問題なく走行します。
クスッと笑ったのは、右折のシーンでアリアの後ろに付いた営業系のハイエースがイラッとした印象の挙動を示している点です(下記動画の3分30秒付近)。アリアは、対向車が来ずとも、横断歩道を渡る(かもしれない)歩行者の存在を先読みして進まなかったのかもしれませんが、後ろのハイエースのドライバーは、「さっさと行け!」といった気持ちだったのかもしれません。
次世代プロパイロットのデモ走行
Teslaの動画にも共通して言えることですが、自動運転というのは、人間のように突発的な感情に支配されず、常に沈着冷静でロジカルな思考をしつつ、ルールやマナー順守で慎重に運転している、そんな印象を持ちました。
AIによるEnd-to-Endで模範的なドライバーの運転を学習させた結果なので当然といえば当然なのでしょう。あおり運転など間違ってもしないでしょう。ただし、慎重かつ順法運転なので、逆にあおり運転を受けるリスクが高まる可能性も否定できません。
以前筆者は、本連載でTeslaからの警告 ルールと実態の乖離問題をどう解決するのかという記事において、オートパイロットを使用して交通法規に従って走った際の後続車両からのプレッシャーについてレポートしました。
日本においてFSD (Supervised)が実装された場合、品行方正にルール通りに走行しているクルマがあり、よく見るとTeslaだった、といったことが現実のものになるのかもしれません。ただ、最新FSDに実装された「マッドマックスモード」は、悪い冗談でちょっといただけません。
センサー類が多い方が「監視の目」が行き届くのか?
FSD (Supervised)は、Teslaが自社で開発している自動運転システムです。一方、次世代プロパイロットは、英Wayve Technologies(以下、Wayve)が開発する「Wayve AI Driver」を搭載しています。Wayveは、ルールベースではなくEnd-to-Endな開発を行っています。また、両社には車両に搭載されたセンサーにも差異があります。
TeslaのFSD (Supervised)は、7~8台のカメラ画像だけで周囲の状況を認識して運転しますが、今回の次世代プロパイロットを搭載したアリアには、11台のカメラに加え、5台のミリ波レーダー、1台のLiDARと、各種センサーがてんこ盛り状態です。
Teslaは、現在販売されている車両にハードウェアの追加なしに、FSD (Supervised)を実装可能として、カメラだけのシステム「Tesla Vision」を採用しています。これにより、車両価格の上昇なしに、ソフトウェアのオプション料金(8000ドル)だけでFSD (Supervised)を実現することができます。
一方、日産の次世代プロパイロットを車両に実装するためには、カメラ、LiDAR、レーダーの追加が装備が必要です(現状のアリアは、カメラ5台、ミリ波レーダー5台、超音波センサー12台)。ハードウェアの追加に加え特別なソフトウェアを実装するわけですから一般市販する際には、車両価格がそれなりに上昇すると思われます。
前述した通り、Teslaの場合、納車後であってもオプション料金を支払えば、ソフトウェアアップデートでFSD (Supervised)を実装することができますが、次世代プロパイロットの場合は、購入後の後付けが難しそうです。新車購入時のメーカーオプションという範ちゅうに入るのかもしれません。ちなみに、TeslaのFSD (Supervised)には、月額99ドルのサブスクも用意されています。
LiDARを追加すると車両価格が上昇する?
ここで考慮しなければならないのは、次世代プロパイロットを実現する技術「Wayve AI Driver」は、カメラ映像だけの自動運転を主眼に置いている点です。Forbes Japanの記事によると、Wayveは、LiDAR不要を宣言した企業とのことです。Wayveのサイトにもそのような記載があります。にもかかわらず、日産はなぜLiDARを搭載したのでしょうか。ちなみに、Wayveのサイトには、車両メーカーが要望すればLiDAR類の搭載にも対応可能といった文言も書かれています。
LiDARなしでの自動運転実現可能を宣言した企業のシステムを導入するにあたり、日産がLiDARという高価な仕組みを搭載することの意味はどこにあるのでしょうか。YouTubeに投稿された動画の中で日産の開発者は「カメラは近くを、LiDARは遠くを監視」といった説明をしています。LiDARの採用は、より確実性を求める日本企業の姿勢や考え方にその根源があるのかもしれません。あるいは、日本政府の方針なのでしょうか。
ただ、先述のように、LiDARを追加すると車両価格が上昇する可能性があります。そうなると、購入するユーザーが限定されてしまうのでは、という危惧を感じます。安全な運行に寄与するこのような仕組みはより多くの人が利用してナンボ、普及してナンボです。
近年ではLiDARも低価格化してきたようですが、低価格化したLiDARが、安心・安全志向の強い日本企業の導入要件を満たすのかどうかは「中の人」でない筆者には分かりません。
日本の自動車産業は将来大丈夫なのだろうか
日産の発表の後、テレ東BIZのYouTubeチャンネルで、ソフトバンクグループの孫正義氏が自動運転車に試乗する動画が公開されました。Wayveのアレックス・ケンダルCEOが運転席に座ります。こちらの動画は、Tesla Japanや日産のものよりさらに衝撃的です。
「これから東京の道では最も難しいシナリオをお見せします」と前置きした上で、おそらく新橋周辺と思われますが、飲食店が両脇に立ち並び通行人がたくさん歩く裏道をハンズオフで走行しています。日本の都市部の雑多で狭い路での自動運転など夢のまた夢と思っていただけに、周囲の状況を考慮しながらゆっくりと進む映像には驚かされました。
四方八方に通行人がいる環境においては、たくさんの「目」を持ったシステムの方が、人間のドライバーより安全なのではと思わせるに十分な内容です。ちなみに、ソフトバンクグループは、Wayveに出資しています。
ただ、孫正義氏の試乗動画を見たことで、次世代プロパイロットの日産はすごいね、さすが「技術の日産」(死語か?)と、喜んでいる場合ではないことに、はたと気づきました。日本の自動車産業は将来大丈夫なのだろうかという危惧に捕らわれたのです。
というのは、孫氏が試乗したのは、日産アリアではなく、Wayveが開発に利用している米FordのMustang Mach-Eだからです。何が言いたいのかというと、この動画により、実のところ、日産の技術がすごいのではなく、自動運転システムとしてのWayve AI Driverが優秀であることが露呈していると感じたからです。
Wayveのシステムとカメラを導入すれば、米Ford・マスタングであっても、アリアであっても、車種やメーカーに関係なく、自動運転を可能にし、クルマは単なる「ソフトウェアを動かす箱」に成り下がるのではないかということです。
実際、孫氏は、この動画の中で「十数万円のアダプターを後付けすることで実現できる」とコメントしています。さすがに十数万円は誇張しすぎでしょうが、日産と孫氏の動画を見て、自動運転時代のクルマの「価値」はソフトウェアやシステムにあって「箱」にはない、ということを示す事例だと感じたのです。
ただ、ここで日産の名誉のために付け加えると、日産はこれまでルールベースで自動運転を開発してきたという経緯があります。Wayve AI Driverの導入に舵を切ったということは、これまで開発してきたルールベースの資産を全て捨て去ったということを意味します。過去にとらわれることなく未来を向く姿勢は、AI関連の技術が光速で進化する現実を見据えた素晴らしい判断ではないでしょうか。復活して欲しいものです。
国内の自動車産業も「いつか来た道」をたどるのか
トヨタが中国で販売している人気のEV「bZ3X」には、中国の自動運転スタートアップ企業であるMomentaのシステムが搭載されています。トヨタだけでなく、日産の「N7」にもMomentaのシステムが搭載されています。両事例ともに、中国で販売するEVなので、郷に入っては郷に従えで、中国企業のシステムを搭載しなければならなかったのだとは思いますが、何か寂しものを感じます。
底力のある巨人トヨタだけに、現状のADAS(先進運転支援)を進化させ、Wayve AI DriverやFSD (Supervised)に負けないシステムを国内販売車種にも搭載してくれることを期待します。ただ、そうは言ってもソフトウェアという肝心要の部分は、全部海外企業に牛耳られ、日本のメーカーは「箱」としてのクルマを作るだけの会社に成り下がってしまう危惧は拭いきれません。
ケンダルCEOは動画の中で、日産だけでなく「日本のいくつかの大手自動車メーカーとパートナーの関係にある」といった趣旨の発言をしています。半導体、PC、蓄電池、太陽光パネルなどの敗戦事例が頭に浮かび「いつか来た道」とならないことを願うばかりです。
