ワシントン影響力競争:半導体王NVIDIAフアン氏がマスク氏とクック氏を凌駕、新たなキーパーソンに
米首都ワシントンで今、テクノロジー企業間のパワーシフトに大きな動きが起きている。主役は、AI革命の旗手、米エヌビディア(NVIDIA)のジェンスン・フアンCEO(最高経営責任者)だ。
7月下旬、同氏がトランプ政権内で絶大な影響力を発揮し、長年ワシントンの「顔」とされてきた米アップルのティム・クックCEOや米テスラのイーロン・マスクCEOを凌駕する存在感を示したことが明らかになった。
これは単なる一個人の成功物語ではない。米国の対中技術戦略が、新たなキーパーソンを中心に、より複雑で現実的な新局面へと移行しつつあることを示す象徴的な動きと言える。
フアンCEO、ワシントンで影響力を確立
7月下旬、CNBCなどの米メディアから、エヌビディアのフアンCEOが政治的影響力において他の巨大テック企業のトップを圧倒しているとの報道が相次いだ。
その背景には、同氏の巧みな政治的手腕と、トランプ大統領との緊密な関係構築がある。
象徴的だったのは、中国市場向けAIチップ「H20」の輸出制限が事実上、撤回された一件だ。今年初めから制限されていたこの措置に対し、フアン氏は公然と反対ロビー活動を展開。
7月にはトランプ大統領と直接会談し、その直後に訪中するなど精力的に動いた。結果、米中間の貿易交渉の枠組みの中で、H20の輸出再開という「歴史的勝利」(米ウェドブッシュ証券のアナリスト、ダニエル・アイブス氏)を勝ち取った。
さらに、フアン氏は今年5月にトランプ大統領の中東訪問に同行。アラブ首長国連邦(UAE)との大規模なAI契約締結に貢献した。
これは、米国の技術的優位性を世界に示す絶好の機会となった。この一件で、フアン氏の米政権内での評価は決定的なものになった。
米国の技術覇権とNVIDIA成長戦略が一致
フアン氏の狙いは明確だ。同氏はトランプ大統領に対し、「米国の技術が世界標準となるためには、中国のような巨大市場へのアクセスが不可欠だ」と説得を重ねてきた。
中国勢の猛追をかわし、AI革命の主導権を握り続けるには、規制によって市場から締め出される事態は避けなければならない。フアン氏の主張は、企業の成長戦略そのものだった。
一方、トランプ政権がこの主張を受け入れた背景には、対中戦略の現実路線へのシフトがある。中国を技術的に完全に孤立させるのではなく、むしろ最先端ではないが十分に高性能な米国製チップに依存させ続ける。
これにより、中国の技術開発を米国の管理下に置きつつ、米企業の利益を確保するという、より巧みな戦略だ。
ホワイトハウスで影響力を持つデビッド・サックスAI・暗号資産担当顧問も、過度な輸出制限が中国の国産化を促すリスクを指摘しており、フアン氏の主張と軌を一にするものだった。
「フアン時代」の到来と、取り残される巨人たち
一連の動きにより、エヌビディアは最大の海外市場の1つである中国での事業再建への道を切り開いた。同時に、高性能チップへのアクセスを絶たれかけていた中国のAI企業は、開発のボトルネックを解消する一筋の光明を得た。
このフアン氏の台頭は、これまで米中間の橋渡し役と目されてきた他のテック界の巨人たちの退潮と好対照をなしている。
第1次トランプ政権で巧みな交渉術を見せたアップルのティム・クック氏は、生産拠点のインド移管などを巡り現政権から厳しい視線を向けられている。かつて蜜月状態にあったトランプ氏とイーロン・マスク氏の関係は、今や冷え込んでいる。
米調査会社、コンステレーション・リサーチのCEO、レイ・ワン氏は「第1次政権がアップルとクック氏の時代だったとすれば、今はエヌビディアとフアン氏の時代だ。
ほぼ全てがエヌビディアのチップにかかっている」と語る。ワシントンにおけるテクノロジー企業の序列は明確に塗り替えられたという。
盤石に見える影響力の先にある不確実性
フアン氏とエヌビディアは今、まさに時代の寵児だ。しかし、この蜜月が永遠に続く保証はない。専門家からは、「エヌビディアはチップ規制の主要な標的から、主要な影響力を持つ存在へと変わった。
問題は、その瞬間がどれだけ続くかだ」(米調査会社ロジウム・グループのレヴァ・グージョン氏)と、その影響力の持続性に疑問を呈する声も上がる。
米国の対中半導体戦略の「ゴールポスト」はこれまでも度々動かされており、今後の政治情勢や貿易交渉のカードとして、再び規制が強化されるリスクは存在する。また、現在進行中の半導体産業全体への調査が、新たな関税の火種となる可能性も否定できない。
フアン氏がもたらした変化は、米中技術覇権争いが新たなフェーズに入ったことを示している。しかし、その行く手は依然として地政学という霧の中にあり、視界は良好とは言えない。
ワシントンの新たなキーパーソンとなった同氏の手腕が、今後どのような影響を及ぼすのか、多くの業界関係者が注視している。