YouTubeで爆発的人気、「トランプ揶揄」のAI動画に中国やロシアが関与か
YouTubeでは、各国首脳を揶揄するAI(人工知能)生成動画が人気で、今年最も視聴された政治的コンテンツの1つとなっている。内容は、独裁者や政治家、トランプ米大統領をこき下ろす過激コメディといったものだ。
なかでも再生回数が多いのは、イランの最高指導者ハメネイ師の動画だ。ハメネイ師はトランプとネタニヤフ首相の2人に飛行機から突き落とされ、その後プーチン大統領と共にクマの群れをけしかけ反撃する。この動画の再生回数は2000万回を超え、「いいね」は約15万件に達した。日本では違法のケタミン、便秘解消サプリ、「世界初の量産型外骨格」と称する製品などの広告も表示される。
YouTubeには各国首脳を揶揄する複数のアカウントがあり、この動画はその1つによるものだ。どのアカウントも、アニメ風AI生成コメディで短編動画を量産している。
YouTubeにあるこうした動画全体の総再生回数は、今年の年初から22億回を超えている。参考までに、ホワイトハウスの公式YouTubeチャンネルの再生回数は2006年の開設以来で8800万回、人気のトーク番組『デイリーショー』は9年間で44億回にとどまっている。
■プーチン、ハメネイ、金正恩、トランプ、ネタニヤフなどをからかう
多くの動画で、プーチン、ハメネイ、金正恩はトランプとネタニヤフをからかい、閉じ込め、時には殺すトリックスターとして描かれる。また、プーチンがメラニア・トランプとデートをしたり、男たちが互いに石油を浴びせ合ったり、独裁者3人がトランプを地面の穴に閉じ込めたりする場面が繰り返し登場する。猛獣による襲撃、斧・ノコギリで石油パイプラインを破壊する場面、果物でできた乗り物も定番の要素だ。
別の例としては、ゼレンスキー大統領がトランプのトイレに爆薬を仕掛けるシーン、JD・バンスがメイドに扮してハンバーガーをトランプに給仕する場面、プーチン・金正恩・ハメネイが星条旗を燃やすシーンが挙げられる。プーチンがクマにまたがって矢を放ち、鷲の体を持つネタニヤフからハメネイを救い出した後、プーチンとハメネイがその鷲を食べるシーンもある。
●暗殺シーンもコメディ風に演出し娯楽として配信
これら動画は往年のコメディ映画と人気アニメの中間のような作風で、笑い声やシットコムのテーマ曲を採用し、暗殺シーンもコメディ風に演出している。動画を投稿したアカウントによると、「ただの娯楽で誰も傷つける意図はない」という。フォーブスは制作者に取材を試みたが、応答はなかった。
■中国の習近平国家主席が描かれる機会は少ない
一方、中国の習近平国家主席が描かれるのは稀だ。そのわずかな出演シーンは、トランプに靴磨きをさせる場面、トランプの自伝を読みながら大笑いする場面などに限られる。
調査会社Zelfによると、2025年にYouTubeで最も視聴されたトランプ関連動画のうち8本が、こうしたアカウント群によるものだった。その中で、最大規模のアカウント「メイク・AI・グレート・アゲイン」は、4月に初めて注目を集めた。きっかけは、トランプが中国への強硬な関税を発表した際に、米政府高官が低賃金の「ブラック工場」で働く場面を収めた動画を投稿したことだ。
●メディアがホワイトハウス報道官に質問し、注目を集める
この動画はもともと中国のSNSで人気だったもので、中国とロシアの国営メディアによって拡散されたものだ。しかも「メイク・AI・グレート・アゲイン」のアカウントは、「ホワイトハウスに公式に認知された」と豪語している。その証拠として挙げているのは、4月の記者会見でレヴィット報道官が前述の動画について質問を受けたことで、その映像へのリンクを掲載している。ホワイトハウスはフォーブスのコメント要請に応じなかった。
それ以来これらアカウントはYouTubeでの存在感を高め続け、インドのモディ首相、フランスのマクロン大統領、テスラのイーロン・マスクも揶揄の対象とした。6月に開設されたアカウント「Global Presidents」も6億6000万回以上の再生回数を記録しており、ロシアの支援を受ける西アフリカの軍人、イブラヒム・トラオレを取り上げた動画シリーズを制作している。トラオレは2022年にブルキナファソでクーデターを起こし、フランス軍を追放した後にロシアと中国寄りの姿勢を強めている。
●中国とロシアは、西アフリカでのプロパガンダ活動にも注力
米国の超党派シンクタンク「Alliance for Securing Democracy」において、メディアとデジタル偽情報を研究する上級研究員のブレット・シェーファーは、この動画の制作者が「単なる金銭目的ではなく地政学的な意図を持っている可能性がある」と指摘した。その根拠として、題材にトラオレを選んだ点や、習近平がほとんど登場しない点を挙げた。
トラオレはYouTubeの主要市場である西側諸国では知名度が高くないため、視聴数や「いいね」を稼ぐには不向きだ。しかし近年、中国とロシアは西アフリカでのプロパガンダ活動に巨額を投じてきた。
シェーファーはさらに、「Global Presidents」が、中国国営メディアで人気となった北京の軍事パレード、ベネズエラのマドゥロ大統領が中国製スマートフォンを称賛する動画を投稿していると指摘した。
■政治的および金銭的な動機を持っている可能性
これらアカウントの目的は、それぞれ異なるようだ。シェーファーによれば、「メイク・AI・グレート・アゲイン」は中国政府の主張を取り入れている。「Hatim’s Shorts」と名乗るアカウントはバルカン地方のダンス、またアルメニアとアゼルバイジャン間の交渉を題材にしていた。シェーファーは、「米国人が作った動画には見えない」と述べ、背後にいる人物が政治的および金銭的な動機を持っている可能性があると指摘した。「複数の動機が入り混じっていることは珍しくない」とも彼は語った。
■「AI生成のフィクション」を明示しているため、規約違反に該当しない
これら動画は、投稿者が「AI生成のフィクション」であることを明示しているため、YouTubeの規約違反には当たらない。YouTubeは通常、中国やロシア政府が裏で支える組織的な影響工作を排除しているが、広報担当のジャック・マロンは「これらのケースでそのような組織的活動の証拠は見つからなかった」と述べた。ただし、同社は「Cage Carnage」というアカウントを削除した。このページは1億1900万回の再生回数を記録していたが、以前に停止されたアカウントを運営していた人物が再び開設していたことが理由で削除された。
●TikTok、Instagramでも爆発的に拡散
これらYouTubeアカウントが共有した多くの動画は、ほかのプラットフォームにも広がっている。TikTokでは「メイク・AI・グレート・アゲイン」「Global Presidents」と同じ内容のアカウントが合わせて1億5000万回近い再生を集め、Instagramのリールでも同様の動画が多数拡散された。TikTokはコメント要請に応じず、メタもコメントを控えた。
YouTubeは、こうした「世界の指導者」の動画が制作者や同社にどれほどの収益をもたらしたのかについて回答せず、また、なぜこれほど多くの利用者に動画をレコメンドしたのかについても説明しなかった。
このブームの広がりは、偽情報の研究者のシェーファーにとっても予想外だったという。「再生回数の多さには衝撃を受けた」と彼は語った。