中国人「爆買い」はなぜ消えた? 今求められる新たなインバウンド戦略。中国人“富裕層”ヴィトン爆買いに浮かれたツケとは

中国人「爆買い」はなぜ消えた? 今求められる新たなインバウンド戦略。中国人“富裕層”ヴィトン爆買いに浮かれたツケとは

お盆休みに著名な観光地に出かけた人は、至るところで中国語が聞こえることに驚いたかもしれない。コロナ禍や処理水放出の影響で出遅れていた訪日中国人旅行者は急回復し、今年1〜6月は前年比5割以上増えている。

 一方で百貨店などの高額消費は急失速し「中国人が買わなくなったことが大きい」と分析される。今後、中国人旅行者の消費はどこまで期待できるのだろうか。

■訪日中国人旅行者は前年比53%増

 百貨店の免税売上高が4カ月連続で前年割れするなど、訪日外国人旅行者による高額品消費が不振に陥っている。高級ブランドや百貨店からは中国人の購入減少が指摘されている。

 一方で、2025年1〜6月に日本を訪れた中国人旅行者は約470万人と、前年同期比53%増加した。

 訪日中国人旅行者は増えているのに、高額品に手を出さなくなったのは自国の景気低迷の影響なのか。そして富裕層はどこに行ったのか。

 結論から言えば、2024年に百貨店の業績を押し上げた中国人の「高額品爆買い」は、円安だけでなく複数の要因が重なって発生したイレギュラーな事象だった。

 「失速」と言われる今の状況が通常モードであり、2010年代後半の「中国人=爆買い」のイメージを引きずっている人は、その認識を改めなければならない。

 コロナ禍が収束し、日本でインバウンド消費が復活しつつあった2022年から2023年にかけて、「本命の中国人が戻ってこないと、インバウンド消費は本格回復しない。中国人の訪日旅行はいつごろ復活しますか」とよく聞かれた。

 2010年代、訪日中国人旅行者の日本での消費はすさまじい勢いで成長し、2019年に訪日外国人旅行者の消費額の36.8%を占めるまでになった。その幻影を追いかけたくなるのはもっともだ。

 しかし中国側の関係者は冷静で、「あのような爆買いはもう起きない」と口をそろえていた。

 筆者のこれまでの取材では、中国越境EC大手アリババグループの幹部はその理由について「爆買いが起きたのは、中国人の海外旅行が黎明期だったのと、日本でしか買えないものがたくさんあったからだ。

 コロナ禍の間に越境EC市場が拡大し、日本ブランドの人気商品をオンラインで手に入れられるようになったので、日本旅行の間に買いまくる必要がなくなった」と説明していた。

中国人の訪日旅行は団体から個人にシフトしており、体験型の消費が重視されるようになるというのが、中国側の旅行や越境EC関係者の一致した見立てだった。

■「日本でだけ」売れたグッチ

 にもかかわらず「高級品の爆買い」が起きた第一の要因は円安だ。実は中国人の爆買いが流行語になった2015年も、1元=20円に迫る歴史的な円安水準がきっかけになっていた。

 この時期中国に住んでいた筆者は、一時帰国して日本の店舗を回ったとき、あらゆるものが「元換算で」激安だと感じた。2023年の為替相場は2015年と同程度の円安になっていた。

 中国は水際対策の緩和が他国より遅く、団体旅行も2023年8月まで解禁されなかった。日中を結ぶフライトが限られていたことから航空券も高止まりしており、同年の日本のインバウンドは、「中国以外は大幅回復」と説明されることが多かった。

 しかし海外の高級ブランドの経営層は同じころ、中国人旅行者が日本市場の売り上げに寄与しているとしばしば発言していた。

 ケリング傘下ブランドのグッチは2023年4〜6月に売上高が2ケタ減の大不振だったが、日本市場だけ7%伸びていた。

 ルイ・ヴィトンやティファニーを展開するLVMHの同期の売上高は、北米市場が前年同期比1%減少した一方、日本は同31%上昇した。LVMHのCFOは「中国人旅行者の消費は日本で急回復しており、コロナ前の2019年の水準に近づいている」と語っていた。

 CFOの発言直後、中国のSNSで「中国人のおかげで日本のヴィトンが大繁盛」というハッシュタグがトレンド入りし、同じ商品の日中価格差が広く知られるようになった。

 同年夏に東京電力福島第一原子力発電所が処理水を海洋放出したことで、中国人の訪日旅行は急ブレーキがかかったが、高級ブランドの日本市場の売り上げは相変わらず好調だった。

 「中国人の訪日旅行は冷え込んでいる」という報道の陰で、SNSに投稿せず、周囲の人に言わずにひっそり日本を訪問し、ブランド品を買いまくっている人が相当数いることを示唆していた。

■「旅行代の元も取れる」

 中国人の高額品買いがより加速したのが2024年春だ。円はさらに下落して1元22円台をつけ、高級ブランドのバッグを日本の免税店で買うと、中国で買うより3割前後安くなった。

中国のSNSではルイ・ヴィトンやプラダなどのバッグの日中価格差リストが出回り、4月末に中国のSNSで「日本のヴィトンにいるのは皆中国人」というハッシュタグがトレンド入りした。

 処理水放出以降の「日本のものは食べられない」「日本は汚染されている」との空気も急激に薄れ、花見シーズン、大型連休が重なった4〜5月、中国人の訪日需要は爆発した。中国人は何だかんだ言っても実を取る人が多いのだ。

 2024年のゴールデンウィークに会社員の徐さん(30代)は、京都観光を半日で切り上げ大阪に買い物に向かった。金閣寺の写真をSNSに投稿したところ、職場の上司から「ヴィトンの小物とミュウミュウのバッグを買ってきてほしい」と頼まれたからだ。中国人だらけの店に入ると自分の分も欲しくなり、2つの店舗で30万円を使った。

 徐さんは「中国で同じものを買えば45万円する。飛行機代とホテル代を入れても元が取れた」と喜んでいた。5年ぶりに日本を訪れた徐さんの彼氏は、円安効果で「北京より物価が安い。マルチビザを取ったから来月また来る」と話した。

■円安と値上げでお得感消失

 2025年は為替が円高に振れ、百貨店のインバウンド消費は腰折れした。

 外資ブランドも苦戦しており、LMVHの2025年4〜6月期決算で、日本市場は28%の減収だった。前年同期は中国人旅行者による購入が伸びて、予想を上回る57%の大幅増収だったことから、同社は反動減の要素も大きいと分析する。

 LVMHは他国とのバランスを取るため2023年から2024年にかけて日本で何度も値上げしたが、円の下落がそれ以上のペースで進み、「世界のどこで買うよりも安い」市場になっていた。

 しかし円安が落ち着き、度重なる値上げで他の市場との価格差も縮小し、日本で買うお得感は薄れた。

 自国の景気低迷も中国人の消費行動に影響している。中国の景気は2023年から変調していたが、「ゼロコロナ政策が終わって街ににぎわいが戻ったので、2023年は不景気の実感が薄かった周囲が失業者だらけになり、自分たちのボーナスも減った昨年後半から、不景気を体感する人が増えた」(中国大手製造業幹部)。

■富裕層ではなく中間層

 百貨店のインバウンド高額消費不振が、「中国人富裕層が離れた」ことを指すわけではないことも強調したい。

 「日本で買うと安い」「航空券の元が取れる」と日本の免税店でルイ・ヴィトンやグッチを爆買いしていた中国人は、典型的な「中間層」だ。

 周囲で見聞きした限り、友達から頼まれて、あるいは転売狙いで日本で高級ブランドを買っていた中国人も少なくなかった。ついでに言うと、高額品ではないが、中国で人気になっていた「ちいかわ」グッズも転売目的でよく売れていた。

 2023年以降、中国ではさまざまなプラットフォームを見比べて一番安く買う「理性的な消費」にシフトしている。

 昨年の訪日中国人旅行者の高額品消費は、円安によって海外高級ブランドがお得になり、コスパ意識の高い中間層が海を越えてやってきていた、というのが実相だ。

 中国人が高額品を買わなくなり、百貨店にとっては痛手だろうが、一方でドラッグストアやドン・キホーテなどはインバウンド売り上げが伸びている。2025年4〜6月の中国人観光客1人あたりの1泊の買い物額は、韓国やアメリカの倍以上の1万6014円と圧倒的に高い。

 いずれにせよ、百貨店や大型チェーンでの売り上げに一喜一憂するのは、日本が目指す観光立国の理想とは乖離しているように見える。

 鎌倉高校前の踏切や河口湖のローソンに外国人が殺到するのは「公害」で、百貨店で何十万円もお金を落としてくれるのは日本経済にプラス、という考え方にも何だかなあと思ってしまう。後者の中国人は、パリでも中国でも買えるものが安く手に入るから来ているにすぎないのに。

 中国人の旅行シーズンが近づくと、日本メディアに「中国人旅行者のトレンドは」と聞かれ、「SNSでは山形が人気ですが」などと水を向けられるが、「富裕層」「お得さを重視する中間層」「日本好きのリピーター」の旅行目的や行動スタイルはまるで違う。

 インバウンド消費を日本経済の長期的な活性化につなげたいなら、日本の文化やコンテンツを深掘りすることに関心を持つ中国人旅行者のニーズとより真剣に向き合うべきだろう。

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