「検索」の歴史、7万年遡ったら、AIがどんだけヤバいか見えてきた

「検索」の歴史、7万年遡ったら、AIがどんだけヤバいか見えてきた

「調べたいことがあるんですけど…」

「はい、どうぞ」。手渡されたのは、分厚く重い、粘土板。

紀元前3000年ごろのメソポタミア。調べ物をするには、粘土板を集積した保管所に行き、たくさんの粘土板から必要な情報を見つけなければなりませんでした。

それから5000年もの時が流れた今、私たちは保管所の代わりに、スマートフォンからインターネットへと接続し、無限とも言える情報に、時間も場所も選ばずアクセスできるようになっています。

"知りたい"。その欲望が、粘土版からインターネットへと、人類の技術を進化させてきたのです。

そして2025年現在、その「調べる」という営みは、かつてない転換点を迎えているように思います。そう、AIの登場です。

すでにChatGPTやGeminiなどのチャット型AIツールで、日常的に調べ物をしている人も少なくないかもしれません。AIは、質問になんでも答えてくれるだけでなく、私たちの代わりに、"考える"ことまでしてくれます。

知恵を記録し、情報を得て、行動に役立てる。遥か昔から人類が続けてきた「調べる」という行為は、AIの登場でどう変わってしまうのでしょう?

今回は、7万年の人類の歴史を辿りながら、「人と知の行方」を考えてみたいと思います。

「調べる」とは、そもそも何か?

「肉じゃがの美味しい作り方」を知って、夕食がちょっと豊かになる。医者が論文から新しい知識を得て、患者の命を救う。私たちは「調べる」ことで、些細なことから重大なことまで、できなかったことを可能にします。

まずは改めて、「調べる」とはどのような行為なのか、言語化することから始めてみましょう。

デジタル大辞泉では、「わからないことや不確かなことを、いろいろな方法で確かめる。調査する。研究する」と定義されています。

人が「調べる」のはなぜ?

ではそもそも、なぜ人は「調べる」をするのでしょう。

神経科学者のタリ・シャロットと法学者のキャス・サンスティーンは、「How people decide what they want to know(人はどうやって知りたいことを決めているのか)」という論文の中で、情報収集の動機を、以下の3つに分類しています。

実用的効用:情報を意思決定や行動に役立てるため

認知的効用:純粋な知的好奇心や理解への欲求

快楽的効用:気分を良くするため(または悪くしないため)

確かに、問題を解決するためにネット検索することもあれば、好奇心に突き動かされて本を読むことも、SNSで自分の投稿に「いいね」がついているか確認してちょっと嬉しくなることもありますよね。言語化するとハッとさせられます。

私たち人類は、7万年の間、そんな「調べる」を行なってきました。人間にとって切り離せない習性なのでしょう。

しかしそこには、幾重にも重なる、技術革新の連鎖があります。私たちがいかにしてこの大きな発明「AI検索」へと辿り着いたのか、悠久の歴史の流れを辿りながら、紐解いていきましょう。

口伝:生き残るため、人々は知識を「話す」で共有した

極寒の洞窟。凍える身体。今すぐ暖を取らないと倒れてしまう。火があれば暖かくなるはずだけど、どうやって火を起こしたらいいのかわからない。そうだ、村長に教えてもらうことにしよう。

人類最初の「調べる」は、もしかしたらこんなふうに行なわれたのかもしれません。

スマホもネットも、本も粘土版もなかった時代。情報の記録伝達手段を持たなかった人類は、他者に「聞く」ことによって情報を収集、「口伝え」によって知識を継承していました。ホモ・サピエンスがより複雑な言語を扱えるようになってからの時代のことです。一説によれば、今から7万年ほど前のこと。

その頃の人々にとって、調べる目的は存続のため。火の起こし方、狩りの仕方、食べていいキノコ食べてはいけないキノコなど、生き抜くために必要な情報を、部族内で共有していたと考えられます。

「ソースから情報を取得し疑問を解決する」。これは、口伝えでも、AI検索でも変わらない、「調べる」の基本工程です。形は変われど、人類は7万年もの間、ずっと「調べる」を続けてきたことがわかります。

知識という、形を持たない強力な武器は、人類を次第に食物連鎖の上へ上へと押し上げました。ポイントは世代を超えて継承できること。人々は、過去の賢者たちの知識に、時を超えて触れることができました。口伝にも、様々な形態があったようです。場合によっては神話や歌という形に姿を変えて、人々が生きていく指針となりました。

粘土板と記号:人々は「記録する」を発明し、複雑になった社会を成立させた

時は流れ、社会が大きく変化し始めた頃、人類は情報を記録する手段を発明します。それが、「粘土板」や「石碑」と、それに書く「記号」です。

「データ」を扱う必要が生じた

歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリは、この背景に、人類が数理的なデータを扱う必要に迫られたことを指摘します。(『サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福』 p.207)

狩猟採集生活から農耕生活へと移行し、より複雑で大きくなった社会を安定させるには、「どれぐらいの量の穀物を貯蔵しているか」や、「誰からいくら税を徴収したか」といった、人間の脳では処理しきれない膨大な情報を扱わなくてはなりません。

紀元前3500年〜3000年、メソポタミアの古代シュメール人は、脳の外で情報を保存して処理するシステム「粘土板に記号を使って情報を保存する方法」を発明し、この課題への突破口を開きました。

「情報の再現性」が生まれた

情報の取得に再現性がもたらされたことが、最大のイノベーションです。口伝では、得られる情報に間違いがあることもあるでしょう。実在する物に情報を記録することで、人類は普遍的な情報ソースを獲得したのです。

AI検索も答えを提供する際に、機械学習で取り込んだデータや、インターネット上のWebページなどの既存の情報を参照していることに地続き性が見出せます。

ただ、この頃のシステムは収穫量や税の支払いを記録することが目的で、扱えるのは事実と数だけでした。記録媒体も扱いづらく、一部の人にしかアクセスがありません。

当時の人たちにとって「調べる」ときの動機は前述の実用的効用がメインです。少しでも気になったらググる、あるいはAIに聞いてしまう私たちからしたら想像もできないかもしれませんが、人と情報の関係性は、現代とは全く異なる状況でした。

パピルスと楔形文字:「文字と記録媒体」を改良。より多くの知識を蓄積し始めた

人類と情報との距離が一気に縮まったのが、新たな「文字」が発明された時でした。紀元前3000年から紀元前2500年に生まれた「楔形文字」は、1文字で1音節を表すことができ、これまで口でしか伝えられなかった情報を残せるようになったのです。

記録する行為は、単なるデータ管理用途から解放され、法典や歴史書、詩歌など(ハンムラビ法典やギルガメシュ叙事詩などが有名)が作られるようになりました。大ヒット映画も、LINEでのチャットも、この発明の延長にあるものです。

他方、メソポタミアとは別の場所で、新たな発明も生まれます。粘土板や石碑の最大の難点、「取り扱いのしにくさ」を、紀元前3000年ごろの古代エジプトの人々が解決しました。ナイル川流域のパピルス草を原料に作られた「パピルス」は、持ち運びしやすくスペースもとらず、量産にも向き、記録できる情報量も格段に増やした、革新的なツールでした。

パピルスの発明は、科学や歴史といった人類の知識の発展も後押ししました。紀元前3世紀ごろに存在したアレクサンドリア図書館には、パピルス文書が何十万巻も保管されていたと言われています。パピルスの他にも、「羊皮紙」や「竹簡・木簡」を使うエリアも存在しましたが、いずれにせよ人類が、膨大な量の知識を蓄積できるようになっていったのです。

書籍:「活版印刷」で知識が民主化される

ただ、この頃まではまだ「知識」は支配層や宗教者など特定の人だけのものでした。庶民が、今の私たちのように平然と雑誌を読んだり、世界で今何が起きているかニュースを追ったりすることはできません。

そんな壁を破るのが、「活版印刷」の誕生です。西暦50年ごろに中国の蔡倫が「製紙法」を改良し、その後1450年頃、ドイツのヨハネス・グーテンベルクが活版印刷を発明。書籍の大量印刷が可能となり、情報が世界中を駆け巡るようになりました。

グーテンベルクの出版した聖書の普及が、その後の宗教改革に大きく影響を与えたことは有名でしょう。知識が、初めて民主化された瞬間と言ってもいいかもしれません。個人でも「調べる」ができるようになったのは、今からたった550年ほど前の話なのです。

この頃になってやっと、「調べる」の3大動機である認知的効用と快楽的効用が一般化していきます。しかしいまだに、媒体の主な役割は「記録」することです。口伝から粘土板、書籍へと記録手法を拡張してきた媒体が、その役割を大きく変化させ始めるのは、活版印刷の誕生からおよそ400年後です。

マスメディア:失った帰属先を取り戻すため、人々はメディアが作る「共通認識」に飲み込まれた

紙を使った情報伝達方法の進化の延長線上で、新聞が発明されました。これは、今この瞬間に価値を持つ情報を、即時的に得られるという点で、画期的な進化でした。

「世界とのつながり」が意識されるように

19世紀から20世紀は、電信、電話、ラジオ、テレビといった新たなメディアが次々と登場し、情報の流通スピードを飛躍的に高め、世界の距離を縮めていった時代です。それまで文字で伝えられていた情報に、「音」や「映像」が加わり、人々が受け取れる情報の幅が広がりました。

ここで特筆すべきは、人々の情報取得の姿勢が、能動から受動へと変化していったことです。それまでは、生き延びるため、あるいは好奇心を満たすために「必要だから調べる」という姿勢だったのに対し、テレビやラジオの登場によって、人類は「欲していなくても、とりあえず情報を受け取る」という新しい情報取得の形を生活に取り入れるようになりました。たとえば、必要としていなくても目に入ってくる広告などは、その象徴的な存在です。

また、こうしたメディアの発展は、社会構造のスケールの拡大と、私たちの認知範囲の拡張とも密接に関係しています。狩猟採集社会から農耕社会、そして貿易の拡大を経て、人々は「世界」という抽象的なつながりを意識するようになりました。これまで見えなかった、見る必要さえなかった他地域の情報が、自分にも関わるものとして認識されるようになり、世界が"可視化"されていったのです。

「繋がり」「自分の居場所」の感覚が薄れる

情報の爆発は、人々の認知的負荷を高めると同時に、かつて地域共同体が担っていた"繋がり"や"自分の居場所"の実感を薄れさせていきました。この辺りは、社会学者のアンソニー・ギデンズによる『モダニティと自己アイデンティティ』などで詳しく語られています。

こうした変化の中で、人々に新たな"繋がり"や"共通認識"を提供するのが、マスメディアの役割のひとつだったのです。つまり、人々は「何を知っているか」、「何に共感しているか」という情報共有によって、新たな共通基盤=帰属意識を得るようになっていったのです。

このような視点は、コミュニケーションとメディアの学問領域を専門とする、ジョシュア・ メイロウィッツが著書『No Sense of Place(1985)』の中で詳しく論じています。彼は、電子メディアが物理的な場を超えて「情報空間の共有」による新たな所属感をもたらしたと指摘します。つまり、人々はもはや同じ場所にいなくても、テレビ番組やニュースという共通の情報体験を通じて、一体感や連帯感を持つことができるようになったのです。

インターネットが今ほど生活に浸透する前、「クラス全員が同じドラマを見ている」なんてことが普通にありました。見たいか見たくないかに関係なく、爪弾きにされないために、自分もそのドラマを見ていた。なんて経験をした人も少なくないでしょう。これはまさに、マスメディアが共通認識の基盤となり、社会的な「帰属の空白」を埋めていたことの証左だと言えるでしょう。

情報媒体が、「記録媒体」から「共通認識の醸成媒体」へと役割を変えたと言ってもいいかもしれません。インターネットやAI検索を用いた現代の情報収集においても、ファクトを探すことと同時に、インフルエンサーの意見に影響を受けたり、SNSのトレンドを参考にしたりすることもあるでしょう。これは外部の主義主張を自分に取り入れる行為です。AIによる「思考の代替」の予兆が、マスメディア浸透の頃から立ち現れいたのかもしれません。

インターネット:誰もが幅広い知識にアクセス。デジタル空間に「広場」が誕生

そしてついに、インターネットが登場します。1990年代後半から普及し始めたこの新しいテクノロジーがもたらした最大のイノベーションは、「非物理制約性」と「即時性」です。もう、粘土板の置き場にも、書籍の輸送費にも頭を悩ませる必要はありません。人々は、幅広い知識に即座にアクセスできるようになりました。

ビル・ゲイツは、このように語ったと言われています。

インターネットは、未来の"地球村"における広場のような存在になりつつある(The Internet is becoming the town square for the global village of tomorrow)

ビル・ゲイツ(※発言時期不詳)  

この言葉が示すのは、インターネットが物理的な場所に縛られない、あらゆる人々が情報や意見を共有し、対話する"共通の場"になっていくというビジョンです。

インターネットの誕生は、人類の「調べる」の歴史上、最大の変化の一つだと言っても過言ではないでしょう。AI検索も、情報をデジタル空間に"所蔵"しておけるこの技術を前提としています。

SNS:自動化された「自分好みの情報を得る仕組み」

インターネットは「検索すれば答えが手に入る世界」をもたらしました。Googleに代表される検索エンジンは、人々が能動的に情報へアクセスする手段として機能しています。しかし近年、検索中心だった「調べる」体験が、さらにもう一歩前へ進みました。

SNSを介した、情報の取得です。

検索エンジンで私たちは、知りたいことがあればキーワードを打ち込み、検索結果から答えを探していました。しかし今や、InstagramやX、TikTok、YouTubeなど、SNSのフィードに"流れてくる"情報も、大きな情報源になっています。

これは、テレビのような受動的体験とは似て非なるものです。自分の興味・関心・共感に応じて、アルゴリズムが最適な情報を自動的に届けてくれるようになったのです。もはや「調べる」行為すらなくなりつつあるのが現在です。

「共感」が情報の入口に

さらに、もう一つ興味深い変化は、情報の取得に、「共感」が加わったということです。SNSでは、信頼するインフルエンサーや共感する企業からの発信が「情報の入口」となっています。これは、情報の正確性や網羅性ではなく、「誰が言っているか」が重視される時代になったことを意味します。

人々は「検索して見つけた答え」よりも、「信頼する誰かが紹介した情報」に価値を見出すようになりつつあるのです。

検索エンジンの時代が「知りたいことを見つける」体験だったとすれば、SNS時代は「自分の世界に関心ごとが流れ込んでくる」体験へと進化したとも言えるでしょう。これは、必要な情報がすぐ手に入る、AI検索にも通じる体験です。

振り返れば、情報媒体の役割は、記録から、共通認識の醸成、そしてそれぞれの嗜好性に合わせて最適化した情報を届けることへと3つの段階を辿ってきたように感じます。AIは、この流れの先に位置するだけでなく、3つの段階すべてを同時に満たす新しい存在なのかもしれません。

7万年の進化でも解決されなかった、「情報取得のコスト」という壁

いよいよAIを使った「調べる」の誕生前夜までやってきました。すでに情報は、物理空間を離れデジタル空間に存在するようになり、どこからでも即座にアクセスできるようになっています。媒体は、記録することだけでなく、人々の認識を醸成する役割も担うようになり、マス向けの情報だけでなく、個別化された情報も届けられるようになっています。

情報がそばにあることは当たり前であり、問題解決のため、知的好奇心を満たすため、あるいは気分を良くするために、日夜情報と接続して生きています。

もはや私たちは、これ以上ないほどに情報を操れる世界に生きているように思えますが、7万年かかっても、いまだに解決できていないことがあります。

それが、「情報取得のコスト」です。

インターネットはあらゆる知識への扉を開きましたが、無限に溢れた情報から、必要なものを探し出すには多大な労力を要します。いまだにピンポイントには、自分が欲している情報にすぐに辿り着くことはできません。

たとえば、「粘土板とパピルスが誕生したのはそれぞれ何年だったか?」を知るためには、少なくとも2つ以上のWebページを参照することになるでしょう。

何か疑問を解消するときには、書籍、インターネット、SNSなどを駆使して、自ら情報を組み合わせ、取得しているという現状があります。取捨選択と再構築のプロセスが、人間の"負担"として、いまだに存在しているということです。

AI検索は「情報収集のコスト」を劇的に削減する技術

AIを使った「調べる」がどういうものか、思い起こしてみてください。

AIに、「粘土板とパピルスが誕生したのはそれぞれ何年だったか?」と聞けば、即座に答えを返してくれます。それだけではありません。「調べることの未来はどうなると思う?」といった未確定の事柄まで、検討し、意見を述べてくれます。

AIは、これまでの人類が続けてきた、調べて、得た情報を組み合わせて、答えを解く、のプロセスを代替します。人類史上初めて、情報取得にほぼコストが発生しない時代へと突入していっているのです。

その、情報が"常にそこにある"世界において、情報の価値は限りなくゼロに等しくなるでしょう。むしろ、たくさんの情報を知っているという知識優位性よりも、情報を下地にどのような独自見解を述べられるか、が問われる時代になっていくのかもしれません。

これまで人類が7万年をかけて取り組んできた、「必要な情報を獲得できる体制をいかに築くか」の挑戦が、ついに終焉を迎えるのです。これからは、情報をどう扱うかの時代へ向かうという意味で、AIを使った「調べる」の誕生は、間違いなく人類にとって、大きな転換点と言えるでしょう。

さて、それはどんな世界なのか、いったいどんな体験を私たちにもたらすのでしょうか?

🍎たったひとつの真実見抜く、見た目は大人、頭脳は子供、その名は名馬鹿ヒカル!🍏