「最悪のシナリオ」地元衝撃 日産追浜工場での生産、2027年度末で終了【もっと知りたい!】【グッド!モーニング】(2025年7月16日)
経営再建中の日産自動車は、神奈川県にある主力の追浜工場での車両生産を2027年度末で終了すると発表しました。地元には衝撃が広がっています。
■エスピノーサ社長「色々なシナリオを検討」
追浜工場の従業員
「不安な部分はありましたけど、こうなっちゃったなというのはある。将来的な不安があるので、そこはどうにかしていただきたい」
従業員から聞こえてきた落胆の声。
日産自動車 イヴァン・エスピノーサ社長
「この決定は特に追浜工場で働く従業員にとっては極めて大きな痛みを伴う改革で、私としても会社としても苦渋の判断でした」
今後、追浜工場で生産していた分は福岡県にある子会社の工場に移管・統合するということです。
また、平塚市にある子会社、日産車体の湘南工場でも来年度に車両の生産を終了することを明らかにしました。
追浜工場で車両生産に携わっていた、およそ2400人の従業員はどうなるのでしょうか?
エスピノーサ社長
「代替案を考えて雇用を守ろうとしています。例えば、他の生産工場に異動するとか、あるいは、ほかの事業に異動するということを考えています」
赤字が膨らみ、工場閉鎖の噂が流れるなか、ついに現実に…。不安は街の人にも広がっています。
追浜で90年以上続く「フードショップフジタ」を経営している藤田雄二さん。日産の車を20台以上乗り継いできました。
藤田さん
「日産自動車から感謝状を頂いた。(生産終了は)最悪のシナリオがきてしまったのかなと。日産の方の雇用が無くなるということは、街自体を利用する客も減るということなので、何らかの影響が出てくると思う」
1961年に操業を開始した追浜工場。日産初の「乗用車専門工場」として、当時の主力だった「ブルーバード」などを生産してきました。
1980年代にはマイケル・ジャクソンさんが工場見学に訪れ、従業員と握手する場面も…。その姿を一目見ようと、多くの地元住民が集まりました。
2000年代には電気自動車「リーフ」やコンパクトカー「ノート」などを生産。しかし現在はノートシリーズのみの生産となっていました。追浜工場の今後について、エスピノーサ社長は次のように話しました。
「追浜工場の将来図は、色々なシナリオを検討していて、第三者が資産を買いたいのであれば検討の余地があります。現時点では、そういった計画は何も決まっていません」
日産自動車を象徴する工場、なぜ生産終了に? “100年に1度の変革期”で高い再建ハードル【サンデーモーニング】|TBS NEWS DIG
日産自動車は、神奈川県横須賀市にある追浜工場での生産を2027年度末に終了すると発表しました。
■日産を象徴する工場の一つに幕…従業員も2万人削減
「ダットサン・ブルーバード」
神奈川県の追浜工場はこの車と共に1961年から走り始めました。日本のマイカーブームをけん引した「ブルーバード」や、高級セダン「セドリック」なども、この追浜工場が生みの親でした。まさに日産を象徴する工場の一つが幕を閉じることになります。
今回、生産終了となる追浜工場では、コンパクトカーの主力車種「ノート」や「オーラ」を生産していますが、生産できる台数が年間24万台のところ、その半分ほどしか稼働できていないのが現状です。
昨年度の決算は6700億円を超える赤字となる中、今年5月に発表した再建計画では、国内外にある7つの工場を生産中止することになっていて、その一環として追浜工場は九州工場に統合されるのです。また従業員についても、グループ全体の15%にあたる2万人を削減することになっています。
■「現在の自動車産業は“100年に一度の変革期”で再建のハードルは相当高い」
大規模な生産能力の削減や従業員のリストラは、26年前に当時のゴーン社長が行った改革にも重なります。
1999年度に日産が抱えた赤字は、昨年度と同じレベルの6800億円ほど。その時ゴーン氏は、今回の追浜工場と同様、「スカイライン」や「グロリア」など数々の名車を作ってきた村山工場など5つの工場閉鎖に踏み切り、今回の計画と同じ2万人規模のリストラを敢行しました。
このときは1年ほどでV字回復を果たした日産ですが、今回はどうなるのか。
自動車産業に詳しい経済ジャーナリストの井上さんは「ゴーン氏はコストカットを追求して再建を果たしたが、現在の自動車産業は“100年に一度の変革期”にあり再建のハードルは相当高い」と指摘します。
「100年に一度の変革期」とはどういうことなのでしょう。
ここ数年、急激にシェアを伸ばしているのがBEV=電気自動車や、電気とガソリンで走るハイブリッド車、そして、電気自動車のように充電もできるプラグインハブリッド車です。純粋にガソリンや軽油だけを動力としないこうした車が、世界の自動車市場に占める割合はこの5年で、およそ9%から26%に増加しているのです。
中でも電気自動車のシェアで目を引くのが、中国メーカーです。1位はアメリカのテスラですが、続くBYD、ジーリー、五菱はすべて中国系です。そして、「車のスマホ化」とも言われるように、自動車業界でもIT企業が存在感を強め、車の作り方そのものも変わりつつあります。
例えば中国最大の検索エンジンを運営する「バイドゥ」ですが、自動運転の技術を開発。自動車メーカーに車の製造を発注するという業種を超えた連携が進んでいます。
では、こうした「変革期」に日産はどう対処するべきか。井上さんは、日産との連携が取りざたされている、台湾の電子機器大手「ホンハイ」との関係がカギを握ると指摘します。「iPhoneの精密部品の生産で知られるホンハイと手を組めば、ソフトウェアの領域で進化した『次世代自動車』の製造が期待できる」とエールを送っています。