「G-SHOCK」新作、AIを活用した開発の実態は? カシオが語る“カッコよさ”を作るための工夫
「『AIで作ったG-SHOCKか、すげえな』とならないことは、企画時から想像がついていた」――「G-SHOCK」の新作「MTG-B4000」について、企画を担当したカシオ計算機の泉潤一さんは、ユーザーの視点をこのように語る。MTG-B4000は、AIを活用して開発した初のG-SHOCK市販モデルとして、6月に発売。一方、開発ではただAIを使うだけでなく、さまざまな工夫を凝らしたという。泉さんに開発の実態を聞いた。
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MTG-B4000は、G-SHOCKの中でも、メタルと樹脂素材を組み合わせるデザインが特徴の「MT-G」シリーズの新作に当たる。同シリーズでは「革新的なモノづくり」を心掛けており、新しい素材や構造の開発などに挑んでいる。その一環で、AIを開発手段の一つとして試験導入したことが、MTG-B4000が生まれたきっかけという。
導入したのは、カシオがG-SHOCKシリーズの開発で蓄積してきた、耐衝撃構造に関するデータを読み込ませた生成AIだ。耐衝撃データにより、G-SHOCKのデザインの荷重シミュレーションができる。なお、記者がどのような仕組みか聞いたところ「RAG(大規模言語モデルと外部データベースを組み合わせる技術)は使っていない」とする一方「詳細は非開示」とした。
MTG-B4000の開発ではまず、メタルとカーボン素材を用いた新たなフレーム構造をコンセプトに、人間のデザイナーが原案を作成した。これに対し、AIがシミュレーションを行い、耐衝撃性能を備えた候補案をいくつか提案。候補案をデザイナーが修正していく中でデザインを固め、プロトタイプを作成した。その後、耐衝撃性能などを試験して製品を完成させた。
AIで「トライ&エラー」増加
MTG-B4000の特徴の一つが、段差の付いたリング状のカーボン素材に、Xの形をした2つのメタルパーツを組み合わせた複雑なフレーム構造だ。メタルパーツのXの上半分でカーボンのリング部分とドッキングできるよう設計。下半分がバンド部分にそのままつながる形状をしており、フレームとバンドをビスで固定せず直接つなげる仕組みになっている。
この複雑な形状をどのように生み出したのか。泉さんは、要因の一つにデザインにおける「トライ&エラーのしやすさ」を挙げる。普段の開発では、人間が荷重シミュレーションを実施する。一方、AIに荷重シミュレーションをさせることで、A案、B案、C案とより多くのアイデアを試すことができた。
また、事前に多くの荷重シミュレーションを試すことで、プロトタイプの耐衝撃性能の検証段階でデザインが修正になるリスクを低減できたことも大きい。「基本はほぼない」というが、まれに実物での試験で割れや曲がりが発生。「ここの金属ベゼルの厚さを2倍にしてもらえない?」といった思いもよらない修正が入ることもある。「複雑な構造なので、ある程度(デザイン案の)プロセスで確認が取れるのは良い点だった」(泉さん)。
AIが出すデザインは“どんくさい”ことも
とはいえ、AIが提案するアイデアをそのまま採用し、MTG-B4000をデザインしたわけではない。今回の開発で活用したAIは、材質ごとの耐衝撃性能の計算など、物理的な要件に対するアウトプットに強みを持つ。一方、審美的な観点では、人間のデザイナーにかなわない部分もある。
例えば、X状のメタルパーツは、立体形状の面ごとに、光沢のある面とヘアラインを付けた面を使い分けている。泉さんによると、AIが出すデザイン案のなかには「これ(X状のメタルパーツ)も、最初はこんなにカッコいいパーツではなく、ちょっとどんくさい、大きくてただ太い」といったものもあったという。
一方、人間のデザイナーは「工場でどういう人がどういう金属加工するのかまで頭の中に入っている。そこまで描いてデザインする」と泉さんは指摘する。このため開発では、物理的なシミュレーションをAIにまかせつつ、見た目の美しさをデザイナーの経験や感性によって補った。
例えば、フレームのカーボン部分は、耐衝撃性能とデザイン性を両立するため、側面から見て弓型になる段差を付けた。またベゼルは、腕に装着した際のなじみを良くするため、12時と6時方向に傾斜。ガラスの風防の周囲には数ミリ高い突起を付けて落下時にガラスを守るなど、デザイナーならではの細かな調整により、“G-SHOCKとして成り立つ”デザインに仕上げた。
「AIで作ったG-SHOCKか、すげえな」とはならない
MTG-B4000の発売から約1カ月、ユーザーの反応はどうだったのか。泉さんは「お客さんにはたぶん、AIのところは一切響いていない」と明かした。一方で「それでいいかなと思っていた」という。
「『AIで作ったG-SHOCKか、すげえな』とならないことは、企画時から想像がついていた。あくまでMT-Gラインの新作ですと。今、最もMT-Gのなかで進化したバージョンがこれですというのが前面にあった。AIは、あくまでそれを補佐するツールでしかなかった」(泉さん)
もちろんAIがあったからこそ、新たな構造が生み出せたという側面はあると泉さん。それでも、ユーザーに響くのは「カッコいいかどうかに尽きる」と指摘。「本末転倒な企画」にならないよう意識していた。「もっと軽く、着けやすくと、AIにやらせていくと、謎の細い線でできた『これ、G-SHOCKなの?』みたいなものになってしまう。そこは目指していなかった」(泉さん)
効率化とは“ちょっと違う”AIの使い方、今後は?
泉さんは、今回のAI活用について「(開発の)時間がすごく短くなっているかというと、実はそうではない」と語る。というのも、アイデアを試行錯誤する回数が増えたためだ。「世の中でいう『AIによる効率化』とはちょっと違う使い方かなと思う。新しい形を発見していくためにAIを使っていた」と振り返った。
また試行錯誤が増えた結果、今回は使われなかったボツ案も多く生まれた。こうした案については「ちょっと次の新商品で使えそうだな」と思うものもあったという。
今後も、G-SHOCKシリーズの開発でAIを活用するのか。泉さんは「企画のコンセプトに応じて使い分けをしようかなと思っている」と展望を明かした。商品企画とデザインチーム、設計チーム共同で検討し、コンセプトに沿う場合はAIを活用する予定だ。
「われわれG-SHOCKチームは、昔ながらの作り方をしつつ、例えば素材などで、必ず新しいものを取り入れる開発をしている。すると、やっぱり新しいものが生まれてきて、次の開発につながっていく。(今回は)小さな1歩だと思うが、次はAIと別の何かを掛け合わせれば、シナジーが出るのではないか。そんな具合で掛け算式に増えていく。そこは今回、チャレンジしてみて良かった」(泉さん)