今なお1.8兆円市場「フロッピーディスク」、産業界から「消えそうで消えない」理由3つ

今なお1.8兆円市場「フロッピーディスク」、産業界から「消えそうで消えない」理由3つ

4~5月に米主要空港の航空管制システムが機能不全に陥った際、「記憶媒体としてフロッピーディスク(FD)が組み込まれた旧式機器の不具合が原因」と報じられた。クラウドで動作するAI時代の今でもいまだにFDが使われていることに驚きだが、さらに驚愕なのが、2024年の世界FD市場規模は124億ドル(約1.8兆円)に上るということだ。実は、FDは一部の重要なインフラにおいて健在なのである。旧式技術がなぜガラパゴス的に残るのか、その背景や理由を探る。

路面電車など…まだ現役「フロッピーディスク(FD)」

 4月から5月にかけて、米東部ニュージャージー州ニューアーク空港で、2週間の間に2回もレーダーと無線通信の障害が発生した。さらには、西部コロラド州デンバー空港でも通信障害が起こった。幸い大事には至らなかったものの、米航空管制システムの一部がFDと1950年代のレーダーに依存しており、システム老朽化が原因であると報じられた。

 翻って、これら障害の直接の原因がFDの不具合、あるいはFDに起因する障害だと特定されていないことは注目される。その面において、FDの高い信頼性が示唆されている。

 その証として、シリコンバレーのお膝元であるカリフォルニア州サンフランシスコ市の路面電車「ミュニ・メトロ」の自動列車制御システムには、5.25インチのFDが使われている。

 セントラルサーバやローカルサーバ、列車搭載コンピューター、通信インフラ、ケーブル信号ワイヤーを動かす自動列車制御システム(ATCS)のソフトウェアは、FDから読み込んで起動する必要があるのだ。1998年に導入されたが、2030年まで現役で使用される予定だ。旧式とはいえ、問題なく機能している。

 その事実を知らされた乗客のひとりであるケイティー・ギレン氏は、地元テレビ局KGOのインタビューに対し、「えっ、知らなかったです。AIに移行する時代だと思ってたけど、なんでまだフロッピーなんですかね」と話している。

FDが消えない「3つの理由」

 米軍も、2019年6月まで、全米各地のサイロから核ミサイルを発射する際に利用されてきた戦略的自動指揮統制システム(SACCS)において、8インチFDを使用してきた。システム全体は古かったのだが、だからこそセキュリティを確保できた。

 当時の担当者が「IPアドレスのないものをハッキングすることはできないからだ」と話していたほどだ。

 一方、日本でも、デジタル庁が推進する「デジタル原則」に基づく構造改革の一環で、記録媒体を指定する規制の見直しの動きが加速している。2024年には、行政手続きの記録媒体としてFD使用を求める規定の撤廃が完了したばかりだ。

 ではなぜ現代においてもFDが現役なのか。その理由には大きく3つが考えられる。

 米国では次のような格言がある。「壊れていなければ、修理するな(If it ain't broke, don't fix it)」。

 FDが一向になくならないのは、まさにこの格言通り、(1)費用対効果、(2)信頼性や、(3)セキュリティが大きな理由であろう。

FDの「今と昔」、信頼は揺るがず

 さて、デファクトスタンダードになったFDは3種のみで、それぞれ1970年発表の米IBMの8インチ、1976年の米Shugart Associatesによる5.25インチ、そして1980年に日本のソニーが世に送り出した3.5インチだ。最も普及したのは、ソニーの規格である。

 普及の理由を見ると、それまで安価で交換可能な記録媒体として使われていたパンチカードと比較して、大容量かつコスパに優れていたことが挙げられる。また、磁気テープと比べて、データへのアクセス速度が飛躍的に高かった。

 さらに、WordやExcel書類のようなサイズの小さいデータであれば、FDで十分な場合が多かったとも言える。FDはその後、さらに大容量の光学ディスクやUSB、SDカードなどに取って代わられた。

 だが、いまだに一部で残っているのは、特定の用途で信頼性に優れるからにほかならない。

 米Wired誌によると、民間機を見ても、米ボーイング747と767シリーズ、欧州エアバスA320の旧型機、1990年代まで製造されていた米ガルフストリームのビジネスジェットなど、FDを使用する機種が存在する。これらは急速に退役が進んでいるものの、コスパの良さと扱いやすさが、入れ替えなしのFD使用につながったと言えよう。

 また、変わったところでは、日本のタジマ工業が2000年代初頭に製造した刺しゅう用ミシンがある。これらのモデルでは、パソコンで作成した図案データをミシンに転送する方法が、FDを介する以外にない。だが、その高機能性と品質から、なお海外で人気だ。

まさかの「FD市場1.8兆円」、2032年はどうなる?

 米市場調査企業のMarket Research Intellectがまとめたレポートによると、驚くべきことに、2024年の世界FD市場の規模は、124億ドル(約1.8兆円)もあるという。2032年には39億ドル(約5,700億円)規模にまで縮小するものの、枯れて安定の人気を誇る技術である。

 同社は、FD市場が医療機器の製造工場、宇宙航空・防衛産業企業、政府機関、各種製造業のレガシーファームウェア、さらにプラスチック成型機などに組み込まれていると指摘。現場では、最先端技術とレガシー技術が併存・共存していると説明している。

 FDの生産は2011年に終了しているが、磁気コーティングが繊細で不具合を起こしやすいため、頻繁に新しいものと取り換える必要がある。そのため、米航空管制システムを運営する連邦航空局(FAA)や、ミュニ・メトロを運行するサンフランシスコ市交通局(SFMTA)は、FDを入手すべく、米eBayでフリマ競売に参加していると報じられる。加えて、読み込みと書き込みを行うFDドライブも今やeBayなどフリマサイトでしか入手できない。

 ショーン・ダフィー米運輸長官は、40年間も抜本的にアップデートされてこなかった、FDで動く航空管制通信システムを全米で一斉に最先端型に切り替えるべく、最低でも125億ドル(約1.8兆円)規模の予算を米議会に要求する意向だ。

 具体的には、光ファイバー網と衛星ネットワークで全米4600カ所の2万5000基の管制無線機をカバーし、475台のVoiceスイッチを新設するなど、野心的な計画だ。だが、当のトランプ政権が緊縮財政に舵を切る中、改修は全面的ではなく、つぎはぎ的な漸増アップデートにならざるを得ないのではないだろうか。

 そのため、旧型システム自体が使いものにならなくなる2030年代までは、米交通インフラにおけるFD利用が続くだろう。

 マイクロソフトの生産性スイートであるMicrosoft 365では、保存アイコンがFDの形になっている。これは、データ保存先の象徴として認識されていたことの名残であるだけではない。

 データという「ぶどう酒」が、FDという「古い革袋」ではなく、クラウドという「新しい革袋」に格納されるようになったAI時代においても、その信頼性が衰えていない証左ではないだろうか。

🍎たったひとつの真実見抜く、見た目は大人、頭脳は子供、その名は名馬鹿ヒカル!🍏